第20話 意図

「誰って、わたしだけど?」


 いきなり言われた言葉に、冷や汗が背中を伝っていくのが分かる。俺は出来るだけ動揺を顔に出さない様にニッコリと笑った。


「いきなり言われても困るか……。俺はさ、生まれた時からここはで育ってる訳でさ、当時はもっとジャズ好きのおっさんとかが来てて演奏とかよく見てたんだよ」

「まぁジャズバーだからね。でもわたしは別にちょっと知っている曲を弾いただけだよ?」

「確かに、映画でも出てる有名な曲だし、おまえがオードリーに興味があった時期があってもおかしくはない。俺の親みたいにジャズとか、映画好きの親なら昔の映画も見るだろうしな」


 だが、雅人の疑いは晴れた訳じゃない。まだ何か本質的な部分で引っかかっている様に思う。


「それならなんで……」

「言っただろ。ジャズを弾いる人は沢山見てきたって……お前、セッション何回目だよ」

「は、初めてだけど……」

「最初俺は、木下はただ天才なのだと思っていた。山本のベースの成長速度も見ていたし、あいつも天才だからな。だけど、お前は明らかに違うんだよ」

「違わないよ」

「何焦ってんだよ。普通の天才な奴なら弾ける様になる速さだったり、メロディのセンスが凄かったりするんだけど、経験はねぇんだよ」


 つまりは、セッションの際に俺の経験値をみて疑問を抱かれたのか。そこまでバレているのなら、いっその事雅人に話して協力して貰う方向にするしかないのか?


「どうなんだ? 言いたく無いならそれはそれでもいいけど、何かあるんだと俺は思うぜ?」

「そうだね。とりあえず今は、色々な経験はあるって言っておくよ。ただ、ひなや加奈は本人たちが気づくまでは黙ってて欲しい」


 本当の事を言っても信用はされないだろうし、意味のわからない事が増え、文化祭に影響がでるだけだ。だが、それでもなんとなく雅人には嘘をつきたくは無かった。


「そういう事なら、俺は黙っておく。言わないのはあいつらの為なんだろ?」

「うん。ありがと」

「小山といい、山本といいちょっと複雑だしな。バンドであいつらの新しい目標になるなら木下がしたい事も分からなくはねぇしな」


 俺への疑問を飲み込んでくれているのは分かった。だが、チャンスだと思い雅人にそれとなく聞いてみる事にした。


「ひなはさ、アレじゃんね……」

「別に本人がいる訳じゃ無いんだし、普通に言ってもいいだろ」


 さりげなく話してくれるかと思ったが、そう上手くはいかない。多少は予想出来ているのだけど確証を得たかった。


「ピアノやってた訳でしょ」

「ピアノもあるけど、あいつはエレクトーンな。それよりはバレエの方がネックだと俺は思ってるけどそっちは今は気にして無さそうなのか?」

「どうだろう……」


 バレエ? どういう事だ。それもあるが、ひなちゃんがしていたのはエレクトーンなのか? だとしたらアレンジはしなければならないんじゃないのか?


「まぁ、挫折って言うのは元々出来ないより出来る事が出来なくなる方が堪えるからな」

「それはそうだね」

「その点、バンドなら自分で助けられると思ったから木下はギターの事隠してたんだろ?」

「まぁ、そんな所かな」

「俺はそれでいいと思うぜ。それが聞けただけてお前の意図に乗る理由になるしな」


 多分雅人が俺たちに協力しようとしたのは、ひなちゃんの過去を知っているからだ。それに、加奈の事も放ってはおけなかったのだろう。


 やはり雅人は優しい奴だな。


 俺は彼女達に、希望を与える事が出来るのだろうか。いや、もしかしたらこれが、まひるちゃん自身の使命であり、俺がこの身体に入った意味なんじゃ無いだろうか。


 そうなると、まひるちゃん自身もどうにかしてあげる事は出来ないだろうかと考えてしまう。


「どうすれば上手く出来るかな……?」


 ふと俺は口に出してしまっていた。


「結果的に山本にベース、小山にはピアノでの役割を与えている訳だし、充分上手くやってると思うぜ。お前は頑張ってるよ」


 雅人の言葉に、それまでの色々な感情が溢れ出して来る。俺はこの世界に慣れようと必死だっただけだ。別にこれと言ったプランがある訳じゃ無い。その罪悪感とそんな不完全な俺を彼は認めてくれた事が分かり涙が溢れ出した。


「うぐっ……」

「どうしたんだよ」

「泣くつもりはなくて……」

「そうだよな。お前なりにどうにかしたくて、必死だったんだよな……俺も出来るだけ協力するから、今は泣いとけよ」

「まさとぉ……」


 ただギターを持っている事もあり、抱きついたりはしない。色々ややこしくなりそうなのと、俺自身協力してくれるにしても、自分でどうにかしなくてはいけないと思ったからだ。


 その瞬間、俺は一つの事を思いついた。


『このバンドをプロデュースする』


 上手く出来るかは分からない。けれども、俺の経験とギターの実力があれば唯一出来る事なんじゃないかと思う。


 そしてプロ……いや、インディーズでもいい。食べていけるだけの形をつくり、もし三年後に戻ったならこのバンドのプロデューサーとして。戻らず、俺の身体にまひるちゃんが入ってしまったとしたら彼女をプロデューサーにして生きて行けるようにしよう。


 その為に俺は泥臭いやり方だろうが、なんだってしてやる。俺たちが生きていくにはそれしか無いのだと心の底からそう思った。


 雅人と別れた後、早速俺は計画を立てる。まずは目の前の文化祭を確実に勝つ。そのためには、まだまだやらなければいけない事は沢山ある。


 とりあえずそれを俺は、スマートフォンにメモをして整理していく事にした。


・三年後のビジョン


 まだはっきりとはイメージが出来てはいない。ただ、三年後に稼げる様になるためには高校生の間に少なくとも音楽をマネタイズ出来る様にしておく必要がある。大学や社会人ならともかく高校生、しかも二年生でとなるとハードルはかなり高い。


・正式なメンバー


 今後を見据えた際に、雅人のサポートは難しいだろう。しっかりと勧誘してメンバーに入れるのか、彼と同等以上の新しいドラムが必要になる。


・文化祭の勝負


 文化祭で勝てなければ性格上、加奈も続ける事は無いだろう。次のビジョンを立てるためにも確実に勝てる所まで持って行く必要がある。


 そのためには、曲はもちろんバンドとしてパフォーマンスや票を入れて貰う為の何かを考えなくてはいけない。今出来る事は、パフォーマンスに繋がる曲を作り、少しでも早く完成度を高める為に動くことを考えるしか無い!


 その晩俺は、一つの曲を作りあげた。

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