第31話 首ねっこ
土曜日の朝、正直俺は加奈の家には行きたく無かった。だが、菅野に無理矢理約束させられた手前、持てる気力を振り絞って重い腰と足を上げる。
加奈に拒否される事は目に見えている。それでも俺は形だけでもいかなくてはいけなかった。
普段の1.5倍は時間がかかり、家の前に着く。そういえば、加奈の家って焼き鳥屋なんだよなぁ……お店の中をぬけるか、裏口から入るかしか入る術はなく、家族でも無い限り裏口から入るのはハードルが高い。
お店の入り口に着くと『準備中』と書かれた札がかけられている。お昼時を過ぎた辺りで仕込みの時間もまだなのだろう。
店前のインターホンを押した所で、彼女は出て来るのだろうか。門前払いされて帰されてしまうのが目に浮かんでくる。
「はぁ……菅野も無茶苦茶な事言ってくれるよな」
途方に暮れ、店の看板を眺めていると原付が近づいて来る音がする。振り返ると、目の前で止まりまるでヤクザのような男がカブを降りた。
なるべく目を合わさない様にしよう……。そう思った矢先、酒焼けした様なしゃがれた声が響いた。
「嬢ちゃん、こないだ来とった加奈の友達やろ?」
「え、まぁ……はい」
「アイツの様子見に来てくれたんかぁ?」
怖すぎる……だが、確かに見覚えがあった。あの日店のなかで仕込みをしていた加奈のお父さんだ。いや、お父さんというよりは親父さんと言った感じなのだが。
「ちょっとまっとき。あのアホすぐ連れて来たるさかい」
「いや、そんな……」
すると店に入るなりドスの効いた声が店中に響き渡った。
「おい加奈ー、友達が来とるぞ!」
しかし、返事はない。親父さんはチラリと俺をみると不器用な笑みを浮かべ、奥に入って行った。
ドガン、ガコッ……。
「ちょ、おとんなんしとんねん!」
「なんしとんねんはこっちのセリフや。友達が来てくれとる言うてるやろが!」
「ほんま、痛い……痛いて!」
首根っこを掴まれという比喩表現はあるが、本当に首根っこを掴まれているのを俺は初めてみた。流石は加奈の親父というか、以前見た時の渋い職人の雰囲気とは違いナニワの金貸しの様だ。
「なんや、まひるかい。なんしにきてん……」
「なんしにきてんてなんやねん」
バシッ……。
今の時代、虐待と言われそうな勢いで加奈の頭をはたく。
「いちいちどつくなや、うちは今まひると喧嘩中やねん。おとんは黙っといてくれ」
「喧嘩してんやったら、向こうから来てくれてはんねんから、ちゃんと話さなあかんやろ!」
そう言って、置いていた段ボールを持つと奥の部屋へと入って行った。
「なんか変なところ見せてもうたな……」
「加奈、元気そうでよかったよ」
「ほんまに病気やおもてた訳ちゃうやろ」
「それはそうだけど」
カウンターの椅子に座ると、加奈は壁の方を向き目を合わそうとはしなかった。
「それで……うちに文句でもいいに来たんか?」
「まぁ、言いたい事はいっぱいあるけど。とある人に伝言を頼まれてね」
「伝言? 雅人かひなか?」
「いや……負ける事にビビって隠れるくらいなら、喧嘩ふっかけて来るなって言ってたんだけど」
「って菅野かいな。ほんまにアイツは……ってなんでメニュー表でガードしてんねん」
「わたしにキレて来たらやだなって……」
「おとんちゃうねんから別にキレへんよ……」
そう言って加奈はうつむいて黙ってしまった。少し震えている様に見えるのは怒りを抑えているのだろうか。俺はもう少し硬そうな盾を探していると、彼女の下にポタポタと雫が落ちた。
「えっ……もしかして泣いてるの?」
「泣いてへん」
「でも、声も」
「泣いてへん言うてんねん」
やっぱり泣いている。キレる所までは予想していたが、まさか泣くとは思わなかった。
「うちどうしたらええんやろ……」
「そんなの分かる訳ないでしょ」
「あれから色々考えてんけど、まひるも雅人もちゃんと考えてくれた意見やってん……」
あれ? ひなちゃんは?
ねぇ、ひなちゃんは?
「せやけど、うちはカッとなっていらん事言うてもうた。ずっとうちのために協力してくれとったんに……」
「別にいいよ。加奈は加奈の譲れない部分があって、それをわたしは考えられて無かった。無理に仲良くしに行く必要も無かったんだよ」
「逃げたうちはもう、合わす顔あらへんわ」
それを聞いて俺は、息をのんで加奈の首を掴み引っ張った。
「ちょ、まひる。何すんねん、おとんみたいな事すんのやめーや!」
多分コイツは説得するくらいでは動けない。親父さんに習いそのまま店の外に連れ出した。
「ちょっとうち、寝巻きやねんけど!」
「Tシャツと短パンならパジャマには見えないから大丈夫。やっぱりいまから二人を呼ぶからこれからどうするかは加奈が決めて?」
「わかった、わかったから離してや」
そう言って、近くの公園に連れ出すと俺はグループチャットで場所を知らせて声をかけた。待っている間も彼女はバツが悪そうに言った。
「うちんとこ来るのアイツらにも言うてたんか?」
「声かけてたら来てるでしょ」
「そんなん、急に呼んでも来るか分からんやん」
「大丈夫、予定は空いている筈だから」
この日は元々最後の確認として練習を入れる予定だった。きっと雅人もひなちゃんも最後までそれを信じて開けてくれている筈だった。
予想どおり、二人はすぐに来てくれた。これで加奈が文化祭ライブをやるとさえ言ってくれれば、出るとさえ言ってくれれば解決する。
そう、思っていた。
「ほら、加奈……」
「みんなごめん。うちの為にしてくれとったんに、こんな事になってもうて……」
「まぁ、山本の気持ちは分かったよ。それで、木下はどうなんだ?」
「わたし?」
「今のところ俺は全く解決しているは思ってない。振り出しに戻っただけだ」
「でも、これで文化祭に出れるでしょ?」
「文化祭には元々出れるんだよ。山本もだからこっそりベースを持って帰っていたわけだし」
そうなの?
確かに、置いて帰っていたはずのベースはなくなっていた。
「だから俺は、二人の意見が纏まらない事には本当に解決したとは言えないんじゃ無いかと思う」
「それもそうやな……」
加奈が行動した事で、結果的に彼女が折れる空気になってしまっている。だが、本当にそれでいいのか? 勿論、菅野と和解出来た上で公平な審査をされ俺たちが勝てるのがいい筈だ。
だが俺は、何かを見落としてしまっている様な気がしてならない。風次やヒロタカさんが言っていた事はそんな事じゃ無い様な気がして仕方ない。
「それはうちが菅野と……」
「ちょっと待って!」
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