第23話 課題

 四時間とか喉つぶすわっ! とは思ったものの、案外いい機会なのかもしれない。演奏が主体の練習の中、ハッキリ言って俺は歌の練習をほとんどできていない。


 実際、ライブをするとしたらほとんどの奴が歌を聴きにきている。加奈は上手い方だとは思うものの、カラオケのレベルを抜けてはいないし、俺に至っては音程を即席で合わせたレベルだ。


 やり方は無茶苦茶ではあるが、本番までに治る時間があるうちに徹底的に詰めておくのはある意味最善策となるかもしれない。ただ……


「どうしてわたしの予定は空いてる前提なの!」

「なんでって、空いとるやろ?」

「まぁ、空いてるけど……」


 断るつもりなんてさらさら無かったが、とりあえず言っておきたかった。結局特に予定の無い土曜日は、パンクしそうになりながら学校の宿題を終わらせ、あとはひたすら練習に費やした。


 こうしてギターに向き合っていると、バンドをしていた頃を思い出す。辞めてからも弾いてはいるものの、あれは過去の後悔を取り戻す為……ある意味悟りを開く為のブッダの様な練習だったのかもしれない。だけど今は、フレーズの一つ一つで彼女達の完成形と対話している様な気分だった。


 左手が少しヒリヒリとする中、日曜日を迎える事となる。経験値がある事もあり無駄な力が入ってはいないからか、豆だらけになる事は無かった。けれどものべ10時間以上弾いていると、少しくらい慣れ始めた手ではさすがにダメージがあるのは否めなかった。


「やっと来たか!」

「いや、フリータイムまでまだ十五分はあるでしょ!」

「なんや、まひるはギター持ってこんかったんか」

「なんでベース持ってきてるの?」

「甘いな、まひるは。楽器の練習やったら安くなるんやで?」

「安くなるのは個人練習だからフリータイムだと意味ないし、音源を使わない事が前提でしょ?」

「うそやん? ほんまに?」

「店によるかもだけど、音源は使えないはずだよ」


 加奈はガックリと肩を落とし、ベースケースがずり落ちそうになる。


「まあまあ、もうすぐ時間だしとりあえず予約しに行こう?」

「せやなぁ……」


 それでも少し入るのが早かったらしく、俺たちは10分ほど待つ事となる。ベースを抱えて不貞腐れている加奈はまるでライブ前のアーティストみたいだった。


「加奈ってさ、意外とオシャレだよね?」

「意外ってなんやねん」


 とはいえ、ピッタリとした黒いタンクトップに、小さめの薄手のシャツ。ショートパンツにスニーカーとサバサバしたキャラを崩さず、手足の長いスレンダー体型を活かしている。


 まるでスタイリストでも付いているかの様な計算されたファッションだ。


「そう言うたものの、服はうちの常連のお姉さんから貰った物ばっかりやしなぁ……」

「タダでくれるの?」

「うちのおとんが焼き鳥か飲みもんで返してくれとるけど、モデルせぇへんかってうるさいねん」


 本当にスタイリストか、モデル事務所関係のひとなのかもしれない。スカウトしてみたものの食いつきが悪く服を貢いでいる形になっているのだろう。


「うちは動きやすい方がええねんけどなぁ」

「でも似合ってるよ?」

「それなら付き合いで着てる価値もあるなぁ」


 付き合いなのかよ。けれども加奈らしいと言えばそうなのかもしれない。


「そろそろええんちゃうか?」

「だね!」


 部屋に案内されると、二人だからかやたらと狭い造りだった。これから四時間かと考えると過酷な試練になるだろう。


「飲みもんだけ先用意しよか!」


 そう言って俺たちはドリンクバーの所に向かう。


「まひるはどう思う?」

「どうって何が?」

「いやいや、あの二人絶対同じ予定やろ?」

「ああ、ひなと雅人?」

「それしかおらへんやんか。やっぱりええ感じなんかな?」

「どうだろう……」


 正直、気にならないかと言われたら気にはなる。とはいえ、なんとなくだけど付き合っている様には見えない気もする。


「うちらに気ぃ使ってんやろか?」

「ひなは言ってくれそうだけど、雅人は……」

「気にしそうやろ?」


 スポーツドリンクを注ぐと、加奈はもう一つのコップに注ぎ始めた。


「気にするだろうねぇ……」

「まあまあ、うちらもデートみたいなもんやし、イチャコラ歌うとこ!」


 お前が話を振ってきたんだろ! とは突っ込まないでいた。案外彼女も気になっているのだと思うと、少し面白い。


 しかし流石は元アスリート。練習が始まるとスイッチが切り替わった様に真剣な表情に変わる。青と夏を一度歌った後、直ぐに反省会をする。


「まひるはどう思う? なんかやっぱりカラオケ感があるんよなぁ……」

「もっと細かい意識が必要だと思う」

「例えばどんな感じや?」

「感情的な歌い方? 歌詞の雰囲気に合わせて工夫してみるとか……」

「演劇みたいな感じで歌うとええんかな?」

「とりあえず、時間はあるしやってみよ?」


 歌っては曲を止め、お互いに意見を言い合う。まるまる通すのが効率が悪いと思いアカペラで歌ってみたりもした。次第にお互いの声の美味しい部分などが定まってくるのがわかる。


「これ、パート別やのうて、一緒に歌うツインボーカルの方がええんちゃうか?」

「これもツインボーカルだけど……」

「ちゃうねん、基本的にどっちかが歌うのにコーラス入れるんやなくて、基本的には二人で歌ってみるのがええんちゃうかなって」

「確かに……それいいかも!?」


 常にユニゾンやハモリで歌う中、一人が際立つ所だけ一人にする。何故今まで気が付かなかったのだろうか。そうする事でデュエットの様になっていた曲が一人の曲の様にまとまった。


「これやで!」

「うん、これなら大分垢抜けて聞こえるよ!」


 やっと自分たちの歌い方が決まり、所々の違和感を消していく作業に入る。完全とはいかないまでも自信を持って人に聞かせられる位には完成した。


 すると加奈はベースを取り出し、弾きながら歌ってみる。その瞬間、彼女の顔が曇るのが分かった。


「これ弾きながら歌うん?」

「そう……なるね」

「むっちゃくちゃ難しいやん……」

「加奈ならできるよ!」

「ほんまに?」

「うん、練習の鬼でしょ?」

「よし、うちなら出来る……うちなら出来る……」


 時間いっぱいまで練習すると、加奈はその場に座り込み完全燃焼してしまった。

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