第21話 噂

 今まで何度も曲を作った事はあった。ギターのリフからやコードから、作詞したものからと色々と試行錯誤をしたのも今となっては懐かしい。


 だが、今回の曲は表現ではなく目的がある。もちろんアーティストたる者、目的を目指していたとしても表現はしなくてはいけないのだが、狙いを定めて枠組みから作ろうと言う話だ。


 それを踏まえた上で、俺は一つの目的を持った曲をメンバーに披露する事にした。


「曲が出来たって、早すぎるやろ」

「正確にはここから詰めていこうという話なのだけど、とりあえず聞いてみてよ」


 そう言って俺は、重ねて録音が出来るアプリで録った弾き語りを聞かせた。


「なるほどなぁ……俺は木下の意図はなんとなく分かったぜ?」

「ごちゃごちゃしとるけど、サビはキャッチーな感じで盛り上がりそうやなぁ」

「あまり聞いた事ない感じだけど、面白そう」


 それぞれ色々な感想を述べる。だが、あまり否定的な感じではない事から、とりあえずは成功では無いだろうか。


「まぁ、バンドでやる事をイメージした感じだからここから完成させて行こう。きっと出来上がった時には驚いてくれるとおもう……」


 いいメロディ、いい歌。弾き語りでそこまで持っていけるほどの天才なら俺は一人でプロになっていただろう。あくまでバンドサウンドありきの曲なのだから合わせてからが本番なんだ。


「リズムアレンジは任せてくれよ。今のところ木下がやりたい事は分かっていると思うからさ」


 雅人はそう言って、スティックで机を小さく叩くと俺たちを見渡した。


「まずは最初、このギター独特のリズムなんだけど、合わせるなら跳ねる様にドラムとベースはシンプルに始める……」


 ざっくりと話始めた内容は、俺の意図をかなり汲み取っているのがわかる。


「……つまりはリズム隊でノれるリズムをつくりながら俺等の強みでもある木下や小山の上物が色々と詰めこんで広げて行くって感じかな?」


 雅人が言った事はほぼ正解だ。いや、音のアレンジだけで言えば100点をあげてもいい。しかし……


「えっと、演奏については雅人がほとんど言ってくれた訳だけど……」

「演奏以外になにかあるのかよ?」

「相手は菅野達で、彼女達のパフォーマンスはダンスな訳でしょ?」

「それに対抗してライブ感を出す曲って事だろ?」

「それはそうなんだけど、ちょっと挑戦したい事があって……」


 アイデアには自信があった。けれども、バンドでするのを見た事があるのは、ライブハウスで働いていた俺だからなのだと思う。


「なんや? 気になるやんけ」

「上手くいえないのだけど、ダンスの要素を入れるイメージにしてみたんだよね……」

「ダンスってどうゆうことやねん!」


 すると、それまで黙っていたひなが口を開いた。


「そういう事ね」

「だからどうゆう事やねん!」

「曲の中に、細かい休符やわかりやすいブレイクがあったり、縦のノリを意識している様な所があるの……振り付けをするって事だよね?」

「そういう事……」


 俺が考えていたのは、ダンスに勝つ為にはステージでの絵が必要になる。とはいえ、身体操作で戦ったとしたらまず勝ち目はない。


 だが、ダンスにおける要素。ステージを広く使ったパフォーマンスや、キメの部分での統一性や一体感を取り入れる事が出来ればそれだけで魅せる部分が作る事ができると考えた。


「そんな事言ったらドラムはどうすんだよ。スティック回し位なら出来るけど、手足を使っている以上踊るなんて流石に出来ないぜ?」

「ドラムは、シンバルを止めたり後は頭だけでもいいと思う。横に振ったりとか?」

「横ってYOSHIKIさんかよ! あれは首を犠牲にしないと出来ねえよ!」

「そこは……一曲だけだから……ね?」


 横振りでヘルニアになるのは有名な話だ。昔組んでいたドラムがマネをして首を痛めていた事から負荷が物凄くかかるのは聞いていた。だが、それ以上にステージでの横の動きというのが派手に見えるというのがやりたい事だ。


「まぁ、モゲない程度にはやってみるよ」

「うん。お洒落なコルセットは探しておくよ」

「木下って意外とSだよなぁ……」

「いやいや首痛めてもやれ言うんはドSやろ!」

「うちには秘めたる女王様がいるよね……」


 どんな印象なんだよっ!

 俺はあくまで最善を尽くしているだけだ!


「とにかく、ダンスするにしても演奏はしっかり出来る様にしないとな!」

「うちがふっかけた喧嘩や。やるしかないやろ!」


 それぞれやる気が出た様で、一旦各自で練習して一度合わせてみる事となった。もちろん、今やっている青と夏やカバー曲も振り付けが出来る様にするというのは、みんな納得している様だった。


 打ち合わせが終わると、ひなちゃんが雅人に話しかけているのが見える。加奈もアレンジを詳しく聞きたいらしく話しかけてきていた為、彼女も同じなのだと思っていた。


 そんな事もあり、この日俺は途中まで加奈と帰る事になる。ひなちゃんの事は気になるものの、彼女も雅人と用事があるとの事であまり深くは考えないようにしていた。


「しっかし、まひるは天才やなぁ」

「そんな事はないよ」

「またまたぁ。せやけどほんまありがとうな」

「自分がやりたい事してるだけだし」

「そんな事ゆうて……まあええわ」


 相変わらず彼女は気持ちがいいくらいに竹を割っていた。


「話は変わるけど、あの二人どう思う?」

「どうって、実力もあるししっかりやってくると思うけど?」


 俺はなんでもハッキリ言うタイプの加奈が、そんな陰口みたいな切り口で話をしてくるとは思わなかった。


「そういう話ちゃうねん。ええ感じなんちゃうかって話やんか?」

「ええ感じって……何が?」

「男女の話に決まってるやん。しかもひなの方からやで? 世の中わからんなぁ」

「いやいや、加奈の辞書に恋愛があったの?」

「うちの事どないおもてんねん!」


 正直彼女から恋愛の話が出てくるとは思ってはいなかった。なんだかんだで加奈も女の子しているのだろうか?


「それはないと思うけどなぁ」

「まぁ、雅人はまひる派やからなぁ。やけど、あの美少女に言い寄られたらどうなるかはわからへん」

「ひなに限ってそれは……」

「そうなったらうちがまひるをもろたるっ!」

「どうしてそうなるのさ」


 そう言うと加奈はさりげなく腕を組む。10センチ程の身長差は、美人の彼氏が出来た様な気分になる。


「やっぱり加奈って美人だよね……」

「なんや急に? うちに惚れてもうたんか?」


 コテコテの関西弁とのギャップが余計に神秘的にに見える。後数年もすれば、彼女はきっと引くて数多の存在になってしまうのだろうと思う。


 そう思いながら加奈を見ていると、彼女の顔が近づき唇に柔らかい感触があるのを感じた……。

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