第15話 目標
目標は決めたものの、十代でましてや中学生でやりたい事がある奴なんて限られている。俺自身中学生の時にギターは始めてはいたものの、ギターで食べて行きたいと思ったのは高校生からだったし、なんなら仕事にしようと考えたのは、二十歳の頃にイベントが成功した時だった。
そう考えると、この歳で既になにかしらのモチベーションが作れる加奈や、雅人みたいに自分のやりたい事を考えていそうな奴は尊敬なのか憧れなのかそのどちらとも言えるような敬意がある。
あいつらは一体どんな事を考えているのだろう。
そう思った俺は、機会がある事だしと彼女らに聞いてみる事にした。
「は? 何でそんなに夢中になれるんかって、変なこと聞くやっちゃなぁ」
「だって加奈が本当にしたい事は甲子園に行く事なわけでしょ? ベースって関係ないよね?」
「まぁ、そう言われたらそうなんやけど。単純に負けたくないって言うんはあるかもしれんなぁ」
確かに彼女は【負けず嫌い】である事には間違いない。現に今回も菅野との対決がきっかけになっての事だ。
「やっぱり菅野に勝ちたいから?」
「それは間違いないんやけど、うちは勝った後にもちゃんと喜びたいねんな」
「喜びたい?」
「中途半端にやったら喜ばれへんやろ。そのためには見てる人喜ばして、ちゃんと自分もやれる事やり切って、正々堂々報酬をもらう!」
「最後報酬になるのっ!?」
「当たり前や、別にお金だけやないで。賞賛されるのも満足するのも報酬や」
関西人ならではというか、なんとなく加奈の考えている事がわかって来た様な気がした。
「変な話やけど、別にうちって金持ちなわけやないやろ?」
「それは……なんか答えづらいね」
「その辺は気にせんでええ。やけどうちのおとんは朝から鶏肉仕入れて、仕込みして、焼き鳥を焼いとるわけやん?」
「まぁ……焼き鳥屋だからね」
「手ぇ抜いたら【美味しい】っていわれても、高いお勘定しても自分自身は喜ばれへん」
「ああ、なるほどね……」
「ってゆうんは、おとんの口癖なだけやけどな。まぁ、それ聞いて育ってるからちゃうか?」
加奈の父親は見た事がある。職人気質でお世辞にも器用なタイプではないと思う。だけどその言葉でも背中でも語る姿は少なからず彼女に影響を与えているのだろうと思った。
「加奈、ありがとう」
「ええよ。なんか悩み事があるんやったら、うちで良ければいつでも聞いたるで!」
彼女の言葉は俺の胸に深く刺さった。けれども、ひなちゃんにこれを話した所で、彼女がやりたい事に繋がる気はしない。そもそもの土台自体が加奈とは違う様に思えた。
それから俺は、雅人にも聞いてみる為に彼のいる教室にも向かった。連絡先を交換していれば良かったのだが、今更そんな事を、言っても始まらない。古典的ではあるが教室の前でクラスメイトに呼んできてもらう様に言ってみることにした。
「木下……俺に用って」
何故か雅人は恥ずかしそうにしている。不思議に思っていると周りの反応で理由はすぐに分かった。
「いや、バンドの話だよ。野次馬も多いしちょっと場所変えよっか」
「そ、そうだよな。文化祭のメンバーだしな」
そう、配慮が足りなかった。側から見れば俺は中学生の女の子で、自分で言うのも恥ずかしいがそこそこ可愛い。そんな奴が他のクラスから呼び出していたなら年頃の奴には大好物でしかないだろう。
「それで話って?」
「うん。雅人は他にもバンド組む予定ではいるんだよね?」
「まぁな。結構出来る奴等だと思ってはいるが、ギター自体は木下の方が上手いと思う」
当たり前だ。たとえ高校生と組んでいたとしても俺の方が上手い、というか上手くなくてはいけない。
「雅人はやっぱりプロを目指しているの?」
「ま、まぁ。だけど、なんでそんな事聞くんだよ」
「サポートでしかしないって、言い切っていたから目標とかが結構はっきりしているのかなって」
「そう言う事? ドラムで食って行ければとは思っているけどそこまで具体的な事はなにもないぜ?」
「ないの??」
「いや、そんなはっきりとはある訳ないだろ。とりあえずちゃんと活動しようとしているバンドに入って、気になったドラムを練習しているだけだよ」
「そうなんだ……」
そう言うと雅人はきょとんとした顔をする。
「そうなんだって、お前は違うのかよ」
「わたしもそうだったよ」
「何で過去形なんだよ。聞きたかったのはそれだけか?」
「まぁ、そうだね」
「木下は悩む必要ないだろ。充分天才だ、俺が言っても仕方ないかも知れないけど才能あるよ」
「雅人にいわれてもね」
「は? 調子に乗んなよ」
「嘘だよ。雅人も才能あると思う、だからこうして聞きにきてるんだしね」
若干納得がいってない様子だが、彼は緊張感が解けた様に表情を緩めた。
「急に呼び出すから、てっきり正式なメンバーとしての引き抜きの話かと思ったよ」
「サポートでって言って契約してるのに、終わるまで引き抜きの話なんかするわけないでしょ?」
「何その業界人みたいな発想。逆にこえーよ」
「とにかくそう言う事!」
「まぁ、木下が本気で勧誘してくるならマジで悩んだかも知れないから助かるけどな」
「ふふん、文化祭後のために検討しとく」
「だから、それはなんか怖えよ!」
彼は彼なりに考えている。俺が誘ったら悩むと言ったのは実力と外で活動していくやる気を天秤にかけたのであって、あながち嘘ではないだろうと思った。
彼は貴重なちゃんと叩けるドラムだ。文化祭以降でも活動するなら、本気で引き抜きを考える必要も出てくるかも知れない。
だが、今の所ひなちゃんの助言には繋がってはいない。根本的に彼女の事をもっと知る必要があるし、しっかりと話さなくては引き出す事も出来ないと言うのは明白になった。
つまりは……、
「ねえ、ひな。今日はデートしない?」
「ええっ!? 急にどうしたの?」
「ちょっと買い物に行きたいなって思って」
「そう言う事!? 別にそんなナンパみたいな誘い方しなくても普通に行くよ?」
「じゃあ決まり、行く場所はひなに任せる!」
「買いたい物があるんじゃ無かったの?! まぁ、そこまで言うなら大人のお店に連れてってあげる」
「それってどんな……?」
彼女を知るために、一度二人で過ごしてみようと思った。もしかしたら、彼女の好きな事ややりたい事を見つける為のヒントが見つかるかも知れないと考えていた。
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