第32話 宣戦布告

「まひる、なんで止めんねん。うちが菅野に謝って和解すればええんやろ?」

「上手く言えないのだけど、そうじゃない気がしてて……」

「ほな、どないせいっちゅうねん」

「それは分からないけど……」


 何か上手い言葉で、いやそれよりも先に俺の考えを纏めなくてはいけない。


「菅野さんはどう考えているんだろう?」

「そんなん、勝てればええと思っているに決まってるやろ」

「本当にそうかな?」

「木下、菅野と何かあったのか?」


 これはみんなにも言っておいた方がいい事だ。


「わたしが加奈の所に来る理由を作ってくれたのは菅野さんなんだ……」

「どういう事だ?」

「簡単に言えば、加奈に『逃げるな』と伝えてみたいな事を言われて」

「そんなん、大勢の前で恥かかせたいからやろ」

「そうじゃないって加奈もなんとなく感じなかった?」


 あの時、加奈は泣いた。

 ただ単純に煽られたからなんじゃ無く、本気でぶつかろうとしている彼女に、罪悪感を感じたからなんじゃ無いだろうか?


 勝てばいいだけなら、このまま不戦勝になったって加奈は罰ゲームを受ける事には変わりないし、逃げた奴というレッテルを貼り続ける事が出来る。


 それをせずに菅野は加奈を出させようとした。


「まぁ、もしかしたらアイツはちゃんと勝負したいんかもしれんなぁ……」

「なるほどな。そんな奴が組織票なんて真似しないだろうって事か。逆にそれを含めて勝負と考えている可能性もあるけどな」

「ひなはさっきから黙ってるけどどないやねん? アンタが一番菅野の事知ってんねやろ?」


 そういえば、菅野に何か話されていた。どうせ逃げるとかなんとか。


「菅野さんはちゃんと勝負はしたいと思う」

「なんでそうおもうねん?」

「話せば長くなるのだけど……」


 そう言って重い口を開いた。ひなちゃんがいうには昔、菅野と同じバレエ教室に通っていたらしい。


「小山は全国トップレベルでTVとか来たりして有名だったもんな」

「ひなピアノ以外でそんなんやってたんかい」

「その教室で発表会の主役を決める時に、怪我をして辞める事になったの……」

「そりゃ、しゃーないなぁ」

「確かにいつの間にか辞めてたからな……」

「それと菅野と関係あらへんやろ?」


 ここは俺は知っている筈なのだろうか。とりあえずは黙っていたほうが良さそうだ。


「私が辞めた時に主役になったのが彼女……」

「ええ事なんちゃうん?」

「いや、全国トップクラスの後だぞ。それに小山が有名だったのは名門じゃない教室から出たというのが話題だったんだよ」

「そう考えたらキッツイなぁ。そんなんいうても、ひなはもっと辛いやろ」

「……」


 逃げたというのはこういう事だったのか。


「小山、ちゃんと山本は話しておいてくれ」

「ちゃんとってどうゆう事や?」

「うん……怪我は別に大した事じゃなかったの」

「それはええ事ちゃうんか?」

「ただ、辞める口実が欲しかっただけで……」

「なんやお前、怪我したフリして辞めたんかいな。それでも別に菅野には関係あらへん。恨むのは筋違いやろ」


 結果的に主役を取れたのは菅野だ。加奈が言う様にそれで恨まれる筋合いは無い。


「別に彼女は恨んでいるわけじゃ無くて、決める直前に辞めたのが気に入らないだけなの」

「なるほどなぁ、うちで言うたらエース争い直前で息巻いてた所、最強ピッチャーが嘘ついて辞めた。まぁ、そう考えるとうちはキレるやろな……」


 その後、菅野はそれがきっかけかはわからないがすぐ後に辞めてダンスを始めたらしい。俺の感覚では小学生の時の話なんて随分と昔の話だが、彼女達にとってはまだほんの数年前の話で、すんなりと割り切れる話では無いのだろう。


「まぁ、なんとなくはわかった。まひるが引っかかっていたのもそれを知ってるからなんやろ。ひなが出る以上、表には出してへんけどうちとの勝負なんかどうでもええ位の因縁があるわけや」


 だから菅野は、加奈を鼓舞しようとしていたのだろうか。俺は加奈に対しても彼女自身思う所があったのでは無いかとも思った。


「木下、結論はどうするんだ? 最後はお前が決めろよな」

「なんでわたしが……?」

「ヒロタカさんが言ってたんだよ。リーダーは木下にするのがいいって。現に今回も復活させたのはお前だろ?」

「うちも賛成や。うちはエースやけど、キャプテンって柄ちゃうからなぁ……」

「私も賛成。まーちゃんはエッチだけどちゃんと導いてくれると思うから」

「ちょっと待ってひな、今までの流れでわたしがエッチな所あった??」


 ひなちゃんは俺に何を見ているのかはわからないが、とりあえず全員がそう思ってくれているのなら俺は出来る限りの事をやって行こうと思う。


「それで、休んでいる間にバンド名考えてみたんやけど、『ポテンヒッツ』ってどないや?」

「却下!」

「なんでや、ええ名前やん」

「野球チームじゃないし、野球チームでもラッキー狙いみたいで嫌だよ!」

「なんやまひる、早速独裁政治かいな?」

「独裁とか以前の問題だよ!」

「じゃあ、サポートの俺が言うのも変だけど、『YAMAMOTO's』は?」

「それも却下! すっごく良く似た有名なバンドがいるし、そのスタイルならみんな山本だよ」

「じゃあ、私も一つ『ビキニーズ』。みんなでビキニで出れば票が入ると思うの!」

「雅人はどうするの! もしかして着させるきなのっ!?」


 脱線しまくりの中、なんとなく一つにまとまる様な気がした。その中で俺は一つの結論に辿り着いた。


『月曜日は菅野さんにちゃんと戦線布告しよう』


 メンバーの事、菅野の事、文化祭でライブを見てくれる人にとっての最善は、対決していると言う事を明確にするのが一番面白くなるのだと思っての決断だ。


 きっと誰もが楽しめる最高の文化祭ライブになる、それこそが全員をファンにするという事に対しての俺の答えだった。



 そして月曜日の朝。

 俺たちは四人で菅野の前に立つ。

 以前とは違い、不思議と嫌な気分はしなかった。それどころか、どこか清々しい気分にさえなっていた。


「復活したんだ……それで、何か用?」

「わたしは別に因縁とかあるわけじゃないけど、せっかくだからこの勝負を楽しもうと思ってちゃんと宣戦布告しにきたんだ」

「そうね。色々準備して来てるみたいだけど、私はそんな付け焼き刃のパフォーマンスに負けるつもりはないからもちろん受けるわよ?」


 そう言って、ニヤリと笑った菅野がなんとなく楽しんでいるに見えた。

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