第14話 出来る事

 それから雅人の言葉に俺は自問自答した。

 簡単にはしたものの、本来ならインディーズバンドでも違和感が無い位のクオリティで弾いている。絶賛される事こそあれ、批判される様な事はしていないはずだ。


「雅人は一応オッケーなんだよね?」

「ああ。後はボーカルを聞きたい所だが、このレベルなら文句はない」

「だったら、ひな歌ってみる?」

「えっ、私?」

「小山はそのためにいたんじゃないのか?」

「いやいやいや。ボーカルは加奈だよ!」

「まあまあ、今だけだから!」

「ちょっとだけよ……?」


 ルックスとしては百点満点なのだが、何というかひなはボーカルという華が有る感じではない。だが、せっかく一緒に居るのだから彼女も何かしらで参加させたいという気持ちがあった。とりあえずはバンドとしての交流を深めておこうと思い参加させた。


 だが……


「口出しする事じゃないかもしれねぇけど、メインボーカルは木下がいいと思うぜ?」

「それなんかひなが下手だったみたいやんか!」

「下手じゃねぇけど合わねぇよ、教育テレビじゃねぇんだから」

「「確かに……」」


 ひなちゃんの歌は音程や抑揚もはっきりしていて上手い。だが、雅人が言った様に声質がうたのおねえさんの様で品がありすぎたのだ。


「もう、歌わない!」

「ほら拗ねちゃったし」

「でも、次くらいまでにボーカルもなにかしらで合わせられないと結構厳しいと思うぞ」


 雅人の意見はごもっともである。

 ひなちゃんが無理なら加奈を弾きながら歌える様にするか、俺が歌うしか無い。


「ちょっと歌も練習しておかないとね」

「まぁ、他の曲も決まり次第早めに教えてくれよ」

「うん。今日はありがとう」

「一応文化祭まではバンドのメンバーだからな」


 こうして雅人がサポートとして加入する事となった。ちゃんと叩けるドラムを入れる事が出来たのは、対決する身としてはかなり大きい。締切まで時間のない加奈は早速申し込み表を出しに先に出ると、片付けをしていた雅人が話しかけてきた。


「聞いたぜ、木下と小山は巻き込まれたんだろ?」

「それって、菅野さんとの事?」

「そう。それで山本からドラムの話が来た時にあんな条件を出したんだよ」


 彼が言うには、加奈がボロボロならそれを口実に俺たちを巻き込まれない様にしようとしたとの事らしい。


「でもさ、今日の演奏を聴いて考えが変わったんだよな……」

「加奈、結構弾けてたでしょ?」

「アイツはなんだかんだで巻き込む力みたいなのがあるんだろうなぁ。それ以上に木下があそこまで弾けるとは思って無かったよ」

「それは私も思った。まーちゃんいつの間にギターなんて練習してたの?」

「結構高いギターも買ったからね」

「ともかく、俺はお前らが自ら協力してるなら出来る限りはサポートはするよ」


 そう言った雅人は、見た目は怖いが、いい奴なのだろうと思った。そして、一緒に文化祭を戦う仲間として実力共に信頼出来るのだと確信した。


 順調に事は進んでいる。結果はどうあれ、このままいけば菅野との対決はする事はできるだろう。だが、いくつか気になる事が出来ていた。


 一つは俺のギターだ。雅人は何気なく言ったのかも知れないが、「手を抜いている」と言われたのは事実だ。あの時俺はフレーズを変える事はしなかった。いや、しなかったんじゃない。


 出来なかったんだ。


 簡単にしたとはいえ、中学生では飛び抜けたレベルで弾いている。それに、あのセッションでは最善のアレンジだと思う。仮に完コピや、速弾きのアレンジに変えたとしても彼の評価が変わる気がしなかった。


 そうする事で、本当に手を抜いていたと思われさらには全力の俺を否定されるのが怖かった。


 もう一つは、ひなちゃんの事だ。あれから彼女は少し元気がない様に見える……気にしていない様には振る舞っているものの歌わせたのは失敗だったと思った。


 折角バンドをする事になり、初心者の加奈が入った状態だった訳だ。冷静に考えたら彼女も何かやりたくなるのが普通なのだろう。


 俺はそれを見ようとはしなかったんだ。


 そんな後悔が残ったまま、その日の学校は終わる。少し気まずい気持ちのまま、それでも彼女はただただ一緒に、笑顔でいる事を選んだ。


 クソッ……いい大人が、何我慢させてんだよ。


 やるせない気持ちと、彼女の気遣いに応えたい気持ちが混濁して上手く話しかけられないでいた。


「ねぇ……」


 結局口火を切ってくれたのは彼女の方だった。


「私の事は気にしなくていいからね」

「な、何の話?」

「音楽室での事があってから、ずっと気にしてくれている様に見えたから」

「それは……」

「私がバンドに向いてない事くらい分かってるよ」


 優しい笑みを浮かべながらそう言った。だけど、俺はその事が気に食わなかった。


「向いてないって何?」

「だって、まーちゃんが言ったんだよ?」

「それはそうかも知れないけど、ひなはやりたいの? やりたくないの?」

「それは一緒できるならいいとは思うけど。どうしてまーちゃんが怒ってるの?」


 向いているとか、向いてないとか俺は翻弄される度にその言葉が嫌いだった。なのに無意識のうちに言ってしまっていた自分に腹が立つ。だけど、それだけじゃない、あっさりやりたい事を手放そうとしている彼女にも苛立っていた。


「本当にやりたいなら、ボーカルでも他の楽器でも裏方でも何でもいい。ひながやりたいならわたしは全力で協力するよ」

「私がやりたい事……」

「多分ひなは歌うのは違うと思ったのかも知れない。けれども、本当にやりたいなら音感のあるひななら方法次第でいくらでもできるし、それが強みになる事だってあるよ」

「そっか……」

「だけど、あの時無神経に【合わない】って言ってごめん……言い訳だけど、なんとなくひなは嫌がっていると思ったから」

「うん、嫌がったは間違いないかも。だけど一緒にやりたいのは本当。ちょっと自分なりに何か出来ないか考えてみるね」

「分かった。じゃあ、待ってるね」



 この時俺は、この新しい環境で何をしなければならないかが、わかった気がした。音楽の知識と経験を使い彼女達がやりたい事をできる様にする。二人だけじゃない【本来のまひるちゃん】自身がたとえどんな形になろうとやりたい事が出来る環境にしておこうと決意した。

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