第28話 ライブハウス【見る】

 一瞬ではあったものの俺がアイツを見間違える筈はない。それにしてもなぜこんな所にいるんだ。なかに入ると店長らしき人と話している彼は、当たり前だか俺には気づいてはいない様だった。


「流石に結構人入ってるなぁ」

「うん、そうだね」

「言うても満員ってほどではないやろ?」

「加奈、満員になるバンドなんてそんなにいないんだよ」

「ちょっと俺、挨拶してくるけど来るか?」


 そういえば雅人の知り合いだった。高校生で彼が入りたい程というのならそれなりに上手いのだろう。


「ヒロさん、お疲れ様です!」

「おおお、雅人くんじゃないっすか! 三人の美少女ってこの子たちっすね!」

「美少女やなんて、うち加奈いいます」

「モデルみたいっすねぇ」


 こういう時には人見知りしない加奈が頼もしい。話にきいていたイメージとは違い、黒縁メガネに大きめのシャツを来た柔らかい印象の人だ。雅人は思い出したかの様に紹介した。


「こちら、スターラインのギターボーカルのヒロタカさん」

「よろしくお願いします……」

「雅人から聞いてるっすよ。ギター上手いんすよね?」

「まぁ、それなりに……」

「その歳で謙遜されたら立場ないっすよ。ちなみに何使っているんすか?」

「フェンダーのムスタングです、」

「うん。それはヤバそうっすね」


 だが、柔らかい雰囲気だけでなく、彼はライブ前だというのに全く緊張している様子は無い。高校生とは思えない程にライブに慣れているのを感じた。


「今日は東京のライブハウスの人も来てるんすよ。風次さんっていうんすけど、ゲストのバンド探しているらしいんすよね」

「ゲストで呼ばれるんですか?」

「本命は夜に別の箱でやるバンドみたいすけど、目に止まれば東京でも出来るかもしれないんすよ」


 それで来ていたのか。この時期はまだ、ウチのライブハウスは出演者があまりパッとしていなかった。風次が営業日にも関わらず、休みを取ってライブを見に行っていたのはこのためだったのか。


 それにしても、スターラインという名前に、このメガネのギターボーカルのヒロタカ。その瞬間、俺の記憶が蘇る。去年……というか二年後ドリッパーズという超絶ギターを売りにしているバンドに付いて来ていたバンドだ。


「そういえば雅人の苗字って中嶋だよね?」

「そうだけど、いまさらかよ?」


 間違いない。俺は二年後のこいつらを知っている。彼らは二年後大きなフェスにも呼ばれているほどのインディーズバンドになっている。


 スターラインのドラム、髪型も今とは違いパーマを当てたりして垢抜けていた。身体の大きさとキレのある演奏くらいしか記憶には無いがあれが雅人だったのか……どおりで上手い訳だ。


「なんや、結構凄いバンドなんか?」

「多分……」

「それやったら、来てみて良かったなぁ!」


 俺は風次の事が気になりながらも、ライブを見ておきたいと思った。スタッフで見たときも印象に残っているほどのバンド。この時点でどんなライブをしているのかが気になっていた。


 だが、対バン形式で行われる今日のイベントの出演者は普通の高校生のバンドだった。案の定少し物足りない感じが否めない。


「高校生ってこんなもんなんやなぁ」

「まぁ、みんながプロを目指したりしているわけじゃ無いからね」

「まーちゃんと雅人がレベル高すぎるんだよ」

「それは思うわ……うちは恵まれとったんやなぁ」


 本来なら、厳しすぎると思ってもおかしくは無い所だが、『恵まれていた』と思える加奈はやっぱり向上心が高いのだろう。


 スターラインが出る直前、裏に入っていた風次が再び現れるとゆっくりと俺の近くに立つ。バレる事は絶対に有り得ないのだが、変な緊張感が走る。


「ねぇ、君たちはスターラインを見に来たんだよね? 仲良いの?」

「い、いや。うちのドラムが知り合いで」

「なるほど……」


 まさか風次が話しかけて来るとは思わなかった。それから彼が腕を組むとSEが始まり、ヒロタカさんがステージに立つ。すると鳴っている音を遮る様に爆音を奏で、いきなり曲が始まった。


 ギターもそれなりに上手く、優男的な見た目からは想像も出来ない位に芯のある歌声だ。だが、ハッキリ言ってヒロタカさんだけが突出している。


「なぁ、あのベースは上手いんか?」

「下手では無いけど、参考にするほどでもないよ」

「ほなギターは?」

「ギターは上手い。技術的にはシンプルだけど、しっかりとポイントは抑えて歌を生かしている」

「やっぱりそうなんやなぁ、ドラムは雅人の方が上手いんはうちでもわかるわ」


 加奈もドラムを聴いて弾いているからか、違いが分かったのかもしれない。高校生のバンドなら充分かもしれないが、インディーズを視野に入れているのならまだまだ成長する必要はある。


「君たち中学生だよね? 意外と手厳しいね」

「あ……聞こえてました?」

「だけど、的をえているとは思う。ドラムが彼より上手いのが中学生で居るなら見てみたい所だけど」

「それやったら、うちらの文化祭終わったらドラムがうちのドラムに変わりはりますよ」

「そうなの? それなら期待できるかもなぁ」

「ギターも上手いみたいやけど、この子の方が桁違いに上手いで?」

「それマジで?」

「ちょっと加奈……」

「ほんまの事やろ。バケモンの雅人がバケモン言うてる位やねんから」


 風次は驚いた顔をしてこちらを見ている。


「そうは言っても彼は大分上手いよ? 多分テクニックは見せて無いだけで弾こうと思えば弾けるタイプだと思うんだけどなぁ」

「なんていえばええんですかね、そういうアレンジならまひるは五分でやりますよ」

「また違うって……」

「それはちょっと興味あるなぁ……これから活動するんだよね? スターラインと繋がっているならそのうち会うか……」


 風次は一人で納得すると、曲が終わる前に事務所へ戻ってしまった。


 だが、俺は考えていた。以前自分に電話をした時に感じたのだが、この世界は俺がいた世界と繋がっている。つまりは俺が知らなかっただけで風次はスターラインを呼ぶキッカケを作っていたから二年後にライブをしている。


 だとしたら、俺たちはその頃どうなっているんだ? スターライン経由で風次の耳に入っていてもおかしくは無い。だが、この三人の美少女バンドを見た記憶が俺には全く無かった。


 未来の風次なら今何をしているのかも分かるのかも知れないが、それだけが俺を不安にさせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る