第22話 仲良くなりたい

 えっ……嘘だろ?

 あまりにも急な出来事に俺は一体何が起こったのか分からなかった。


「ちょ、ふつうに照れんのやめぇや!」

「いや、だって……」

「待ってたんはそんなんちゃう。なんでキスすんねんってツッコんでくれな!」


 俺は何故彼女がそんな事をしたのか分からなかった。呆然とたちつくしていると、彼女は再び歩き出し少しだけ振り返って言った。


「うちはちょっと嫉妬しただけやから別に深い意味は無いで」

「嫉妬って、それこそ彼氏みたいだし」

「ひなの事、気にかけてんやろ?」

「そういう訳じゃ無いけど、別に誰かを好きになるのは自由だし……」

「そう思いながらも心配してんのはわかるで。あんたら三人とも幼馴染みたいやしなぁ」

「わたしはただ、バンドが上手くいく様に考えているだけで、結果的にひなも楽しくなればいいかなって思っているだけだよ」


 もしかして彼女には転校生の疎外感みたいなものがあるのかもしれない。加奈はそのまま振り向くと、肩を掴み再び顔を寄せた。


「ふうん……ほな、もう一回しよか?」

「えっ!?」

「嘘や嘘! 別にそれでええんちゃうか? うちらはチームプレーであり、個人プレーや。野球もバンドもそこは変わらへんやろ!」


 多分俺は、彼女みたいな奴を求めていたのかもしれない。別に実力差はあってもいい、お互いが本気でやっているのだと言葉を交わさずともわかる様なそんな関係を……。


 俺はそんな彼女等に応える事はできるだろうか。いや、応えられる様に頑張るしか無い。


 それから俺は、少しだけ清々しいような気分だった。別に加奈とキスしたからというわけでは無い、無いと思う。だが、次の練習までの間ひなちゃんは相変わらず雅人と帰っていた。



「ひな、曲のアレンジは出来そう?」

「色々考えてはいるけど、やっぱり難しいかな」


 席が近いと言う事もあり、別に話さなくなっている訳じゃ無い。それまでと変わらず彼女は微笑んでいるのがわかる。球技大会は結局のところ最初に加奈が振り分けたポジションで練習している。


「もうすぐ大会だね。でも、終わったら本格的に文化祭の準備が始まるんだよね」

「そもそも球技大会のポジション分けからの勝負が大会の後って意味がわからないよね」

「それは菅野さんも理不尽な事を言ってる自覚があったんじゃないかな?」

「冷静に考えたらただの我が儘みたいなものだしね……」


 だけど俺は、彼女に雅人の事を尋ねる勇気が無かった。ひなちゃんはいつも落ち着いている様にみえる、だけど冷静に考えれば彼女も思春期真っ只中の女の子だ。加奈の言っていた事が本当に起こっているのだとしたら……。


 胸の中をゆっくりと針で刺す様な痛みが走る。


 俺はひなちゃんの事をどう思っているのだろうか。たまたままひるちゃんが友達だっただけで、たまたま話す存在だっただけで、それ以上のものは何も無い。気がつくと俺は彼女の頬に触れていた。


「ど、どうしたの!?」


 俺は無言で彼女の顔に近づいていく。ひなちゃんも少し動揺しているのか大きな目を見開きこちらを見ているのがわかる。


 あと10センチ。

 ……5センチ。


 彼女は息を止め、ゆっくりと目を瞑った。


 プニっ……。


 寸前の所で俺はひなちゃんの頬をつねる。柔らかくキメの細かい肌が指を通じてわかる。その瞬間彼女は目を開いた。


「ちょっと、まーちゃん何するの?」

「ふふふっ」

「変なことしないでよ!」


 一体俺は何をしようとしていたのだろう。理性なのか加奈とキスした事への罪悪感なのか。それともただ彼女を揶揄いたかっただけなのか。


 けれども、俺の事を受け入れてしまいそうなひなちゃんに、少しだけ安心している自分がいた。


「今日は練習だよ。頑張ろうね」

「急に話変えないでよー!」


 この身体になってから一週間が過ぎた。気がつけば、バンドを組んでいたり、それぞれの過去を少しだけ知る事が出来て以前より過ごしやすくなって来たのだと思う。最初は抵抗があった着替えやトイレなんかにも随分と慣れてきていた。それもあってか、以前の俺は夢だったんじゃ無いかとすら考える様になって来ている。


 だがそれを、突き戻してくれるのは……ギターの音だけだ。


「ちょっとまちいな! 雅人にまひるもなんでそんなすぐ出来んねん!」

「いやいやまだまだ出来てねーよ」

「雅人ができてへんねやったらうちはどないなんねん!」


 アドリブに慣れている雅人は、探りながら叩いているものの、詰めの段階に来ていた。加奈も焦ってはいるものの、ルートの音は外さず弾けるくらいには練習されている。ひなちゃんはまだ曲のイメージは出来てはいない様だった。


「ひな、キメの前でもう少し盛り上げられないかな?」

「こんな感じ?」

「ちょっとあからさますぎるかも?」

「うーん……」


 知識やテクニックはあるものの、この曲に近いジャンルをあまり聴いてこなかったのだろう。だけど、彼女のリフには別の引き出しはある様に感じる。


「もうちょっと綺麗に混ざればすごくいい感じになると思うんだけどねぇ」

「木下がギターでカバーすればいいだろ?」

「ここは音圧を出していきたいんだよ」

「それならまぁ……」


 所々で雅人がひなちゃんをフォローするのが目立つ。確かに中学生に求めるにはシビアすぎるのかもしれない、だがそれなら初心者の加奈にだってフォローしてもいいはずなのだが彼はほとんどそれをしなかった。


 やっぱり加奈が言う様に何かあるのか?

 いやいや、それとこれとは別の話だ。最善を尽くす為にはひなちゃんにも成長してもらわなくてはいけない。


 モヤモヤが拭えないまま、練習が終わる。振り付けをしようとしていた部分をすり合わせ、一旦教室を出る事となった。


「なぁ、明後日練習せえへん?」

「明後日は日曜日だけど?」

「まだまだ合わせたいし。うち、外のスタジオも入ってみたいんよなぁ」

「確かに、環境を変えてみるのはいいかもね」


 一瞬、雅人とひなちゃんが目を合わせた事に気づくと、すぐ後に彼は何かを思い出したかの様に言った。


「悪い、日曜日はちょっと用事があるんだよ」

「予定あるんならしゃーない。三人で練習しよか」

「ごめん、私もちょっと調教されに……」

「なんや、ひなもかいな。ほんじゃあまひると二人でカラオケやな!」

「なんでよ!」

「フリータイムの四時間耐久ボイストレーニングするに決まってるやろ!」


 さりげなくひなちゃんは調教って言わなかったか?

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