第24話 疑惑
たかが四時間。バンドの練習でそれ以上した事は何度もある、しかしここまでぶっ続けに頭も体力も使う練習は今まで無かった。
大体は途中で休憩を挟み、ある程度してから再開すると言うのが普通だった。しかし、体育会系の加奈には頭を使う事で体力も奪われていくというは納得出来なかったのだと思う。
「だから休憩しようっていったのに……」
俺自身、声を出し過ぎたせいで既に喉がやられていた。
「だって、別に走ってるわけちゃうねんで」
加奈も案の定、ほとんど声は出ていない。それ以上に体力自慢の彼女が、ベースを背負いながら歩くと左右にフラフラ揺れている。
「ちょっとそこで休憩しよや……」
「それがいいかもね」
近くに公園を見つけ、ベンチで休憩する事にした。流石の俺もこのまま歩いて帰れる気はしなかった。二人でフルコーラス歌うスタイルは、結果的にブレイクがほとんど無い状態だった。
「振り付けも入れたらこんなんでライブできるんやろか?」
「いやいや、四時間やる訳じゃないよ?」
「ワンマンライブとかしたらそれ位はやる様になるんちゃうか?」
何気ない加奈の一言が意外だった。俺は確かめてみたくなりつい聞いてしまう。
「加奈はさ、文化祭が終わった後も続ける?」
「それもええかなって思い始めてる」
「わたしも思っているよ」
「せやけど、雅人は続けてくれへんかもなぁ」
「まぁ、契約的には今回だけだからね」
「ひなと付き合ったら話は変わるんちゃう?」
「バンド内恋愛があるバンドは嫌だけどね」
「そうなってたら、うちはまひると付き合うわ。カップル同士なら気にならんやろ?」
若干気になっていたのだが、加奈は百合の世界の住人なのだろうか? ある程度の人間関係は理解してきたつもりだ。もちろん俺にも中学時代というものはあるのだが、時代も違えば性別も違えば価値観だって変わるのだろう。
そうだと言うのなら、無理矢理男と付き合うより、本来なら絶対付き合う事はなかったであろう彼女とどうにかなったほうが幸せなのかもしれない。
「加奈は女の子が好きなの?」
「へっ? うちはストレートや。なんや、本気で考えとったんかいな?」
「……そう言う訳じゃ無いけど。ほら、今の時代ってそういう人もいるのかなって」
「確かに言いやすい環境にはなってるやろなぁ。冗談ではあるけど、恋愛擬似体験みたいな時期があってもおもろいとは思ってる」
「なにそれ?」
「いうてうちは男社会で育ったから、まひるやひなみたいにちゃんと女の子してる子に興味はある。このままやったら王子様やのうてツレと結婚……みたいな恋愛になりそうやしな」
加奈が何にこだわっているのかは理解出来なかった。けれども、彼女が恋愛に敏感な理由は普通の女の子に憧れているからなのかもしれない。
「加奈は加奈でいいと思うけどね」
「そういう所も含めてうちやねん」
そう言うと、彼女はそっと手を繋いできた。少し冷たい手。俺はまだ気にしているのだろう、加奈の顔を見ると薄めの唇に目が行ってしまう。
「そういう所やな」
「?」
「普通の女の子やったら、そうやって彼氏を見つめたりするんやろなぁって事や」
なるほど……それで疑似体験って事か。
「流石に疲れたわ。ちょっと昼寝してええ?」
「少しだけだよ」
「ほな、よろしゅう……」
そう言って彼女はゴロンと膝の上に頭をのせる。日陰の涼しい風がお互いの髪を揺らすと加奈の頭を撫でる。目を瞑りながら少しだけ笑ったのが見えた。
「ちょうどええなぁ……」
「涼しくなってきたよね」
小さな頭に整った顔。黒いとは思わなかったが、本来はもっと色白なのかよく見ると首元から胸元にかけてグラデーションの様に白くなっている。
「加奈ってそれで日焼けしてたんだね」
「去年まで球児やで、一年で大分白くはなったけどなぁ……」
頬に触れると、ひなちゃんよりハリのある柔らかさを感じる。
「うちは……」
加奈が何か言おうとした瞬間、公園の塀から雅人の顔が見えた。
「雅人?」
「え、ああほんまやな。こんな所で何してるんやろか?」
「声かけに行ってみる?」
「せやな……いや、やっぱりやめとこ」
そう言って加奈は俺の腕をひくと、雅人に見つからない様にみをかくした。
「どうして隠れるの」
「しーっ、黙ってようみてみい」
彼らが公園の入り口に差し掛かると、ちょうど隠れていたのか隣にはひなちゃんの姿が見えた。
「予想どおりやなぁ」
「あ……だけど、どうして言わなかったんだろう」
「まぁ、付き合いたてっちゅうんは繊細なんや。二人で相談して近いうちに言うてくるやろ。今くらいはそっとしといたろ」
正直俺はショックだった。別に付き合う事が悪いとは言わないが、二人とも普段通りの感じで接して来ていたのが少し怖いと思った。
「まひるは別に、雅人が好きやったわけちゃうんやろ?」
「まぁ、いい人だとは思うけどそれはないかな」
「せやったら、ひなが言いづらいんはバンドメンバーやからタイミングを見てるだけや。言ってきた時に知らん顔しておめでとうってゆうたろ!」
彼女は自分たちから伝える機会を奪いたく無かったのだろう。もしかしたら、この事が原因でバンド内が拗れるのを危惧しているのかもしれない。
そこまでメンバーに気をかける彼女を俺は安心させたいと思い勇気を振り絞って抱きついた。
「加奈〜」
「うわっ、急にどないしたんや!」
きっと中学生の女の子ならこうする。そうは思ったものの、彼女の感触の柔らかさにドキドキしてしまった。
「いやいや、照れるんならやめときぃや」
「だって……」
「ほな、これはかわいいまひるにご褒美や」
そう言って彼女は顎に触れると、そっと頬にキスをした。イケメンすぎる加奈を本当に好きになってしまいそうだった。
「その反応、まんざらでもないんちゃうか?」
「ちょっと今のはイケメンすぎるよ……」
「挿れるもんはあらへんから子供は諦めや?」
「急に下ネタで雰囲気壊すのやめよう?」
彼女も勢いに任せた事で、照れているのかもしれない。けれども加奈に抱きたいといわれたら抵抗出来る自信は全くなくなっていた。
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