第19話 ジャズ

 俺は特にそんな事は気にしていない。むしろひなちゃんや加奈と二人の方が罪悪感が湧いてくるのは言うまでもない。


「まぁ、俺と木下なら恋人と間違えられる事もないだろうけどな!」

「なんかどんどん自爆してない? 余計に意識してる様に聞こえるよ?」

「うるせぇな、多少は気にしてんだよ」


 雅人も思春期のど真ん中。俺だって勿論思春期という物を経験している事もあり、そこをとやかく言うつもりは全くない。


「まあ、いいけど」

「それより小山の奴は大丈夫なのか?」

「先に帰っちゃった事?」

「それもあるけど、なんかお前最近小山に厳しいよな?」

「そうかな?」

「急にボーカルさせてみたり、ピアノをあおったり。ギターの事隠してたのも俺からしたらなんか意外なんだよな」


 俺は以前のまひるちゃんを知らない。それでもある程度は履歴とかから寄せていたつもりだった。


「まぁ、加奈の事があるからね」

「それもだよ。以前なら基本的に小山が優先だっただろ。喧嘩でもしたのかよ?」


 雅人がそんな風に思っていたと言うのが意外だった。てっきり彼女はアレンジのプレッシャーで考えたい事があるから先に帰ったのだと気にも止めてはいなかった。


「喧嘩とかは無いけど……そっか」

「まぁ無意識だったなら、フォローしといたほうがいいんじゃねぇか? 山本の方はバンドメンバーに入ったってだけで充分ありがたがっているみたいだしいいけどな!」

「うん、ありがと……」


 雅人は最初に思っていた以上にいい奴だった。見た目が大人びているだけじゃなく、視野も広い。こんな奴が将来的にドラマーとして成功するのだろうと思う。そう思っていると、彼は古びた店の前で足を止めると言った。


「ちょっと寄っていけよ?」


 その店をよく見ると、ジャズバー? かなり年季が入っており今ではあまり見かけない雰囲気だ。それに、「寄って行こう」ならまだしも俺だけ入れるつもりなのか? 流石に戸惑い、動揺する。


「いや、別に連れ込もうって話じゃなくてさ」

「えっと……雅人の家?」

「なんで疑問系なんだよ。営業ではほぼ使って無いけど、使える様にはしてあるからさ。ギター持って来ているし丁度いいだろ?」


 俺は頷き、恐る恐る入ると天井は低いが思っていたより広い。カウンターと3つテーブルを挟んだ先にはグランドピアノとドラムセットがあった。


「まぁ、今は殆ど俺の練習用だけどアンプとかもなんだかんだでつかえるぜ?」


 渋いリアルヴィンテージのフェンダーのアンプが置いてある。機材に自信がある俺ですら同じ物を見た事がなく、歪むのかクリーンなのかも分からない。


「雅人ってジャズやるの?」

「ジャズバーの息子ってのもあるけど、親父の影響でな。今は違うジャンルがメインだが、入りはジャズから始めたんだ」


 そう言って、ドラムセットに座ると鞄からスティックを取り出しライドシンバルをチンチン叩きだした。始めたと言うだけあってなかなか様になっている。曲を始めるのかと思った瞬間、彼は叩くのを止めた。


「木下も早くギター繋げよ。スタンダード……って言っても微妙か。有名な曲なら何かしらは弾けるんだろ?」


 俺はその言葉に、胸が高鳴る。確かに一時期やった事はあるが、ジャズなんて何年ぶりだろうか。アンプを繋ぐとしっかりとメンテナンスされた真空管の音にさらにテンションが上がる。柔らかく濃い音の歪みが俺のムスタングにも合っている様だ。


 バンドの時とは違い、優しいタッチで俺の反応を探る様にリズムを刻む。まるでどこからでも入って来いと言っている様に煽っているみたいだ。


 ジャズには基本的に、ジャズスタンダードと呼ばれる曲が無数にある。ざっと1000曲位はあるのだが、日本で演奏される主流な曲はそのなかでも200曲位だ。とはいえ、ジャズを主体に演奏する人なら大体聞いてはいるだろうが、全てを網羅している者は多くはない。そのため、こう言うジャズを弾く所では、コードとメロディだけが書いてあるリードシートと呼ばれる物を見て感性で弾くというのが大体のセオリーだ。


 つまり彼は、俺が弾くスタンダードのどの曲でも合わせる事が出来る自信があるのだと言いたいのだろう。


 ジャズ自体のギターを弾くだけ、知っていれば難しくはない。ただ、コードと主旋律を混ぜていく際に他のパートとコミュニケーションを取る必要がある。この場合は雅人のドラムだ。


 二人という事もあり、俺が主旋律を弾けはそこから大体の全体像を予想し合わせてくるというのが、音楽のコミュニケーションになるというわけだ。


 俺はその挑発にのり、定番かつ女の子が好きそうな曲を考慮し、ムーンリバーのメロディを奏でた。


 だが、ただ弾くのでは面白くない。俺は世間のイメージより1.5倍の速度で奏でてみる。視線を合わせると苦笑いをうかべ驚いているのを感じるものの雅人はそれに合わせてきた。


 ミドルテンポになった曲は雰囲気がガラリと変わる。オードリーヘップバーンも踊り出す勢いのリズミカルな展開を叩きつけた。


 ジャズの鉄則は、オフビート、アレンジ、リズムセクション。独特のリズム感に各パートが、交互にアレンジを乗せる。上物と呼ばれる楽器がギターしかない時は基本はこれだよとアプローチし、その上でアレンジを乗せていけば形になる。


 俺は緩やかに展開させると、雅人は手数を加えレスポンスする。リズムをひねると、それに合わせる様に別の展開をみせた。次第に慣れてきたのか雅人はこちらをみて笑うと、ドラムソロと言わんばかりの激しいアレンジを入れる。


 ここまで来ればほぼ自由だ。おれもスイープやライトハンドと言ったジャズではほぼやらない様なテクニックを織り混ぜフィナーレを演出し曲を終えた。


「あはははは、ジャズだって言ってんのにお前無茶苦茶だな!」

「雅人もよく付いてきたよね」

「まぁ、俺の得意分野だしな。それよりさ、木下の実力はよく分かったよ。引き出しの広さも、技術の高さもな……」

「雅人も、結構ジャズやってたんだね。変わったアレンジが色々と見れて面白かったよ」


 セッションをすると、相手の力量はよくわかる。彼はまだ、ジャズでの引き出しをロックにはあまり消化できてはいないのか、それともなるべく忠実に叩くのを意識しているだけなのかは分からない。だがどちらにせよ、とてつもない伸び代を感じた。


「それでさ、もっとセッションしていきたいのだけど……」

「いいね、どんどんやってみようよ」

「念の為に聞いておきたい事があるんだよな」

「なに?」


 この曲を選んだのは、映画をみてと言えばいい。おしゃれで女の子の憧れでもある『ティファニーで朝食を』をみて、練習したのだと言えばそれほど不思議な話ではないだろう。


「……お前誰だよ?」

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