第10話 新しい相棒

「どうしたの急に……」

「友達とバンドする事になって」

「そう……まひるがねぇ。友也の影響かしら」


 普通に考えれば兄の影響だと思うだろう。彼女は少し考えると、整理が付いたのかポンッと手を叩いて言った。


「五万円……までならカンパするわ。お兄ちゃんもそうだったのだから後は自分でなんとかしなさい」

「え、いいんですか?」

「そのかわりちゃんと考えて使うのよ。珍しく真剣に頼んでくるから何事かと思ったじゃない」


 まひるのお小遣いは月三千円だ。俺の時代から考えれば結構多い方に感じるが、今時の子としてはそうでも無いらしい。昔と違い、物価も上がっている事でそういったバランスも取れているのだろう。


 まひるちゃん自身はそれなりに貯めているタイプらしく、意外と使える金があった。しかし、これからやれスタジオだとか、ステージで何かすると考えるとなるべく抑えられた方がいいだろうと思う。そこで俺は、なるべく安く中古で掘り出し物を探す事を考えた。


 ギターを選ぶ時に見る所は沢山ある。アーティストとしてある程度の認知にんちがあるのであれば、自由であり不自由であると俺は思う。好きな音を選べる反面クオリティとファンの期待を背負う事になる。なので個人的には、頑張ってお金を貯め自分の音を探している時が一番楽しいのでは無いかと思う。


 ただ、今の様に全く知名度が無い場合にはほとんどをそのギターで行う事になり、最初の一本のイメージがかなり付き纏って来る事になる。


 元々弾きやすいミディアムスケール系のギターを愛用していた身としては、弾きやすさをまずは重視したい。だが、バンドを組むのが加奈であるならあのヴィンテージベースに合わせなくてはならないだろう。


 そうなると……機械的なスッキリとした音よりはヴィンテージ感のある生々しい音か。ペトルーシや、ポールギルバートが好きな俺としては正反対の音になる気はするが別に味がある音も嫌いでは無い。


 とりあえずそのあたりを考慮して買いに行ってみるしか無いか。



★★★



 次の日俺は、お金をもらうとあらかじめ調べておいた楽器屋に行く事にした。いくつか候補を決め良さそうな所に目星はつけておいた。しかし……家にあった服はどう考えても中学生丸出しの垢抜けない服しかない。なんならタンクトップにハーフパンツで大人っぽい雰囲気が出ていた加奈が少し羨ましかった。


 散々悩んだ挙句、シンプルなプリントTシャツにタイトなデニム。それと小さなコンバースという、大学生バンドの様な服装で向かうことにした。


「いらっしゃいませー」


 一軒目は大手の楽器屋。

 掘り出し物がある可能性は低いものの、相場に合わせた適正価格でラインナップも多い。もちろん中学生でも気軽に入れる所がいい所だ。


 散々入り慣れているはずなのに、妙な緊張感がある。普段であれば、気になったギターを何本か選び適当に試奏する。特にギターを買う訳でも無く消耗品の弦やピックを選んで帰るだけだ。なんなら購入する気が有る今の方が緊張感は出ないはずだ。


 だが、年齢や雰囲気という鎧に、俺は守られていたのかも知れないとすら思った。


「ギター、どれか弾いてみますか?」

「あ、はい」

「どんなのがいいですか? 希望の色とかあれば言って下さいね」


 優しそうなお兄さん。普段なら接客される事はないであろう彼は不安にならない様に考えているのだろう。


「これを……」


 一つ目はギブソンのレスポールジュニア。廉価版とはいえ、耳馴染みのあるレスポールサウンドで万能のギターではあるだろう。それに、中古とはいえ状態もかなりいい。だが、十二万というのは比較的安いのだが、予算を超えて来る。


「色も黄色で可愛いですけど、天下のギブソンを選ぶなんてなかなかいいセンスですね!」

「どうも……」

「予算的にはこれくらいですか?」

「少し高いですね」


 いいのか悪いのか、初心者感がでている。接待されるがままアンプの前に座るとセッティングをしてくれた。


 マーシャル900、スイッチを使えばリバーブと歪みで切り替えができ扱いやすい。そのことからスタジオやライブハウスでもよく使われており、アンプで試奏するにはピッタリだ。


 どれどれ……あまりくせがなく悪く無い。レスポール特有の芯のある音はミュートの音もしっかりと乗ってくる。


「あの……」

「はい、どうかしましたか?」

「失礼かも知れないですけど、貫禄のある弾き方されるなと思いまして」


 あーっ!

 まだ速弾きはしていないものの、つい忘れて普通に試奏してしまった。


「あはは……」

「もしかしてYouTubeとかされてる方ですか?」

「いえいえいえいえ!」


 今の時代だとそうなるのか。確かに動画なんかでは若い子でもかなり弾ける子は出てきている。まだ指の動きに違和感はあるものの、異質な感じが出るくらいには弾けているのだろう。


「普段どんな音楽を聞かれているんですか?」

「ドリームシアター……」

「えっ!? 渋いっすね……」


 俺はかなり動揺していた。今の子が聴く様な音楽も多少は聴いてきたはずなのだが、頭が真っ白になり全く出ては来なかった。


「ほ、他のギターもみたいです!」

「はいっ! 是非!」


 心を落ち着かせながら、中古ギターのエリアを見て回る。さっきので興味を持ったのかお兄さんも付いて来ていた。


 ふと俺は、水色に茶色のピックガードのムスタングギターが目についた。


「ムスタングか……」


 コンパクトなボディーが似合わなかった為、手を出して来なかったギターだ。だが、このポップな色合いとサイズ感がなんとなくこの子には似合う様な気がして手に取ってみる。重さもレスポールより軽い。


「この色、可愛いですよね」

「……はい」


 価格も本家フェンダーなのに八万。状態が悪くなければかなりお得な部類だ。


「弾いてみますか?」


 無言で俺は頷くと、彼は爽やかな笑顔でアンプの前に持って行ってくれる。しかし、その直ぐあとからもう一人の店員が彼の元に向かい何か話しているのが見えた。


「倉庫整理サボってなにやってんだよ」

「僕はただ接客をしているだけです」

「接客? ちょっと可愛い中学生が来てるから試奏させて仲良くなりてぇだけだろ」

「そんなんじゃ無いです」

「中坊がそんなギターの良さわかる訳ねぇだろ」


 先輩社員だろうか。それにしてもイジメられているのか酷い言われようだ。こんな店員がいるから、楽器屋が怖くて入れない奴も出て来るんだ。


「中学生にはちょっと目立つフレーズ弾いてやればどれか買うんだから」

「彼女はそんな……」

「まぁ見てろ、営業を見せてやる」


 その言い草にムッとした俺は、タイミングを見計らうと、遠回りしながら試奏の場所に向かうと先輩社員が営業スマイルで待っているのが見えた。

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