第29話 スレチガイ

 俺が知らないという事は、俺たちは売れないのでは無いだろうか。いや、雅人程のドラムを入れられなかったとしても、それ相応のドラムは見つけている筈だ。


 だとしたら、俺たちは文化祭で負けるのか?


 菅野達に負けたとしたら、加奈はベースを辞めるだろう。そうなると、俺とひなちゃんだけでバンドを続けている可能性は低い。もし文化祭までのバンドなのだとしたら、俺が三年後に知らないのは当たり前だ。


 そうなると、俺がまひるちゃんに入った意味はなんなのだろうか。こんな時に相談出来る奴がいれば……っているじゃねぇか!


 今ならまだ、風次が居る。好きではないしクビにされた恨みも全く無いとは言えない。だけど、アイツならどうにかできる様な打開策が思いつくのかも知れない。


 だがしかし、なんて言えばいい。

 未来の俺と入れ替わったと言った所で、変な女の子が現れたとしか考えないだろう。それでも、まひるとしてなら相談できるだろうか?


 俺は追いかける様に急いでホールを出る。すると、ちょうど挨拶を済ませた風次がライブハウスを出ようとしているのが見えた。


「すみませんっ!」

「お、俺? ああ、さっきの……何か?」

「一つ相談させて貰えませんか?」


 風次は時計を見ると、少し考えた様な仕草を見せてから頷き、少し笑顔になって言った。


「五分くらいでよければ構わないよ?」

「ありがとうございます。わたし達が音楽で食べて行くためにはどうすればいいでしょうか?」

「またザックリとした難しい質問だね……でも、そういうどうにかしたいっていう意識があるからスターラインと知り合いだったりするんだろうな。うん、今のままで間違って無いと思うよ」


 意外な答えだった。風次は嘘をいうタイプじゃ無い、思った事はハッキリと言う。だが、時間の無い俺はそれだけじゃ満足は出来ない。


「三年以内にだとしたら?」

「ああ、なるほど。事情があるって事か……詰まるところ何かしら成果を出さないとバンドを続けられないって事かな?」

「まぁ……そんな感じです」

「それなら一つ。君がプロを目指す奴として言わせてもらおうかな?」

「はい。お願いします」

「今まで見て来たバンドでプロになれたのは人を集められる奴だ。お客さんだけじゃなく出演者やスタッフもファンにしてしまう様な奴らだ」

「周りを……?」

「そうすれば、イベントの話は来るしレーベルだって贔屓目で見てくれる。あとはそれを掴めるステージと運があれば大体はプロになれる」


 運という言葉は入っているものの、風次には答えが分かっている様に聞こえた。


「そういえばお前、ヒロタカよりギター上手いんだったよな?」

「センスは分からないですけど、テクニックなら負けない自信はありますよ」

「テクニックなら負けない……か」

「それが、どうかしたんですか?」

「あ、いや。自信を持ってそれが言えるというのはいい事だよ。だけど、多少チヤホヤされたとして、技術だけが全てじゃないって事は早いうちに理解しておいた方がいい」


 まるで俺自身に言われているかの様な言葉。だが、風次自身もインディーズで人気だった凄腕のギタープレイヤーだった。もしかしたら彼自身の過去を振り返っているのか、一緒に働いているであろう俺の事を思い出しているのかは分からなかった。


「ありがとうございます」

「きっとまた、今度はオーガナイザーとして会える事を楽しみにしているよ」

「はい!」

「あ……色々言ったけど、俺の価値観をぶち壊してくれる様なギタリストも大歓迎だぜ?」


 彼が何故そんな事を言ったのか、俺にだけは分かる様な気がした。暗闇に消えていく風次は、その背景とは裏腹にどこか楽しそうだった。


 ホールにもどると、スターラインのライブが終わり観客が物販に並んでいる。俺の時代ならCD-Rを焼いた物を売っていたりもしたが、今の音源はダウンロードでの販売や、動画サイトの登録を促している。確かにCDなんて今は聴けないよな。


 スターラインが加奈に刺さったのか、彼女も物販に並んでいた。


「加奈、買うの?」

「最後の曲、めっちゃ良かったやん?」


 最後まで聞けなかったが、加奈に今度聞かせてもらう事にしよう。そう思い加奈を待っていると、ヒロタカさんと目が合った。ファンとコミュニケーションをとりながらも何か言いたげな様子が気になる。


 タイミングを見て抜け出して来た彼は、俺の元に駆け寄ってきた。


「俺等の音楽、どうっすか?」

「歌とかギターとか良かったです」

「……キミの事、雅人が俺より上手いって言ってんすよね」

「ギターの良し悪しは好みもありますから、気にしなくていいと思いますよ」

「あー、いや。別に敵対しようとか、ライバルだとか言うつもりはないんすよ。ただ、一緒に音楽シーンを盛り上げていける様な感じで対バンとか出来たらなって……」


 その言葉で、俺は風次が言っていた事を少し理解できた様な気がした。彼は自分たちが売れる事よりも音楽シーンを盛り上げようと考えている。上手いなら共闘し、高めあって行けるようなビジョンをこの歳で既に持っている人なのだと思った。


 周りを味方に……そういう事なのか?


 現に、彼は二年後にはプロとして活躍していると言える存在だ。


「あの……嫌だったすか?」

「全然! まさか、こんな格上のバンドにそんな事言って貰えると思ってなくて」

「なら、連絡先教えて欲しいっす。な、ナンパとかじゃないっすからね!」

「なんでわたしに?」

「キミだけ風次さんを追っかけていたから、きっとバンドを引っ張って行く子なんだろうなって」

「見てたんですか?」

「まぁね……」


 少し恥ずかしかった。けれどもそれ以上に、何かができる様な気にさせてくれる人だった。俺はこんな人を『売れ始めのバンド』としてしか見ていなかった事を今更ながら後悔した。


 あの時もっと話せていたら、彼だけじゃない他にもきっとそんなバンドが沢山いたのだろう。そう思うと勿体無い事をしていたのだと思い知る。


 その日から俺の中で何かが変わった様な気がしていた。けれどもそれが、俺たちのバンドで大きな溝となる事をこの時は理解していなかった。



「なんでやねん、うちはリスク背負って勝つために今まで戦ってんねやで!?」


 文化祭まで残り8日。色々と考えた末に俺が出した提案は、思いもよらない形で加奈の逆鱗に触れてしまった。

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