第33話 文化祭準備

 戦線布告の後、俺たちがする事は一つ。加奈が休んでいた事で、遅れてしまった練習を取り戻す事だ。


 あの状況のなかでもそれぞれ練習はしていた事は間違いない。だが、一人で練習するのと、実際に合わすのとではバンドとしての纏まりが全然ちがう。


 それに、本来であればステージの打ち合わせもしなければならない。普段見慣れた体育館とはいえスポーツをするのとライブとでは変わってくる。


「体育館での問題は反響の問題があるの」

「ああ……俺は去年出たからわかるが、かなり演奏がしづらいんだ」

「別に、教室とかわらへんやろ」

「山本、木下と場所を変わる時弾きづらいだろ?」

「まぁ、自分の音があんまり聞こえへんくなるしなぁ……」

「体育館は反響があるから、自分の出した音が少し遅れても聞こえて来る。モニターの前ならまだマシだが、俺たちは振り付けで入れ替わるタイミングで反響で聞いていた音が遅れるんだよ」

「そんなんどうしたらええねん」

「プロとかならイヤホンでモニターの代わりをするんだけど、文化祭だとまひる側のモニターを確認しなくてはいけない」

「つまりはそういう想定の練習をしておいた方がいいって事だよ」


 音がわかりにくくなったとして臨機応変に対応する事は出来なくはない。だが、リハーサルで一度試しておくのといきなりその状況になるのとではかなり違ってくる。


 更にいうなら人が入る事で反響は幾らかマシになる分、リハーサルが一番厳しい状況てテスト出来るという訳だ。


 まぁ、学校の音響は経験が少ない分ザックリとした設定になるのは目に見えている。目の前に一つでもモニターを置いてくれたら良い方だろう。


「ほな、それを想定してもっぺんやりましょか!」


 期間が開いたと言っても一週間程しか開いてはいない。それどころか、一体感が生まれた事で歯車が噛み合ったかの様に纏まりを見せた。


 この時期にもなると、クラスの出し物なんかも佳境を迎える。もちろん俺たちも手伝いであったり、それまで用意してくれていた奴らから説明をうけたりする。出し物はありきたりの焼きそばなのだが、練習があった事もあり売り子をする事になっていた。


「とりあえず焼きそばをしこたま売ったらええんやろ? うちにまかしとき!」

「加奈についていけばいい?」

「私はどうしよう……」


 ローテーションで時間毎にこうたいする。ステージ組はその時間を避けて担当が決まった。


「山本さんは……あんまり喋らない方がいいかも」

「声出さんかったらどうやって売るねん」

「立っているだけでも売れると思う」

「うちはカーネルサンダースかい!」


 微妙な所だが、クラスの子達が言いたい事もわからなくは無い。加奈は焼き鳥屋の娘として時々手伝っていたりするということもあり、食べ物を売るのは慣れていると思う。


 俺とひなちゃんは特に心配はない様で、クラスのTシャツを来て注文を捌けはいいだけの様だ。


「なんで焼きそばなんだろう、フランクフルトにすればよかったのにね」

「ひな、それは候補が出た時に言わないと。頑張って準備してくれているんだし」

「接客が女の子ばかりだったから……」


 深い意味はあるのか?

 なんとなく言っているだけなのか?


「それはそれでマズいでしょ」

「おっきいソーセージだから普通に美味しいとおもうよ?」

「ああ、そうだろうさ!」


 2日前ともなると、大分文化祭の雰囲気が出て来ている。それぞれの教室では、それまで準備して来たものを組み立てたり、当日やる事を擦り合わせたりしている。


 大人になれば、死んだ魚の様な目でする様な事をまるで人生で一番楽しんでいる時だと言っている様に向き合っている。


 やりたい事を見つけるとか言っている時代。みんな気がついていないだけで、本当はすぐ近くに落ちているものなのかもしれない。


 ……まぁ、中には楽しめていない奴もいるんだけどな。


 すると、説明も終わり暇な時間を持て余していた加奈が紙袋を抱えどこかから戻ってきた。


「どうせ暇やから宣伝活動しようや!」

「……それは?」

「うちのクラスのメニュー表のコピーと、壁に貼る予定のステージのタイムテーブルや」

「タイムテーブルってわたしらのバンド名は?」

「そこはバンド名は当日発表!ってしといたわ」

「なるほど……となると順番はトリ前。悪くはないね」

「最後の『スプライト』っていうのが菅野のチームや、順番は関係あらへんあとはやるだけや」

「そうだね。それでこれを配る感じ?」

「教室の前とかちらほら見てたんやけど、暇そうな奴が結構おるやろ。そいつらにアプローチかけたら来てくれんちゃうかな?」


 結果が投票で決まるなら、自分たちのバンドを見に来てくれる人を増やした方がいい。このタイミングでそれが出来るならいいかもしれない。


 俺たちは役目を終えて暇そうな人に声をかけていった。加奈の狙いどおり、彼等は時間を持て余している事もあり、話を聞いてくれた。


「あの音楽室から聞こえ来てだバンド? それなら見に行こうかなぁ」

「ほんまに? 絶対やで?」


 練習を学校でしていた事もあり、遠巻きに聞いた事がある人が意外と多かった。他にも練習しているバンドやグループがいるから本当に俺たちの事かは分からないが、それはそれとして見に来てさえ貰えれば盛り上げられる自信はある。


 次々と声をかけていると、雅人が現れた。


「お前ら何やってんの?」

「雅人こそ、何でいるの?」

「何でって、俺のクラスの前だし……」

「雅人のクラスは何やるんや?」

「フランクフルト……」


 おいおいマジかよ。そっちがやるのかよ。雅人がフランクフルトを売るとか狙いすぎだろ。


「最初はハンバーガーの予定だったんだけど、焼かない物があると衛生管理がややこしいらしくてな」

「確かに、オーブンで焼くだけだもんね」

「その代わりと言ったらなんだけど、ソースの種類と塗り方にこだわりを見せている感じだな」


 ケチャップにマスタードは定番として、ハーブソルトにバーベキュースパイスか。確かにソースを変えるだけなら簡単でバリエーションもあっていいかもしれないな。


「うちらはライブの宣伝や」

「俺も終わったら参加……したいのはやまやまだけどお前ら三人の方が来てくれそうだよな」


 彼には申し訳ないが、俺も同感だった。

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