第17話 歌う
本来のまひるちゃんにギターは弾けないだろうし、俺が出て来たのが予想外というのは理解が出来る。だが、菅野の言い方だと、ひなちゃんなら対抗する可能性があったみたいじゃないか。
菅野と別れた後、俺はその事ばかりが引っかかっていた。
「ねぇ、まーちゃん。さっきからどうしたの?」「あ、いや。なんでもないよ」
「菅野さんの事、気にしてるの?」
「ま、まぁ……結構しっかりダンスしてたから」
「まーちゃんはあんまり人間の体には興味なかったから知らないのかぁ」
「……身体操作って事だよね?」
やっぱり、俺の知らない所で何かある。
「ひなは菅野さんがダンス上手いの知ってたの?」
「まあ、知ってたと言えばそうかな」
という事は、ひなちゃんもダンスをやっていたのか? いや、彼女が菅野みたいなダンスを激しく動ける様な体格には見えない。反面、菅野は言うなれば健康的な身体付きをしている。加奈みたいに限界まで絞った様なアスリートの身体では無いにしてもダンスをしている体型だ。
それに比べてひなちゃんは線が細い。音感がいい所からしてピアノ等をやってはいたのだろうが、それだけで菅野があんな事をいうだろうか?
「早く食べないとアイスとけちゃうよ? せっかく乗せて貰ったのに」
「うん、そうだね。あ……これ、美味しい」
「それいつも食べてるし!」
「アイスの感じがすごく合うのよ」
「毎回それ言ってるよ? 白くて濃厚なのが大好きなんだから!」
もしかしたら、まひるちゃんと味覚は近いのかも知れない。それとも、この身体の沁みる部分がこのクレープにあるという可能性も否定出来ない。
今日一日ひなちゃんと過ごしてみて思ったのは、お嬢様の皮を被っているだけなのではないかという事だ。上品な見た目と所作のせいで、彼女の中にある熱量とか変態性みたいなものが隠されている様に感じる。
「ひなもバンドに入ってみたら?」
「えっ? でもこないだは、何か違うって……」
「それはボーカルでしょ? 歌い方とか、曲とかを合わせていけばそれでもいいと思うけど」
「ギターとか弾けないし、うちの家だと買っては貰えないと思う」
「ギターじゃなくて、キーボードとかピアノとか。それなら練習は出来るんじゃない?」
「ええ……キーボードはともかく、ピアノって……ロックだよ?」
今の時代ではもう普通なのだと思っていたが、ピアノをロックバンドに入れるイメージはないのだろうか?
「ふふん……ロックにピアノは合わない? ベンフォールズファイブっていうピアノがメインのバンドがいて、ピアノロックと呼ばれるジャンルもあるくらいだよ?」
「ちょっと調べてみるね」
そう言うと彼女はすぐに、スマートフォンで調べ始めた。この辺りが俺の中学生時代とは違い、すぐに伝える事が出来る時代になったのだろう。
「すごく綺麗なピアノ……」
「でしょ? だから大丈夫じゃない?」
「でも……ギター居ないし、ファイブって言う名前なのに三人だよ?」
「その辺りは、特に気にしなくていいよ。ギターが居るピアノロックも普通にあるし」
「そうなんだ……ちょっとメガネを付けるか考えてみるね」
メガネ? 見た目から入るのか?
何かに悩んでいる様にも見えたが、ひとまずは一歩前進という所だろうか。ピアノが入っているバンドと言えば髭ダンやX JAPANとかにもピアノはあるのだけど、キーボード的だったり、曲によってというのはピアノとしてバンドに入る後押しにはならないと思ったからだ。
上物が増える事で音に厚みが出る。別にギターが二つである必要はないし、表現のアプローチがちがうならもっと幅が広がるのだと俺は考えていた。
次の日、たまたま合わせていた曲にピアノパートがある事でひなちゃんは俺たちにあっさりとピアノで入る事を告げた。
「俺はいいとおもうぜ。なんなら、鍵盤じゃなくボーカルで参加させるのかよと思っていた位だ」
「はよ言うたら良かったやん。菅野らの事を気にしてたんか?」
意外と雅人もひなちゃんがピアノを弾ける事を知っていた様だった。それに彼があっさりとOKした理由はすぐにわかる。合わせてみると、彼女のピアノは他の音をしっかりと聞けていて余裕がある。俺も上物が増えた事でピアノを生かせる様にアレンジを変えた。
「まぁ、バックバンドは完璧だな。山本は引き続き周りの音を意識して欲しいが、充分間に合うだろう」
「まかせとき! というかひなも普通にひけるんかいな。まひるといい化け物揃いやなぁ……」
たった数日で、経験者三人について来ている加奈の方が化け物じみているのだが、それはあえて言わないでおいた。
「だけどよ。やっぱり課題はボーカルだと思うぞ。とりあえずどっちか歌ってみろよ」
雅人の言う通り、俺たちはインストバンドをする訳じゃ無い。歌がない事には始まらないのは言うまでもなかった。
「しゃーないうちが歌うてみるわ」
加奈がマイクを立てると、雅人が調整する。なぜか俺の前にもさりげなくマイクが現れた。
「まぁ、フォローする感じで」
「うん……わかった」
あたかも練習してませんと言った素振りの加奈は、きっと裏で練習していたのだろう。少し低く力強い声は案外曲に合っている。
しかし、一度目のサビに差し掛かると彼女の声は限界を迎えた。
キーが合っていない。
低めの部分はいいものの、高い部分が丁度声を張りづらい高さなのかもしれない。
だが、サビに合わせるとしてもAメロがあれ以上低くなると加奈も難しいだろう……本来の俺のキーよりはいくつか高いが、この身体なら出せるかも知れない。
俺は二回目のサビになるとマイクの前に立った。加奈もそれに気がついたのか少しマイクから離れた。
だが、声を出した瞬間。俺はダイナミックに音を外してしまった……。
「いやいやいや、ちょっとまて。木下は音を外し過ぎだ、山本も歌うとベースが雑すぎる」
「すんません……」
「ごめん、ちょっと緊張しちゃった」
俺の感覚を遥かに超える超えの高さだ。この歌い方だと思った以上に高くなってしまう。何度か調整を入れたい所だが、歌いながら調整というのを今更やるのは危険だ。
俺は小さく呟き、キーを確かめる。
少し余裕はあるものの、この感じならサビでも張れる感じはする。大分抑えている分、表現はしやすいかもしれない。
少し声を張り歌ってみると、雅人が頷いているのが分かった。よし、これで行こう……。
加奈の歌が始まると、合わせて口ずさむ。音は取れているこのままいけば問題なく歌えるだろう。少し余裕が出た俺は、マイクに近づきコーラスを入れ合いそうなラインを探す。
そのままサビに入ると、予定通り外す事無く歌う事が出来た。
「これ、完璧じゃないか?」
「うちもええと思うわ」
「さっきあれだけ外したのに、修正してコーラスを入れるなんて木下が化け物すぎるだろ……」
まだまだこのバンドのクオリティはあげられる。
俺はそう確信していた。
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