第13話 初合わせ

「私が音は耳コピするから押さえる所を紙に書いてあげてよ」


 それまで黙っていたひなが口を開いた。思わぬ助け舟に俺は雄叫びをあげる気分だ。


「いいけど、ひなってベースも耳コピできるの?」

「お耳の感度がいいのですよ!」

「どうゆうこっちゃ?」


 加奈はまだハテナマークが頭の上に浮かんでいる。無理もない、今からしようとしている事は初心者からしたら二段も三段も飛ばした様な内容だ。


 俺はひなが読み上げる音階をなぞる様に紙に書いていく。コードも教えていない状態では弾く弦とフレットの番号を書いた簡易なTAB譜の様な物になる。それと同時に俺は実践してみせた。


「いやいや、まひるはそんなすぐに弾けるんかいな……」

「ちゃんと弾けている訳じゃないよ、パッと聴いた感じだと同じに聞こえるだけ。加奈にわかりやすく例えるなら100kmのストレートを投げるピッチャーにも違いがあるって感じかなぁ?」

「ああ、それめっちゃ分かりやすいわ。同じに見えても分かるやつならフォームやったりキレとかノビが違うって言う話やろ?」

「そう。わたしはストライクゾーンに投げらるセカンドだと思ってくれればいいよ」

「ちゅうことはその先はうちが切り開かなあかん訳やな!」

「そう。もちろん変化球みたいな技とかもある!」

「それ最高やんけ!」


 思っていた以上に野球での例えは加奈に刺さった様だ。だが、テンションが上がってすぐに彼女は落ち込んだ。


「そう考えると、まだうちはストライクすら投げられてへんねやろなぁ……」

「数日で出来る訳ないでしょ」

「せやけど、道は遠いわ」

「だけど、それに気づけたのは大きいでしょ?」


 これで彼女がどれだけ弾ける様になるかは分からない。けれども確実に何かしらの形にして来るだろうと期待してしまう自分がいた。



★★★



 次の日の昼休みぶっつけ本番で雅人との音合わせに挑む。俺たちは楽器を持つと時間通りに音楽室に向かった。うちの中学校に軽音学部は無いものの文化祭の期間は申請さえすれば練習用に貸し出してくれるとの事だった。


「曲は弾ける様になった?」

「なんとか形には出来た思うねんけど、雅人がどう思うかは全く分からへんわ」


 その言葉で俺は安心する。自分に厳しい彼女が形にする事は出来たと言った以上、俺の中の及第点はクリアしたのだと確信した。


 しばらくして、音楽室に大男が入ってきた。中学生ながら180cmはある筋肉質の体格に俺は叫びそうになる。


「木下と小山って事は、お前が山本加奈子?」

「そうやけど、どうかしたんか?」

「なるほどね。もっと元気っ子みたいなのを想像してたけど以外と見た目はクールな感じなんだな」


 どうやら俺達の事は知っているらしい。ひなちゃんが見た目に驚いていない事から、多少の面識はあるのだろうと思った。


「一応言っておくけど、俺は別でもバンドが決まっている。だから、形にならない様なら降りさせてもらうからな」

「それは分かってる。別に忖度はせんでええよ」

「わかった。そしたら準備してくれ」


 なんとも言えない緊張感の中、俺はセッティングを始めた。ドラムセットは置いてあるものの雅人は自分のスネアとペダルを使う様だ。


「木下、ギターやってたんだな」

「まぁ……」

「心配しないでも、俺は一回別のバンドで叩いた曲だからちゃんと覚えてるよ」


 彼が別のバンドでしていたとしても、こっちは初心者で初合わせだ。今まで何度も音合わせした事はあるがこれほど緊張感があるのは初めてかもしれない。


 雅人がセッティングを終えると適当に叩き始めた。コイツ上手……くはない、普通だ。いや、中学生だと考えるとアマチュアでの普通、つまりこの歳で安定して音圧が出るレベルというのはかなり上手い方なのかも知れない。


 ふと加奈を見ると、繋げる事は出来ているみたいだが困っている様にも見える。ボリュームが上がったままスイッチを入れそうになっているのを見て、俺はすかさず止めに入った。


「加奈、ちょっと待って」

「まひる、よくわからへんから助かるわ」


 雅人に悟られない様にボリュームを下げ、スイッチを入れる。音のバランスも感覚的に加奈のジャズベが合いそうなセッティングにしてみた。


「あとは、弾かない時は弦にふれてミュートするかここを二つとも回して下げといて」

「分かった」


 ブォーンという音と共に、加奈が反応する。アンプでの音圧に驚いているのだろう。本体のボリュームをフルに上げると俺の方をチラチラと見る。それに頷くと彼女はニッコリと笑った。


「まぁ、入り方とかもあるしとりあえず一回あわせるか?」

「そうだね。カウントで頭から入ってもらえるとたすかるかも?」

「オッケー、四つ入れるからそれで始めようか」


 ギターでフェードインしても良かったのだが、なるべく現時点で加奈が練習しているのに近い形で始められるようにした。


 正直今回は雅人がサポートしてくれるだけの実力を見せられればいい。久しぶりに丸々コピーした事もあり、完コピはもちろん様々なアレンジを用意した。その中で今回は目立つ所だけリフを入れる簡単なアレンジで弾く。弾ける中学生が演出出来ればそれだけで充分だと思った。


 イントロに入り、バッキングでそれっぽく弾く。ギターの本数や勢いの関係上、ライブなんかではプロでもそうするアーティストは多い。


 加奈はベースに齧り付いてはいるが、相当練習したのだろう、弾き方に迷いがない様に思える。雅人は練習していたというだけの事はあり周りを見ながらしっかりと叩いている。


 いざとなればギターでコントロールするつもりだったが、意外にも安定したリズム隊に俺は少し楽しくなっていた。


 だが、この曲は細かいミュートが多い。案の定自分の手元に夢中の加奈は若干ズレるのがわかる。俺と雅人はアイコンタクトでタイミングを合わせ彼女をフォローした。


 明るい窓の外の風景と相まって、音楽室に響く音がつい口ずさんでしまうほどに心地よかった。たった四分の曲はあっという間に終わりを迎える。正直、中学生どころか高校生でも弾けている方だろう……俺は自信満々で雅人を見た。


「どうだった?」


 加奈は完全燃焼した様子で下を向いている。肝心の雅人は何かを考えている様子で言葉を告げた。


「いや、いいんだけどさ。なんて言うか……お前、手抜いてただろ?」

「はい?」

「フレーズはしっかり弾いてたけど、ギター全くみてねぇし、何ならちょっと踊ったり歌ったりしてめちゃくちゃ余裕だっただろ?」

「手を抜いているのと余裕があるのはは違うと思うけど!」

「だよなぁ……わりぃ。なんかそう感じただけだ」


 直感なのだろうか。合わせるために簡単にしていた事が手を抜いたと言われたらそうだ。だが俺はここでの最善は尽くした気でいた事もあり雅人の言葉が気になっていた。

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