第9話 バンド

「これって本当に使っていいの?」

「おとんの許可はとってあるで」

「というか、これギターじゃ無くてベースなんだけど……」

「は? なんやベースて?」


 普通父親がこのレベルのベース持っていたら分かるだろうと思ったものの、年代的に父親自体も貰った物なのかも知れないと考えるとなんとも言えない。すると意外なところから解説が入る。


「エレクトーンで言うと、足で弾くパートだよ」

「そこはピアノの左手でよくない?」

「それでもいいけど、やっぱり踏みたくならない?」

「なんの話?」


 そうツッコむと、何故かひなちゃんは不服そうな顔をする。


「これじゃあかんのか?」

「ベースでの弾き語りがいない訳じゃないけど、勝負するには狙い過ぎかなぁ……」

「左様ですか……」


 あからさまに落ち込んだ様子の加奈。ましてや今回だけの為に、わざわざギターを買うというのもかなりハードルが高いだろう。


「あのさ……バンドにすればいいんじゃない?」

「バンドて、メンバーおらんがな」

「ドラムはともかく、ギターなら教えようとしている人がそこにいるよ?」


 そういうと二人の視線がこちらをむいたのに気づく。


「えっ、俺?」

「ほら、一人称がアーティストになるくらいノリノリだよ?」

「なんで急にロックスター気取りやねん」

「イケメンの方が雰囲気出るでしょ?」


 あまりの急な出来事に、ついの反応が出てしまった。二人はどうやらネタだと思っている様だ。しかし、こんな簡単に引き受けてもいいのだろうか。受けるという事は自動的に菅野と対決する事になってしまう。それに、初心者がベースボーカルでドラムがいないというのは不利過ぎるのでは無いだろうか……。


「うーん……加奈に協力するのはいいのだけど、ちゃんと形になるかなぁ」

「そのあたりはうちが気合いで何とかする!」


 気合いか……。彼女の事を信用していない訳ではないが、それでも初心者ならせいぜいバンドの形になればいい方だろう。


「それなら二つ、条件を出していいかな?」

「まぁ、巻き込んでまう訳やしええよ」

「一つは今から教える事を週明けまでに出来る様になっておく事。もう一つは……」

「もう一つは?」

「ドラムを見つける事かな?」

「まーちゃんそれは……」

「ひなは黙っとき。ええよ、ドラムの一人位うちがなんとかしたる」

「分かった、それがわたしからの条件。あとは、文化祭の締め切りを確認しないとね」


 そう言うと、ひなちゃんが慌ててスマートフォンを見る。


「週明けの月曜日……が、期限なんですけど」

「「ええっ!」」


 これは無理だ。何をするかまで決めるとなるとこの土日で出来る事は限られてくる。ましてやドラムを見つけるなんてまず不可能だろう。


「しゃーない。月曜日までにまひるを納得させて、ドラムを見つけたる!」


 やる前から諦めるタイプでは無いのは流石にもうわかっている。だからと言う訳ではないのだが、俺は知っている最善の練習方法を本気で伝える責任が有ると感じていた。


「とりあえずベースの弾き方を教えるね」

「ええで、なんでもきい!」

「ベースは基本的に大きく二パターンある。ピックで弾くか指で弾くか……個人的にはピックの方がギターと同じで簡単だとは思うけど」

「ほぇ〜。そんな違いがあんねんなぁ、みてみいひんと分からんから一回やってみてくれへんか?」


 俺は加奈からベースを借りるとチューニングをする。手が小さくなった今では経験が無いほどに弾きづらい幅だ。


「なんかまひるが持つとデッカいなぁ」

「まぁ、ベースは手が大きい方が有利な楽器ではあるよね」

「ほんならうち向きっちゅう訳やな!」


 そう言って手を突き出す。思っていた以上に加奈の手は大きく、女の子にしてはゴツい。特に右手は野球で鍛えていたからなのだろう豆を何度も潰して洗練された様に皮も厚い手だ。


「凄い手だね」

「まぁ、女子っぽくはないんやけどなぁ」


 とりあえず、ケースの中に入っていたピックと昔遊びで覚えた指弾きで簡単にリズムを刻んだ。


「ベースは基本一弦づつ弾けば良くて、いかにリズムを正確に刻むかがポイントなんだよね」

「なるほど。せやったらうちは指弾きの方が良さそうやな。その弾き方ボール投げる時に似てるやろ」

「……そう言われるとそうかも?」


 俺は基礎練習の順番に弾くクロマチックスケールを教え、できる限りミュートの重要性を説いた。よくわからないうちに意識させておけば、今後もし続けるとなった時に役に立つ事間違いはない。


 今回の勝負だけならあんまり意味がないかも知れないが、ベースの奥深さを知ってもらいたいと言う俺のエゴなのだと思う。


「細かい意識が大事っちゅうわけやな。ちゃんとええ音出すのが狙いやったら一球入魂みたいで分かりやすくてええわ」

「それなら良かった。あとはリズムなのだけど……」

「メトロノームなら私のを貸してあげられるよ?」

「なんやそれ?」

「リズムに合わせるための機械って言えばいいのかなぁ?」


 所々音楽に詳しいところから、何かをしていたのだろうとは思っていた。しかし、それを友達の俺が知らないはずが無いと聞くのをやめる。


「それなら貸してあげて欲しいかも」

「それで上手くなるんやったらなんでもええ、貸してくれへんか?」

「そしたら明日持ってくるよ! やっぱりリズムは大事だからね!」


 それから夕方になるまで、フォームの確認やメトロノームでの練習方法を伝える。テンポ180で前を向いてブレず、滑らかに弾ける事を課題として加奈に伝えた。


「なかなか地味な課題やけど、こういうのはうちに向いてるはずや。月曜までに何とかしてみせるわ!」


 ひなちゃんの門限が近づいていた事もあり、俺たちは帰る事にした。帰り道に彼女は小さな声で言った。


「まーちゃん結構ギター練習してたでしょ?」

「ま、まぁ。弾けたらいいなって位だけど」

「楽器始めた時はみんなそうだよね。人前で弾く事になるから秘密にしたい……ごめんね」

「別にいいよ。結果的には加奈がステージに出る為の希望にはなったんだし」

「まーちゃんも練習しないとね!」

「ひながドラムやればいいのに」

「ドラムかぁ、キーボードとかならまだ出来そうだけど、私には似合わないよ。でも、叩くのは好きだから考えとくっ!」


 そう言って「またね!」と言った彼女は多分ピアノをやっていたのだろう。女の子なら三人に一人位はやっていてもおかしくはない。ただ、俺は俺でこれからやらなくてはいけない事がある。


 家に帰ってから母親が帰ってきたのを見計らい、俺は全力で頭を下げて言った。


「ギターを買わせて下さい!」

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