第25話 将来の夢
週明け、文化祭まであと三週間を切った。俺としては今週中にライブで行う三曲を固めておきたいと思っていた。だが、昨日の事が頭をよぎりひなちゃんと何を話せばいいかわからなくなっている。
アレンジの進捗は聞きたい所だが、彼女の方から雅人の話を出してくるかもしれない。加奈の事もあるから出来れば早い目に打ち明けてもらいたい。
加奈は……やっぱり美人なんだよなぁ
窓側の席に座る彼女は、外を見つめながら黙々と指を動かしている。俺もギターを始めた頃はピックを持って手首を鍛えようとしてたな。
実際はどの程度効果があったかはわからない。だが、そんな練習をするよりも実際に弾いてみる方が上達するのは間違いないと思っている。
「加奈が気になるの?」
「えっ、ただ絵になるなぁって思ってただけだよ」
「それは同感」
心なしか、ひなちゃんに余裕を感じる。彼氏が出来た事での余裕だとしたら、少し複雑だ。
「ところで、昨日の練習はどうだったの?」
「歌は結構いい感じになったんじゃないかな。終わったらふたりともヘトヘトだったよ」
「そうなんだ。ちょっと楽しみ」
「ひなは用事は終わった?」
「うん……まぁ、」
罪悪感からなのか表情を曇らせる。上手く行っている様に見えて、実はそうでも無いのだろうか?
口では気にしないとは言っているものの、ひなちゃんの見た目ははっきり言って好みだ。ギリギリ高嶺の花なのだと言う意識で諦めているに過ぎない。
ただ、最近は距離が近づいている加奈の存在の方が少し大きく感じている。
まぁ、ひなちゃんはほぼ彼氏持ち確定だしね。
「ひなはさ、文化祭終わったらどうする?」
「バンドの事?」
「そう、雅人もサポート終わっちゃうでしょ? ひなはどう考えているのかなって」(ノ´▽`)ノ ⌒(呪)わわや
「私は……続けたいと思っているよ」
「良かった。わたしもなのだけど、雅人にサポート続けてもらう様に言わないといけないなって」
「でも、バンドあるみたいだし」
「そこなんだよね」
意地が悪いのかもしれないが、俺は少し切り込んでみようかと思う。
「ひなが頼んだら続けてくれるかな?」
「まーちゃんの方がいいんじゃないかな?」
「なんで?」
「雅人はまーちゃんの事、結構かってるみたいだしね」
雅人の家でのセッションで信頼は得た実感もあった。バンドの話をだすのなら、彼女が言う様に俺が話すのがいいかもしれないと思ってしまった。
「ひなはいいの?」
「どうして?」
「あ、いや……」
人の彼氏に、仮にも女の子の姿で話しを出すのは嫌なのでは無いかと考えたが、そのあたりは彼女も理解があるのかもしれない。
俺は雅人を呼び出し、それとなく話を振ってみる事にした。実質引き抜きだ、彼のメンバーとは面識は無いがあまりいい気はしないだろう。
「昨日は練習行けなくて悪かったな……」
「予定があるなら仕方ないよ」
「そう言ってくれると助かるよ。それで、話ってなんなんだ?」
「バンドの事なのだけど……」
「アレンジなら順調だぜ? 結構色々試したい事も入れてみている」
「それは楽しみだね」
いざ、彼を前にすると話を切り出せない。サポートという条件の中真剣に取り組んでくれているのは理解している。ここで切り出したら今の状況が変わるんじゃ無いのかと過ってしまう。
「ひなとは最近仲いいの?」
「えっ?」
「えっと、最近一緒に帰っていたりするから」
「ああ……小山は優しい奴だよ」
バンドの引き抜きより、こっちの方がマズかったんじゃないだろうか。俺は動揺し、口篭っていると雅人それを察したのか困った様子で口を開いた。
「悪いな……」
「えっと、何が?」
「木下の事だ文化祭の後の事、考えているんだろ?」
「うん……まぁ」
「正直な所、最初はお前らを舐めてた。一緒に音楽をするというか、菅野との事があって助けてやる位の気で受けたんだ」
「それは分かっているよ」
「木下がどの位凄いのは俺なりに理解しているつもりだ。もちろん小山もだし、山本に至っては考えられない位に成長している」
「それなら、終わった後も……」
「……悪いがそれは出きない」
「なんでよ、実力を認めてくれたんじゃなかったの??」
まさか断られるとは思っていなかった。加奈やひなくちゃんが理由なら、伸び代やセンスを訴え説得するつもりだった。
「実力は認めているし、この先も期待している。お前らとバンドをすれば何かしら成功出来るとすら思っているよ」
「ならどうして」
「俺にはやりたい音楽があるんだ。それを続けて売れなかったとしても後悔はしない」
雅人の意思は硬い。そもそもバンドなんていうものに絶対は無い。実力が有ればある程度まではいけるのだろうが、食べていけるようになったとしてもそれ以上に続ける精神力が必要になる。
そんな事、俺が一番わかってんだよ。
「そっか。それなら仕方ないね」
「悪いな。もちろんメンバーが見つからなかったら空いてる時にサポートは喜んで受ける」
「そう言ってくれると助かるよ」
この年で本気で先を考え、後悔しない様に選択ができる彼はきっと成功するバンドになるだろうと思った。それに俺たちも文化祭や曲の実績を元にドラムを探せば、今よりは見つかりやすいだろう。とりあえず文化祭までは雅人がいれば安心だ。
だがこの日、俺の全く予想していなかったものを見てしまう。放課後、ひなちゃんはこの日も先に帰る。今となっては雅人と帰りたいのは仕方ない事なのだと微笑ましく思っていた。
加奈も家を手伝わないと行けないらしく、掃除当番の日だった俺は一人で帰る事となった。誰もいなくなった教室、窓の外では部活動の声がする。
そういえば、放課後ってこんな感じだったな。
少しだけノスタルジックな気分に浸りながら、俺は鞄をもつと教室を出る。この身体になってから落ち着いて周りを見たことなんて無かったのかもしれない。そう思えるほどに生きていく事に必死だったのだろう。
下駄箱を抜け、出入り口に差し掛かるとひなちゃんの姿がみえた。
「あれ? ひな……?」
待っていてくれたのだと思い近づくと、彼女の視線の先には菅野の姿があった。
「え、なんで……」
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