第8話 自宅訪問

「それは別に構わないけど……」

「うんうん。出来る事なら私もエッチな事以外なら協力するね!」

「なんかようわからんけど……そうと決まればうちも帰る支度するわ!」


 案だしという協力なら、彼女の信念的にも頼みやすかったのかも知れない。あのままだとユニフォームを着てステージに立つ可能性すらあっただろう。まぁ、それはそれで斬新ざんしんなパフォーマンスになるのかも知れないが、失敗して笑い者になる所だけは見たくは無い。


 彼女はすぐに鞄を持って来ると、「待たせたな」と何処ぞのボスの様に言い放つ。笑いそうになり目を逸らすと、少しチャックの開いた鞄からグローブの先がはみ出しているのが見えた。


「もしかしていつもグローブを持ってきてるの?」

「まぁ、習慣みたいなもんやなぁ」

「でもそんなに野球が好きなら、続ければ良かったのに……」


 俺がそういうと、触れてはいけない事に触れたのか加奈は表情を曇らせ黙ってしまった。


「ご、ごめん」

「すまんな、ちょっとどう返事したらええかわからんかっただけや」


 そうは見えないが、もし彼女が怪我やイップスなんかで出来なくなっていたのだとしたら、俺はとんでもない地雷を踏んでしまった事になる。


「まーちゃん。デリカシー、デリカシーね!」

「小山も別に気ぃ使わんでええよ。単純に自分がやりたい場所がなくなってもうただけやから」


 加奈は歩きながらあっさりと話してくれた。リトルリーグが終わった事、中学野球での男女の壁を知り挫折した事。薄々は感じていたが俺はこの時初めて彼女が今年転校して来た事を知る。


「まぁ、女子野球も考えてんけどうちは甲子園行きたかったからなぁ……」

「加奈、まさか甲子園行く気だったの?」

「リトルリーグで国際試合とかまで行けたら、うちなら何とかなるおもてまうやん? 現実はそんな甘くなくてなぁ、今までだれもおらんのには理由があるんや」

「いや、そもそも男子の甲子園ってルール上出れないでしょ」

「せやってんなぁ……」


 時々ニュースとかで問題になっているのが出て来るはずなのに調べてなかったのかよ。まぁ、彼女らしいと言えば彼女らしいのだが。


 話は全然違うのだろうが、挫折した経験がある俺としては共感する部分もあった。彼女に比べたらクリアしなければならない壁は低く感じてしまうのだけど、それでも俺にはどうする事も出来なかった。


「そもそも、ステージって何があるんや」

「そこから!? まぁ、ダンス、楽器、歌、手品、演劇とか……」

「歌やったら声はでるし、楽器やったらおとんのギターがあるで?」

「じゃあ、弾き語りとかは? 加奈は華があるから結構いい感じになるかも?」

「弾き語りかぁ、ギターってそんなすぐ弾けるようになるんかな……まぁそこは気合いでやるしかないやろなぁ」


 こういう時に、シンプルにやってみようと思える奴はすごいと思う。そして彼女はきっと何とかして形にするだろうと思わせてくれる。


「もしギターやるならわたしが教えるけど?」

「ほんまに?」

「あれ? まーちゃん弾けるの?」

「あー、お兄がしてるからちょっとね」

「たしかに、友也ともやさんが弾いてた気がする! まーちゃんも友也さんのを弾いていたんだ……」

「ギターを……ね!」


 兄がしているのを一度見ておいてよかった。コードが弾ける位までであればこの情報で怪しまれたりはしないだろう。


「せやったら善は急げや。今からうちにきてくれへんか?」

「まーちゃん、まだ時間あるし行ってみようよ」


 何故かひなちゃんのテンションが上がっている。加奈の言う通り、期間が限られているなら練習は早く出来る方がいいと思い俺も向かう事にした。


 中学生という事もあってか、彼女の家はそう遠くは無かった。帰り道ある程度ひなちゃんに付いていきそれから地図アプリで帰るというプランを頭の中で考える。バンドマンをしていた事もあり、知らない町にもそれほど抵抗感なく冷静にプランはたてていく。


「ここや、ちょっと待っててな!」


 そう言って着いた場所は、昔からある様な町の焼き鳥屋だった。転校して来たと聞いていた事もありてっきりマンションかと思っていたのだがそうではないらしい。


 まだ開店前の入り口から加奈がひょこっと顔をだした。


「ええで、入って入って!」

「お、おじゃましまーす」

「こんにちは!」


 中に入ると大柄のイカついおっさんが何やら仕込みの様なものを始めている。


「こんにちは」


 少し枯れた声で関西弁独特のイントネーションで声をかけてくる。怪しげな笑みを浮かべているのは一応気を使っているのだろうか。もし、俺が加奈の彼氏だったとしたら今すぐにでも逃げたくなった事だろう。


「おとん、顔怖いねん!」

「なんや加奈。儂はニッコニコやがな」

「それで笑ってんやったらお客さんこおへんで!」


 勢いがすごい。しかし、友達を連れて来たのが嬉しかったのか変な気を使ってくれる。


「飲みもんとか持っていこか?」

「ええわ、うちが出す。おとんは仕込みしとき!」

「そうかぁ……」


 しょんぼりしたおっさん加奈パパにお辞儀しながら店の奥に入るとお店と家が一体化している造りというのがわかる。階段を上がりリビングを抜けた先に曇りガラスの障子に仕切られた先が加奈の部屋の様だ。


 パッと見女子の部屋とは思えない野球仕様の部屋。申し訳程度にピンクのものやキャラ物の小物があるギャップに震える。


「飲みもん持って来るわ、何がいい?」

「種類があるの?」

「店のんあるから大体いけるで?」

「じゃあ、お茶」

「小山はウーロン茶でええか、まひるは?」

「コーラとかもいけるの?」

「全然ええで、ちょっと待っててな」


 ドタドタと階段を降りて行くのが聞こえると、見計らった様にひなちゃんが口を開いた。


「雰囲気のある家だね。お店屋さんの裏とか私初めてかも!」

「あんまりみる事は無いよね」

「トロフィーとかも沢山だし、やっぱり山本さん凄いよね!」


 再び階段の音がすると、三人分のドリンクとストローを持ち足で扉を開ける。


「お待たせ! それにしてもあっついなぁ」


 ドリンクを机に置くと加奈はエアコンを付け、服を脱ぎ始めた。


「ちょっと、なんで脱ぐの?」

「なんや、家で脱いだらあかんのか?」

「世の中一人暮らしのOLの三割は家では全裸なんだよ?」

「そうなんや?」

「いや、そんな事ないでしょ!」


 ああ、そうか。

 一応女子同士だから何も問題はないというわけだ。タンクトップにショートパンツ姿になった加奈は、手足が長いのが際立ち大人っぽい妙な色気がでていた。


「山本さんって美人だよね……」

「そんな事ないやろ。あと、加奈でええよ」

「そしたら私もひなって呼んで。まーちゃんもそう思わない?」

「う、うん。黙ってたらモデルになれると思う」

「褒めても飲みもん位しかでえへんで……って、黙ってたらってなんやねん! それにモデルやったら別に喋らへんやろ!」


 流石は関西。ツッコミがキレキレだ。だが、彼女のスタイルならモデルでステージというのもアリな気がしてきた。


「せやせや、これが言うてたギターなんやけどな……」


 そう言いながら持ってきた物が想像以上の代物だった事もあり、俺は腰を抜かしそうになった。


 細かくは分からないがフェンダーの60年代後半までのロゴで旧ペグ、年季が入っている事からレプリカではないだろう。だとしたら中古で安くても100万円位はしそうな代物……だがそれは、どう見てもジャズベースだった。

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