第16話 デート

 デートとは言ったものの、俺はこの町の土地勘がある訳じゃない。ネットで調べたりはしているのだが、百聞は一見にしかず。実際に行ってみない事には彼女達のお気に入りの店や魅力は分からないのだ。


 とはいえ、電車で街まで……みたいな事は中学生の行動範囲ではほとんどない。それこそ事前に計画して休みの日に向かう物だと話の流れからわかっていた。


 今回、彼女とは最寄駅の近くにある商業施設や路面店があり、この街の人が遊びに行く時は大体この周りに行く。着いた先で俺は初めて見る懐かしい雰囲気という不思議な感覚に襲われた。


「なるほど……買い物もご飯、レジャー施設みたいな物も全部徒歩圏内とほけんないにあるのか」

「何ぶつぶつ言っているの? 別に初めてくるわけじゃないでしょ!」

「うん、ちょっと久しぶりだったから」

「そっか、夏休み以来だよね。濃厚で熱帯夜な夏だったよね」

「……普通に暑かっただけだよね??」


 ニッコリと笑う彼女に俺は、まるで制服デートをしている様な気分だ。思えば中学、高校とギター友達やバンド仲間とばかりつるんいた事もあり、こんなデートはした事無かったな。バンドをしていた事もあり、別に女子と話さなかった事はないが、モテるわけではない俺はしたくても出来なかったと言うのもある。


 そんな事もあり、何をすればいいか分からない。CDショップ、楽器屋、ラーメン屋。思いつく所は全部ひなちゃんと行く様な所じゃない。デート、デート……女の子同士で行きたい所といえば……。


「ねぇ、何か甘いものを食べに行かない?」

「もう行くの?」

「後でもいいけど……」

「じゃあ、後で行こ? 甘いひとときは後半のお楽しみだよっ!」


 今日のひなちゃんは絶好調みたいだ。大人しい感じの口調なのだけと、意外と彼女は引っ張って行くタイプなのかも知れない。雰囲気と意味とのギャップが不思議な子だと感じさせた。


 商業施設に入ると、聞いた事のない服屋に入る。普段よく来ているのか、家にある服と似た雰囲気の物がならんでいた。


 正直なところ、俺は好みじゃない。


 しかし、隅の方にあるカジュアルなショートデニムが目についた。足の長い加奈が履けばこれなら似合うだろう。


「このデニムが気になるの?」

「うん。でも、わたしが履いたら子供っぽいかなって思って……」

「うーん。私はいいと思うけど?」

「もっとスタイルが良ければ、カッコよく履けるんだけどね」


 適度な色の落ち具合がTシャツや、タンクトップだけで充分雰囲気のある格好になるだろう。


「さては加奈に影響されたな?」

「まぁ、スタイルいいし。あの性格も個性的だけどあれはあれでいいと思う」

「個性的だけど……ね」

「なに、なんか引っかかるのだけど」

「まーちゃんは傲慢傲慢だね。加奈の事を受け入れているつもりかも知れないけど、菅野さんの方が彼女を偏見なく見ていると思うよ」


 ひなちゃんは俺に何を言いたかったのだろう。仲が良く信頼関係があるからこそ、思った事を言ってくるのだろう。菅野は加奈と敵対している、彼女の性格をうとましく思っているからこそああなってしまったはずなのだ。


「そうなのかな……」

「それはそうと、別にまーちゃんはべつに加奈にならなくてもいいとおもうよ。影響されて新しい良さに気づいたのなら受け入れてもいいとは思うけど」


 なんとなく、時代は変わっているのだと思った。俺の小さい頃なんかは、バンドのヒーローがいた。わかりやすくCDの売れ行きを競っていたし、音楽以外にもわかりやすくがむしゃらに挑戦する様な成功者達がいた時代だった。けれども今は、そう言う考えを通り越してしまっているのだろう。


 でもね、ひなちゃん。

 俺はありのままじゃダメだったんだ……。

 やりたい事を頑張っていればいつか成功するなんて事はただの幻想なんだよ。


「これ、買おうかな」

「いいと思ったならきっと似合うよ」


 彼女がしたい事を探るために来たはずが、余計にわからなくなって行く気がした。この店自体が中学生にも優しい価格帯だった事もあり、俺は使いやすそうな黒いパーカーと、何故かひなちゃんも気に入った事もあり、少し西海岸の匂いがするニコニコマークの白いTシャツをお揃いで買う事にした。


「ミュージシャンっぽいかも!」

「折角バンドやるんだし、加奈のも買っとく?」

「うんうん、雅人の分はどうしよう? 流石にあのサイズはないよね?」

「女の子の店だし熊さんサイズはないよ。それにあったとしてシルエット的に男の子が着るのはちょっとね……」


 確かに袖が少し短い。裾も軽く広がっているし、どう見てもレディースだ。


「でもこれ、ニルヴァーナやblink182のパロディだからメンズのお店でも似た様なのはあるとおもうよ」

「よくわからないけど、そうなんだ? それなら雅人にはバンドTを買っといてもらお?」


 なんとなく揃ってさえいれば、一体感にも繋がる

。文化祭用のTシャツを着るのもいいけど、別で揃えたらそれだけで他の出演者と差別化出来る事になる。


 デートのつもりではあったけど、少しづつ文化祭の準備も進めていく必要もある。あとは、スイーツでも食べながらひなちゃんのやりたい事を探るだけだ。


 ショッピングモールから少し出ると、人通りが少ない道に入る。迷いなくその道を選んだ事から、地元の人だから知る近道なのだろうと思った。


 その通り道は、昔はお店が並んでいたのだろうと思わせる様な跡があった。あのショッピングモールが出来た事で、きっと取り込まれたか潰れてしまったかの名残りなんだと思う。


「ねぇ、まーちゃん。あれって」

「ダンスの練習しているんだよ」

「それは分かっているのだけど……」


 大きなガラスの前で、四人ほど集まってスピーカーを繋ぎ練習しているのが見える。ストリートダンサーのよくある風景だ。


「やっぱり……あれ、菅野さん達」

「本当に?」


 制服じゃないから分からなかった。学校のイメージとは違い、ストリートダンサーにしか見えない。だけど確かに、あれは菅野だ。


 それにしても、なかなか上手いんじゃないか?


 通り道である事から、彼女達の後ろを通るしかない。こちらが制服という事もあり、向こうも直ぐに気がついた様子だ。


「同じ学校の制服だと思ったら木下さんと小山さんじゃない?」

「あー、菅野さん。ここで練習してたんだ?」

「そう。全員ではないのだけど、予定が空いてるメンバーで練習しているの」


 俺自身は直接彼女と対立している訳じゃない。けれども加奈に協力すると知っている彼女はあまりいい気分ではないだろう。


「木下さんも、山本さんに巻き込まれてしまって大変ね」

「まぁ、そうだけど。やるからには本気でやってみようと思ってるよ」

「それを聞いて安心したわ。もっとも、木下さんの方が出てきたというのは意外だったのだけど……」


 そう言って彼女はひなちゃんの方を見つめていた。

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