第18話 曲づくり

 今の若さ、そしてこのクオリティからさらに伸び代があるのなら、活動のやり方次第で売れるのも夢じゃないのかも知れない。


 そう思っていると、雅人が不意に口を開いた。


「普通に売れるかもな……」

「やっぱりそう思う?」

「まぁな。俺は学校以外でもライブしてるけど、総合的に見てかなりレベルは高いとは思った」

「ほんまか? 菅野にも勝てそうなんか?」

「ジャンルも違うし、俺はバンド側の人間だからそこに関してはなんともいえねぇけど、戦えるレベルにはなる気がするな」


 それを聞いて俺は、雅人的には贔屓目ひいきめでみても負ける要素があると言っている様に聞こえる。中学生でこのくらいクオリティが出せていたら無双状態じゃないのか?


「何か負けそうな懸念点けねんてんでもあるの?」

「いや、ステージでの俺等の強みってやっぱり音だろ? 生のドラムにでかい音量のアンプ、それでこれだけ音圧がでるなら音じゃ負けない」

「相手はダンスだからね……」

「そう。音に関してでいうなら向こうは録音の強みもあるが音響でそのあたりは変わってくる。それ以上に、奴らはメインがパフォーマンスなだけに視覚的なものが強すぎるんだ」

「確かに……」


 雅人のいいたい事は何となくわかる。

 ライブハウス時代にも何度もダンスチームのイベントを見て来た。音圧は確かにちがうもののステージを盛り上げるステージングが圧倒的だった。


「それより、一番の問題はアウェーな感じになりかねないって所だな。菅野はなんだかんだダンスしているのも知られているし憧れている奴も多いからな。反面俺たちはほとんど知られていないといってもいいだろう」

「知られてへんって……うちは野球でやったらまだ知られとったんやけどなぁ」

「野球で知られててもな……それもほぼ関西での話だろ?」

「まぁ、そうなんやけど……」

「それなら小山の方が知名度はある」


 どういう事だ?

 加奈の知名度関西がメインだとしても全国クラスピッチャーだ。それに学校のバンドで活動している雅人よりひなちゃんの方が知名度があるのはなぜなんだ?

 だか、一番知っているはずの俺が聞く訳にはいかない。モヤモヤするが、このあたりはどうにか探っていくしかないのだろうと思う。


 だが、雅人が言う様にステージが菅野のファンで埋め尽くされていると言うのは想定しておかなくてはいけない、さてどうするか……。


「ちょっとこれからの事で相談があるのだけど、」

「なんかええ事でも思いついたんか?」

「あ、いや……現状一曲しかない訳だけど、十五分のステージだと少なくとも後二、三曲は必要になるとおもうんだよね」

「それはそうやな、早よ決めとかんと練習の時間も無くなってまうからなぁ」

「そこで提案なのだけど、とりあえず一つは有名な曲のカバー曲をやらない?」

「カバー曲?」

「そう、昔の名曲なんかをこのバンド風にアレンジして新しい曲にする!」


 過去にはカバーで知名度を上げたバンドも多い。オリジナルとの間という事もあり、初めて聞く人も受け入れやすくバンドの特性を伝える事が出来る。あのビートルズやハイスタンダードも色々な曲をカバーしており、今の時代では彼らの曲だと思っている人も多いだろう。


「なるほど木下の考えはなんとなく分かった。それならもう一曲はオリジナルを作るって事でいいのか?」

「流石雅人! そう言う事!」

「けどよ、俺や木下は問題ないとして、山本と小山は結構厳しいんじゃねぇか?」

「加奈はともかく、ひなは大丈夫じゃない?」

「うちはともかくなんかい!」


 今回もあっさり弾きこなしているし、技術的に問題ない様に思える。


「いや、クラシック畑の小山はアレンジなんてほとんどした事はないだろ?」

「出来なくはないと思うけど、今まで楽譜で練習がほとんどだったから時間はかかるかな」

「それもそうだね……」

「だから後一カ月でするのは難しいかも」


 確かに以前どこかで聞いた事があった。クラシック音楽は幼少期から始める事が多い。それもあって技術の精度や表現力は中学生以降から始めるロック系の音楽より飛び抜けている。だが、長い間楽譜の解釈を表現する練習がメインとなる為、オリジナルのハードルが高いのだ。


「とりあえず、今の曲は完璧なわけだしカバーやオリジナルはピアノパートだけ当日までに作るのはどう? 出来てしまえば大丈夫そうじゃない?」

「それでもいいけど……」

「もちろん、協力はするからね!」

「うん……頑張って妄想を働かせるね」


 こくな事を言っているのかも知れない。だが、菅野達に勝たなくてはいけない以上、ひなちゃんにも

それなりにリスクは負って貰う必要がある。


「そこまで言うなら、オリジナルはもちろん木下が作るんだよな?」

「うん、そのつもり」

「まぁ、それならお前ら三人は平等だな」


 ひなちゃんだけに負荷をかける訳にはいかない。もちろん加奈は付いてこれるだけでも大変なのだが、ベースボーカルをすると言うミッションがある。雅人もサポートで入っている以上掛け持ちでしてくれている訳で、そうなると俺は絶対に勝てる曲を作るしかない。


 それから少し話した結果、

『誰でも知っている曲をオリジナルに繋がるように作る』

と言う形で方向性がまとまった。つまりは、当初の予定と順番が逆だがオリジナルがある程度決まらない事にはカバーも決められないという事になる。


 一気に俺は忙しくなってしまった。


 その日、加奈だけじゃなく思い悩んでいるのかひなちゃんも珍しく急いで帰ってしまう。残された俺は、新曲の事を考えながら歩いて帰る事にした。


 正直なところ、曲だけで勝つ為にはそれ相応にインパクトのある形にしなくてはいけない。高校生バンドとインディーズやプロとの違いは、ステージでの没入感や整合性が大きい。クオリティにも勿論違いはあるが、技術だけで言えば上手い高校生と下手なプロと比べると高校生の方が上手い場合だってある。


 だが、もう一度見たくなるのは下手なプロの方だ。下手でもプロになれるというと語弊があるのだけど、わかりやすい技術以外の部分で惹きつける魅力を作り出せているからプロになれるのだ。


 それを考えると……その瞬間背後から声がした。


「木下、おーい!」

「雅人、どうしたの?」

「さっきから呼んでるのに全く気付かねぇんだから、走って来ちまったよ」


 彼は少し息が荒く、本当に走って来たのだろう。


「それで、何かあった?」

「いや、たまたま見かけたから一緒に帰ろうかと思ってな!」

「……」

「いや別に、やましい気持ちがある訳じゃねぇぞ。サポートとはいえ、同じバンドだしな……うん」

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