第12話 始めるなら
頭の中がいっぱいになったまま、日常生活を過ごす。まだ不安はあるものの大分慣れて来ていた。まるで夢を見ている様な世界だが、すべてがリアルで触った感触や痛みだってある。
どこにかは分からないが入れ替わっている事には間違いないのだろう。もしかしたら俺は死ぬまで彼女の中で過ごすのかもしれないとすら思い始めていた。
今まではどこかで一時的な物だと考え、寝れば覚める。本人とコンタクトがとれさえすれば戻るきっかけを掴む事が出来ると楽観的に思っていたのだ。だが、この世界に過去俺が居る以上、少なくとも三年はこのままで過ごさなくてはいけない可能性が高い。
そう考えると、俺がしなければならない事は変わってくる。一つは一生戻れなかった場合、もう一つは三年後元の身体に戻るか、俺の身体に彼女が現れた場合だ。どちらの場合でも対処出来る様に今後は動く必要がある。
しかし俺は、具体的にはどうすればいいのか分からないでいた。
そんな時、ふとスマートフォンにひなちゃんから連絡が入る。日曜日という事もあり、彼女も遊びたいと思ったのだろう。
『まーちゃん今から空いてる?』
ギターを触りたい以外は特に予定はない。家にも特には誰もいない様子で遊びに出ても問題はないだろう。気分転換に出てみるのもいいかもしれない、そう考え、俺はその誘いに乗る事にした。
『空いてるけど、どうかした?』
『オッケー! 家にいるよね?』
『いるよ』
『一応聞くけど、変なことしてない?』
『し、してないよ!』
そうは言ったもののギター姿に見惚れていた事が引っかかる。しかし次の瞬間、インターホンが鳴り慌てて出ると、ひなちゃんと加奈が家の前に立っていた。
いやいや、今の電話はアポとは認めないよ?
「よかった、外に出てなくて。いなかったらどうしようかと思ったよ」
「こんちわ! ほぇぇ……まひる、ええ家に住んでんなぁ」
すっかり忘れていたが、本来の中学生とはそういうものだ。スマホを持つ時代でも急に来るものなのかと驚いていると別にそうでは無いらしい。
「昨日も連絡したのに、返事くれないんだもん」
「えっ、昨日?」
慌ててスマホを見ると、さっき来ていたメッセージの前に文化祭の事で今日家に来るのだという内容が来ていた。
「ごめん、ちょっとギターしてて気づかなかったんだよ」
「今日居たからいいけど、居なかったら押し倒してたよ?」
「ごめんね……それで今日は文化祭は知っでるけど何の話?」
すると加奈は持って来ていたベースのケースから一枚の紙を取り出した。
「これが出演の応募用紙なんやけど、色々書くとこあったからひなに相談してたんや」
「なるほど……出演時間は十五分。曲で言えば三、四曲出来ればいい方だね」
「それはそうなんやけど、とりあえず出すだけ出しとこかなって思ったんや」
紙をよく見てみると書けそうな所は一通り書いてある様にみえる。しかし、出演者の欄に見覚えの無い名前が書いてある事に気付く。
「加奈って加奈子だったんだというのは一旦おいといて、この急に出てきた
「私達と同じ小学校出身の太くて大きい人だよ」
「えっと……体がだよね?」
「まぁ、そいつがうちらのドラムや」
「はい? もう見つけたの?」
「正確には予定やな。雅人はドラムの経験者らしくてなぁ、声かけたら実力次第でサポートならやってもいいって言われたんや」
加奈って学校の友達ほとんどいなかったはずなんじゃ……。色々と疑問はあるものの、彼女は約束通りドラムを見つけている。
「実力次第って結構強気だけど大丈夫なの?」
「問題はそこやねん。明日の昼休みに第二音楽室で合わせる事になったんや」
「いやいや明日って、曲はどうするつもりさ?」
「察し悪いなぁ、だからこうして曲を決めにきとるんやんか!」
嘘だろ……初心者なのに一晩で曲をやる気かよ。俺はともかく、普通に考えて不可能だ。
「今から決めて明日ってのは無理すぎない?」
「まひるは無理なんか?」
「加奈が無理なんだよっ! 一昨日ベース始めたばっかりでしょ?」
「という事はまひるは出来るんやなぁ。それなら問題あらへんやろ」
とにかく、一度見てみない事には始まらない。二人を部屋に案内するとお茶とコップだけ冷蔵庫から持って来ておいた。
「おお、これがまひるのギターかぁ。なんかオシャレやなぁ」
「私も初めてみたよ……色がかわいい」
昨日買ったのだから当たり前なのだけど、それに合わせて加奈もベースを出した。相変わらずヴィンテージの貫禄があるベースだ。
「とりあえずまひるに言われてた練習はしてるんやけど、合わせるなら曲を弾かなあかんやろ?」
「わかった。ちょっとどの位出来ているかやってみてよ?」
ちょっとくらいクロマチックが出来ていても一晩で曲は出来ない。気持ちが焦るのは分かるが、頼まれたドラムにも失礼だ。現実を見せて諦めさせるしか無い。
しかし彼女は課題に出していた
いやいや、嘘だろ……。無理をしてハイテンポで練習したのか気になる部分はあるものの、一カ月ほどやっていたくらいのクオリティではある。何より他のリズムも練習していた事に驚いた。
「どうや? 結構ええかんじなんちゃう?」
「予想以上だよ」
「まぁ、めっちゃ集中せな無理やねんけどなぁ」
「そのあたりは慣れてくるだろうから、文化祭までは一日一時間でも続けてね」
「分かった。何事も基礎練はしっかりせんといかんからなぁ」
これなら形にはなるかも知れない。彼女のすごい部分は根性とか負けん気の部分だと思っていた。今思えばそれだけで日本のトップクラスのピッチャーになどなれるはずがない。それ以上に集中力と素直な探究心がそこまでのし上げたのだろう。
「早速だけど、どの曲をやろうか?」
「その言葉まってましたぁ! やっぱり球投げへんととなにしてええかわからへんからなぁ!」
とはいえ悠長に選んでいる余裕もない。この時流行っている曲の中からサクッと選んでしまいたいものだ。俺はいくつか候補を出してもらった中から比較的ベースで弾けそうなものをチョイスした。
「青と夏か……まぁまひるがこれなら出来る可能性があるいうんやったら間違いないやろ」
この曲を選んだ理由は2つ。ベースを簡単にしやすい所とギターでカバーが出来るという所だ。その他に選んでいた曲がこの年に流行っていた曲に多い変拍子や、入りが難しい曲ばかりだったというのもある。
「それで、うちは何を見て弾いたらええんや?」
「それは……」
そこまで言って、俺は言葉を詰まらせた。まさか耳コピで押さえるところをを書くからとは言えない。しかし、楽譜をダウンロードしても彼女に読み方を教えなければならない。
正直、タイムリミット的にもここまでかと考えてしまった。
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