第27話 ニコニコTシャツ

 突然の雅人の告白に、一瞬音楽室が静かになる。加奈やひなちゃんにはまだ、雅人に断られた事は言っていなかった。


「どういう事や?」

「三つ上の先輩でさ、前から一緒に出来たらいいなと思ってて。それで文化祭の話が出た直前位に今のドラムが抜けるからって言われてて……」

「なるほどなぁ。それでサポートっちゅう話やった訳なんか」

「ああ。悪いな……」

「別にかまへんよ。雅人がやりたい事なんやし、最初っから言うてくれてるしなぁ」


 加奈が言う様に雅人に非は無い。それどころかそんなタイミングでサポートしてくれているだけでも充分にありがたい話だ。


「かと言って俺は別に手を抜く気は全くない。このバンドだって俺は好きだし……」

「分かってるよ。雅人が手を抜いているなんて思ってない」


 ひなちゃんは何も言わなかった。もしかしたら彼女はとっくに知っていたのかもしれない。


 練習の後、雅人は俺にそっと囁いた。


「悪かったな……」

「バンドの事?」

「あの時言えば良かったんだが」

「仕方ないよ。わたしが知らないバンドの話をされても大して変わらなかったと思う」


 彼もきっと、話が長くなりそうだと思ったからその部分へ端折はしょったのだろう。


「気にしてないなら良かった。それより、あの二人何かあったのか?」

「二人?」

「気づいてないのかよ。アイツら今日ほとんど喋ってないだろ!?」


 そう言われてみるとそうだ。元々ひなちゃんの方から話す事は少なかったものの、今日の加奈は意図的に話しかけ無い様にしている様にも見えなくは無い。


「喧嘩でもしてるのか?」

「そんな事はないと思うけど……」

「明日はライブに一緒にいくんだし、ギクシャクするのだけは勘弁してくれよ」

「わたしに言われてもねぇ」

「二人と仲がいいのはお前だけだろ?」


 加奈はともかく、ひなちゃんと仲がいいのは俺じゃ無い。嫌いな訳ではないが、俺はこれまでまひるちゃんが培ってきたものに乗っかっているだけだ。


 こんな時どうすればいいかは正直なところよくわからなかった。だが、雅人が言う様に放っておくわけにはいかない。とりあえず、切り出しやすい加奈にそれとなく聞いてみる事にした。


「加奈、今日の事なのだけど」

「悪いなぁ、分かってはいるんやけど歌いながら弾くのはまだ慣れてへんねん」

「それは弾きながら歌う練習するしか無いよ。同時にするのが普通みたいな感覚かなぁ……」

「まひるもそうやって練習してるんか?」

「まぁ、ギターは弾き語りするとある程度はやるからね……それを広げて行けば慣れてくるんだよね」

「弾き語りかぁ……」


 ひなちゃんの事にはあえて触れてこないのか、それともそこまで考えていないのかが見えない。


「加奈……ひなと何かあった?」

「別になんもあらへんよ」

「意図的に避けてるっていうか、今日も何も話して無かったし」

「別に話す事あらへんやろ」


 加奈はそう言ったものの、どことなく敵意みたいなものを感じる。直接的では無いのかもしれないが気に入らない部分があるのは確かだろう。


「まぁ、それならいいけど」


 雅人には悪いが俺はそれ以上踏み込まない様にした。加奈がもし、ただ気に入らないとかそう言った理由だったとしてどうする事も出来ない気がしたからだ。


 ひなちゃんが菅野の話していた事と関係があるのだろうか。俺はふと、買い物に行った時の事を思い出した。


「加奈、今日の帰りにうちに寄れない?」

「ええけど、なんかあるんか?」

「ちょっと渡したいものがあってね」


 あの時、ひなちゃんと買ったTシャツをライブで着ていこうと考えた。もちろん、雅人やひなちゃんにもその事はメッセージで送っておく。そうしておく事で少なからずギクシャクしている感じは出ないだろうと俺は考えた。



 ライブの当日を迎え、俺はTシャツに合わせる服を選んでいた。選ぶもなにもあの日買った黒いジップアップパーカーにショートパンツ。それと普段から履いているコンバースを履くだけだ。


「ファッション的にはいいんだけど、なんか垢抜けないなぁ……」


 洗面台で鏡をみてため息を吐く。相変わらず素材はいいのだけど、アクセサリーとかも付けておきたいところだ。するとその姿を見ていたのか母親が話しかけてくる。


「まひる、何やってるの?」

「お母さん……ちょっとしっくり来なくて」

「ライブにいくのでしょう? なら、特別にお母さんがいいものをあげる」


 そう言って、持って来たのは小さなポーチだった。中を開けるといくつかの化粧道具が入っているのが見える。


「そろそろ興味持つかと思って使わないのをいれておいたの。最初はこのくらいから始めてみたら?」


 そう言ってまひるの母親はリップとファンデーション、それにマスカラをくれた。元々ラウド系バンドをしていた事もあり、メイクには抵抗は無かったものの、つける事が無かったマスカラに関してはまつ毛の違和感が気になっていた。


「慣れるまでは、服とかに付かない様にきをつけなさいね」

「はーい」


 母親が言うには、化粧品はそのうちこだわり出して増えるものなのだそうだ。普段から化粧をする女の子にとって化粧は舞台衣装では無くて、なんとなくギターのエフェクターみたいな感じなのかと、俺は凄く納得した。


 例えるなら今の状態は安いディストーションをもらったくらいの感じなのだろうな。


 そんな事もあり垢抜けた感じに満足した俺は、待ち合わせの場所に向かうと、それぞれの反応が楽しみだった。


「あれ? 木下、大分印象が違うんじゃねぇか?」

「ライブスタイル、バンドマンぽいでしょ?」

「確かに、そのままライブ出れそうだな」


 雅人も連絡していた事もありバンドTシャツを着て来ている。指定はしてみたもののNIRVANAは流石に持ってはいなかった様だ。


「お? めっちゃ似合うやん」

「加奈も着こなし過ぎ!」

「せやろ?」

「というか、お前ら一緒のTシャツかよ?」

「お店にレディースしか無かったんだよね」


 するとちょうどひなちゃんも到着する。


「ひな、髪結んで来たの?」

「ライブだと、邪魔になるかも知れないから」

「なるほどね」

「加奈にも渡したんだね、うん。いい感じ」

「まひるから聞いたで、ありがとうな」

「今ならまだTシャツをニコニコさせられるからね!」


 ひなちゃんが話した事で、昨日ほどのギクシャクした雰囲気は無くなっていた。同じTシャツ作戦は上手く行ったと思っていいのではないだろうか?


 しかし、ライブハウスに着くと俺は全く予想していなかった奴を目にしてしまった。


「風次……なんでここに?」

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