第7話 秘策
彼女の覚悟を決めた目を俺は直感的に信用した。強豪のリトルリーグで女子でピッチャーをするのは努力だけで無く、戦略も立てながら苛烈なポジション争いに勝ち残ってきたと言う事だ。俺はその彼女のやり方を純粋に見てみたいと思っていた。
教室に戻ると、加奈は落ち着いた表情で菅野の前にゆっくりと歩いて向かう。やはりただのクラスのリーダーとは経験値が違うのだろう……。
「菅野、うちと勝負せい!」
「は? いきなりなんなの?」
「ちょっと加奈、話しが違う……」
「なんもちゃう事あらへんやろ。うちはうちのやり方でやる言うたやん?」
「それはそうだけど」
「難しい事はようわからん、せやけど菅野がうちの事を気に入らんのは分かった。うちも菅野が気に入らん、ほんなら勝負するしかないやろ?」
いやいやコイツ脳筋すぎるだろ!
今時男でもここまで脳筋の奴はそういねーよ!
「……確かに私は山本の事が気に入らないわ。ここまで直接来られると馬鹿らしくなってくるわね」
「せやろ?」
「だけど、その体力バカは何で勝負するつもり?」
「それはもちろん野球や。いや、今回はソフトが原因やから、ソフトボールで勝負するんはどうや?」
「あなた元野球で有名だったんでしょ? そんな勝負成り立つ訳無いじゃ無い?」
運動神経は良さそうだが、菅野は別にソフトボール部では無い。まぁ、野球かソフトボールなら間違いなく加奈が勝つだろう。
「それもそうやなぁ……同じ土俵というのは大事かも知れん」
「加奈、その対案すら考えて無かったの?」
「考えてるわけないやん」
なんで強気なんだよ。
ダメだこいつは……知略や戦略でのし上がった訳じゃ無く、気合いと勢いでのし上がった天才タイプだ。
「それなら、ダンスはどう? 私たち文化祭に出るのだけど、ステージで投票があるの」
「それを言うなら、うちはダンスした事なんかないで?」
「……別にダンスじゃなくてもいいの。アナタの得意なものでステージに出れば得意な物同士で公平じゃない? まぁ、アナタに一緒に出てくれる人は居るかは分からないけどね?」
「なるほどなぁ……ええよ。そうしよか」
即決するのかよ!?
こいつ菅野の土俵になっているのが分かっているのか? そもそも野球の他にステージで出来る様な特技でもあるのか?
「なら決まりね。それで、負けたらどうするの?」
「負けたら死んだも同じや、土下座でも逆立ちでも何でもやったる。そのかわり、勝ったらやった事認めてうちに謝ってくれればええわ」
「いいわ。そこまで覚悟してるなら冤罪でも私が全部の責任取って謝ってあげる」
「なら決まりやな!」
「凄い罰ゲームを考えておくから、言い訳して逃げないでね?」
「アンタもな?」
おいおいマジかよ。
結果的には菅野の方が有利な条件にはなったものの加奈のペースに持っていきやがった。これがこの子のやり方というのならある意味正解なのかも知れないと思ってしまった。
一段落ついて俺は席に付く。まとまりはしたもののこれから問題もある。
「ねぇ、まーちゃん?」
「加奈の事?」
「うん。どこかに連れて行って何話してたんだろうって気になっちゃって」
「あー、相手が悪くても手を出すのは良くないって話しただけだよ。結果ああなるとは思わなかったけど……」
「ええっ!? あれはまーちゃんのアドバイスじゃなかったんだ?」
「あんな事になるアドバイスなんて逆にどうすればいいか分からないよ」
意外にもひなちゃんは興味がある様子で、色々と聞いて来た。大人しい感じの子かと思っていたが、もしかしたら楽しんでいるのかとさえ思う。
「それで、山本さんに協力するの?」
「なんで?」
「なんだかんだでステージに出しちゃった訳だし」
「わたしのせいなの?」
「結果的には……そうじゃない?」
「ま、まぁ。加奈が相談してくるなら協力しない事も無いけど」
「やっぱり連れ出した責任を取るなんてまーちゃんは優しいね!」
「そういう訳でも無いんだけど」
ただ俺は結果的にこうなってしまったという流れ的に、加奈が頼んできたなら協力するつもりなだけだ。しかし彼女に策などあるのだろうか。いや、性格的にないだろうな。ダンスを一緒にと言われても全く出来る気がしない。
そんな中、俺は一つ悩んでいる事があった。もしバンドがしたいと言われてこの身体でギターを弾くかどうかだ。元に戻れない可能性があるから全く弾かないつもりはないが、この小さな手では以前の様には弾けないだろう。
筋力や手の大きさというアドバンテージがある状態ですら届かなかったものに、中途半端な期待を持ちたくは無かった。そんな状態で元に戻ってしまったら【まひるちゃん】にとっても迷惑でしか無いだろうと今の状態では結論付いていた。
対決が決まったからなのか、菅野達は落ち着いている様子だった。余裕があるのだろうが、それは命取りになるぞとひっそりと思う。その反面、意外にもというか、わかりやすく加奈は悩んでいる様子で変なジェスチャーを繰り返し授業が終わるとそそくさと帰ってしまった。
「声、かけなくてよかったの?」
「本人が何とかしようとしているのなら、わたしらが口を出す事じゃないよ」
「うーん……口かぁ」
ひなちゃんは消化しきれない様子で、納得はしていない返事をする。気持ちは分からなくはないが、特にいい案がある訳でもないのに協力を口にするのはなんとなく違うと思っていた。
歯痒い気持ちのまま、俺たちも家に帰ろうとしていると、体育館の裏から鈍い音が聞こえて来た。
「ねぇ、まーちゃん。あれって」
「加奈だね」
「
壁に向かい野球のボールを投げていた。ソフトボールの時に見た物とは違い、綺麗なフォームから全身を使い確実に力が球に伝わっているのが分かる。いやいや、一体何キロでているんだ。見た感じ中学生の全国大会でもそうはいないレベルに感じる。
「加奈、すごいね……」
あまりの迫力に、俺はつい声をかけてしまった。
「ああ、まひると小山か。今から帰るんか?」
「うん。そうだけど……」
一瞬、なんとも言えない間が空くと、グローブを脇に挟み彼女の方から口を開いた。
「勝負挑んだはええけど、野球でステージ出るって何したらええかわからへんわ」
「野球で出るの?」
「うちにはコレしかあらへんからなぁ……」
俺は彼女がそう言った後に、何か言おうとしたのを一瞬止めた様にも見えた。
「でも、運動神経いいからやってみたら他の事でも出来るんじゃ無い?」
「ほんまか? まぁ、体力と根性ならある自信はあるんやけど……せや、まひる達も一緒に考えてくれへんか?」
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