第30話 放課後の崩壊
放課後の音楽室。当初描いていたバンドの形はほとんど完成したと言ってもいいほどに出来上がっていた。けれども、学校での状況は大して変わっては居なかった。
「これやったら、勝てるやろ」
「俺もそう思う。もし、今スターラインと対バンしても勝てる自信はあるぜ」
だがそれはあくまで対等な立場だったとしたらだ。俺は演奏で負けないライブで反応が無かった事なんて死ぬほど経験している。
「でも、勝つのは難しいかも……」
「なんでや? ひなもめっちゃええ感じにアレンジできてるやん?」
「あの子のファンがそれだけで投票してくれるかな」
「まぁ、決め手になるようなんは欲しいなぁ」
「充分あるだろ。慣れてるかも知れねぇけど、俺等には結構な武器はあるぜ?」
振り付け、ツインボーカル、高い演奏力。確かに雅人が言う様に戦える武器は沢山ある。公平に審査されるなら少し知名度があるくらいのダンサーに負ける気はしない。
「やっぱり精度をたかめるしかないんかなぁ」
「ちゃんとやれば大丈夫だろ!」
本当にそうなのだろうか。疑問を抱けば抱くほどに風次やヒロタカさんの言葉が
「あのさ……先に菅野と仲直り出来ないかな?」
「はぁ? なにゆうてんねん。そんなん出来たら勝負する話になんてなってへんわ」
「でも、文化祭を盛り上げるためにはそれが必要な気がするんだよね……」
その瞬間、加奈は急に飛び掛かる様に俺の胸ぐらを掴んだ。
「なんでやねん、うちはリスク背負って勝つために今まで戦ってんねやで!?」
「それはわかっているけど」
「分かってへん。別に負けた所でまひるはギターが上手かったで済むからええわ!」
「山本やめろよ、木下は負けてもいいなんて言って無いだろ。あくまで公平にみんなが楽しめる場を作らないとって話だよ」
「なんや、雅人もそんな事言うんかいな……」
確かに俺は配慮が欠けていたかも知れない。加奈がここまで頑張って来れたのは勝ちたいと言うきもちがあったからだ。
「ひなはどないやねん?」
「まーちゃんがいう事に一理あると思うけど」
「せやろなぁ。アンタはどうせまひるに付いてきただけやからなぁ?」
「加奈、それは違うだろ!」
「違わへん、喧嘩した張本人と助っ人の大きな差やろ。協力してもろてて悪いけど、こんだけ考えちごうたらもう一緒に出来へんわ」
そういうと、加奈はベースを置いたまま音楽室を出て行ってしまった。
確かに、危機感みたいなものに差があったのかも知れない。けれども俺だって、この文化祭ライブは成功させないといけないプレッシャーはあった。
「何やってんだよ。追うぞ!」
「だけど……」
「とりあえず、ちゃんと話した方がいだろ!」
雅人の理由もわかる。だけど今、加奈と話した所で何が変わるというんだ。俺は彼女を探しているフリをする事でその場を取り繕う事に精一杯だった。
全てを味方に……それどころか、味方だったはずの加奈ですら離れてしまった。俺は一体何がしたかったんだろうか。
その日、結局加奈を見つける事は出来なかった。普通であれば、構って欲しいとかで近くに隠れていたりするのかもしれない。けれども彼女の木製バットの様な性格は、そんな事を出来るほど器用じゃ無い事くらい俺も雅人も分かっていた。
「ったく。鞄もベースも置いてマジで帰るとか不器用すぎるだろ……」
「加奈ならあり得るよね」
「俺もアイツの覚悟を甘く見てたんだろうな」
「加奈は本当に辞める気なのかな?」
「自分の言った事で折れるタイプじゃねぇから、どうにかして引き戻すしか無いぞ」
「一体何を考えているのか分からないよ」
「人間なんてそんなものだろ、だから色々と考えるんだよ。山本も同じで、アイツも今色々と考えてからこうなってんだよ……」
とりあえず音楽室の鍵を返す必要があった為、加奈の荷物を教室に持っていくと、学校が閉まる事もあり帰る事にした。それまで一気に積み上げた物がたった一言で崩れ去ってしまった様に感じた。
もう……終わりだ。
それから加奈は学校には来なかった。彼女自身、もう本当に諦めてしまったのだろう。風邪をひいていると先生は言っていたが、素直にそれを信じる事は出来なかった。
ひなちゃんも、加奈に言われた事を気にしているのかショックだったのかはわからない。けれど、俺と距離を取っているというのはそういう事なのだろう。
「木下、ちょっといいか?」
「何?」
「いいからちょっと来てくれよ」
そう言って雅人に呼び出される。加奈の事を聞かれるのだろうと思っていたが、そうではなかった。
「文化祭、ヒロタカさんが来るって言ってるけど」
「いや、でもわたし等出来るか分からないし」
「そうだよな。やっぱり無理だよな……」
「まだ加奈が学校に来てくれてればまだ話す事は出来たんだけどね」
「小山も大分参っているみたいだしな」
正直もうどうでもいい。所詮俺は自分の事ですらままならないのに、人を助ける事なんて出来るわけ無かったんだ。
「わるい。ヒロタカさんには出れなくなるって言っておくよ。あと、お前も無理するなよ」
だからバンドは嫌いなんだ。全員が重要な事をしている分、誰か一人でも欠けたら崩れてしまう。プロにでもなっていれば、サポートなどで延命しようとするのだろうが、俺たちはただの中学生だ。
加奈……本当に出ないつもりなのかよ。
それから彼女は週末まで一度も学校に来る事は無かった。文化祭まであと四日、ある程度完成していたとはいえ、これだけ開けば急成長の加奈はどうなるか分からない。
休みの練習の約束をする事も無く、そのまま最終週の学校が終わる。予約していた音楽室はキャンセルして他の人が使える様にしたし、ひなちゃんも相変わらず俺と帰るつもりはないらしい。
今となっては、それでもいいや。
「木下さん、ちょっといい?」
呼び止められた声に、俺は耳を疑った。どうしてこのタイミングで声をかけてきた? 分裂している俺達に追い討ちでもかけるつもりなのだろうか?
「菅野さん……何か用?」
「何かじゃなくて、山本加奈子は何してるの?」
「何って、わたしが知りたいよ」
「あの脳筋は勝負の事分かってるのかしら?」
「分かっているから休んでいるんじゃ無い?」
「アナタ、休みのうちに叩き起こして絶対に連れて来なさいよ!」
俺には菅野が怒っている意味がわからない。
「約束よ……連れて来なかったらアナタが罰ゲーム受けてもらうから」
「そんな無茶苦茶な……」
「あと、負ける事にビビって隠れるくらいなら、喧嘩ふっかけて来るなって私が言ってたって伝えといて……」
「わかったよ」
菅野は本当は加奈とは別の方向に不器用なだけで根はいい奴なのかも知れない。約束をしてしまった以上、仕方なく俺は休みの間に加奈の家に菅野の伝言だけは伝えようと思った。
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