第6話 解決策

 俺は別に世界が性善説せいぜんせつでできているなんて思ってはいない。三十五年生きて来た中で、悪意に晒された事もあるし、テレビなんかでそう言った事があるというのはもちろん知っていた。だがそれもどこかで、俯瞰ふかんした目で見ていたという事を思い知った。


『加奈は見てないの?』

『このグループ山本さん入ってないの……』


 ひなちゃんのメッセージを見た瞬間に、ソフトボールの件はきっかけに過ぎず、前から菅野から良くは思われていなかったのだと知った。


『見えない所でなんて最低だよ』

『どうしよう、大丈夫かな?』

『ひなはやっぱり止めたい?』

『止めたいけど……そしたら私達がはずかしめらないかな?』


 なんかひなちゃんの表現は気になる。しかし、加奈の方に付くというのは、俺だけなら別に火の粉が降りかかったとして何とでも出来る。彼女自身もメンタルは強い方だし、直接手を下されたとしても抵抗し戦う姿勢を見せるだろう。だけど、俺が加奈の味方になりターゲットが広がるとひなちゃんがまず巻き込まれてしまうだろうと思った。


 クソッ。どうすりゃいいんだよ。

 この世界での自分に連絡を取る予定だったのに、もやもやとしてそれどころでは無い。


 俺は大人だ。まともとは言えなかったかもしれないが、喧嘩なんて何度も見てきた筈だ。こんな時、きっと風次の奴なら上手くやるんだろうな……ふと、出演者が揉めた時の彼とのやりとりを思い出した。


「太郎さん、どう考えたって揉め事をふっかける奴が悪い。そう考えてないすか?」

「そりゃだって、理不尽だろ……」

「まぁ、そうっすよね。出る杭は打たれるのは打つ方が悪いのは常識すけど、実力だけでねじ伏せている奴なんて成功して無いんすよ」

「そんな事はないだろ、オアシスみたいに好き放題やるスターだっているだろ?」

「いや。世の中のロックスターのほとんどは、本人がやってなくても上手い事周りが納得出来る様に根回ねまわししてんすよ。オアシスだってあの素直さに惚れ込んでる奴がしっかり押さえてんすよ」


 根回し……か。

 そう言えばそんな事を言っていたな。相手が加奈だと考えたら、素直すぎる面はあるものの、オアシスを根回しするよりは遥かに簡単なはずだ。だけど納得といわれると、あの菅野を説得するにはどうすればいいのだろうか……。


 あいつが正解という訳ではないがここは一旦、風次の真似をしてみるしか無いのだろうな……。


『一回菅野さんと話してみるよ』

『ええっ! 大丈夫なの?』

『別に、直接やめてと伝えるわけじゃないから大丈夫だとは思うけど』

『無理はしないでね。ちゃんと貞操は守るんだよ?』

『うん? 別に喧嘩をするわけじゃ無いから大丈夫だと思うよ』


 そうだ。ただ、話を聞いてみるだけ。そこからなるべく誤解が生まれない様に、仲直りへと紡いでいく……。たとえ相容れない物だったとしてもこんなバカな事が止めさせる事が出来ればいいんだ。


 どうして俺がこんな事を考え無ければいけないのか。勝手に喧嘩してなる様になればいいのに。そう考えてはしまうものの、落ち着いて今後の事を考える為にはまずは俺自身の普通の日常が必要なのだと言い聞かせた。


 ギター弾きたいな……。

 隣の部屋から小さく聞こえる兄のギターの音がブレる度に、もどかしさが募っていった。



 次の日、気は進まないもののいろいろ考え、勇気を出して菅野に話しかけた。現状は敵対している訳では無いただのクラスメイトだ、話しかけても全く不思議では無い。


「菅野さん」

「あら、木下さんどうかしたの?」


 彼女は敵意を出すでもなく、声をかけられたのが珍しいと思ったのか不思議そうな顔をした。だが、ここで加奈の名前を出すのは逆撫でする様な物だ。当たり障りの無い話でも振って彼女から引き出さないといけない。


「その筆箱かわいいですね」

「そう? 結構前から使っているのだけど……」

「そうなんだ。ど、どこで買ったのかなって」

「駅前の雑貨屋さんよ? たまたま見つけて一目惚れしたのだけど」

「今度行ってみようかな」

「まだ有るかはわからないけど、全く同じのはやめて欲しいかな?」

「うん……」


 菅野は意外と普通だった。もっと加奈に苛立っていたり、剥き出しにして色々言って来るのかと思っていたが、こうも普通に返されると話をふるのが難しすぎる。


 これが出来るなら俺はもっと上手く生きていく事が出来ていたのだろうが、大人の今でも中学生の問題すら解決する事が出来ないのかと失望した。


 諦めて席に戻ろうとすると、禍々しい形相でこちらに向かってくる奴がいた。彼女はペタペタと音を立てて俺を通り過ぎると菅野の机を叩いた。


「うちの靴隠したんはおまえやろ?」

「変な言いがかりはやめてくれる?」

「お前しかおらんねん。昨日も言うたけど、文句が有るなら直接言って来いいうとんねん!」

「私がやった証拠でも有るわけ? あなたの事をよく思って無い人は他にも居ると思うのだけど?」


 そう言われ、菅野に掴み掛かろうとした加奈を咄嗟とっさに俺は止めに入った。


「ちょっと加奈。何するつもり?」

「……まひる。止めんでくれ、これはうちとコイツの問題なんや」

「ちょっと落ち着け!」


 つい俺は女子中学生になりきるのを忘れ、言葉を発してしまった。慌てて冷静に言葉を選ぶ。


「ここで掴みかかっても仕方ないよ……」

「せやけど」

「一旦何も言わずにちょっと来て……」


 そう言って俺は加奈の腕を掴み、菅野と一度目を合わせてから教室の外に連れ出した。


「ちょ、まひる。どこつれてくねん」

「……トイレ」

「でもうちはアイツに話あんねん」

「そんな事は分かってる」

「分かってるって、それならなんで止めんねん」


 人が居なくなったのを見計らい足を止める。加奈がスリッパを履いている事に気づいた。


「もしかして靴が無かったの?」

「せや。朝来たら無くて、それで先生に言うてスリッパ貸して貰っててん」

「なるほど、じゃあ菅野さんがやった証拠は?」

「それは……アイツしかおらんやん……」


 彼女は小さくそう言うと、少しうつむいた。顔が少し紅潮しているのが泣きそうなのを堪えている様に見えた。


 早速行動に出た……というわけか。だが、疑惑はあるものの足が付いている訳じゃない。


「……わたしもそう思うよ」

「それならなんで止めてん?」

「あのまま掴みかかっていたら、加奈が悪者にしかならないからに決まっているでしょ」

「き、決まってたんか……」

「いや、そこじゃ無い。彼女が隠していたとして、掴んで脅した所で言うと思う?」

「まぁ、そりゃ証拠であらへんと言わへんやろなぁ……」

「もしそれで、犯人が取り巻きの子だったら?」

「そんなん、アイツが指示したに決まってるやん」

「それでも取り巻きの子が自分だと自白したらその事実すら無くなって、ただ加奈は勘違いで菅野さんに掴みかかっただけの人になるよ?」

「それは……そうかもしれんけど」


 実際に菅野はそこまでは考えていなかったかも知れない。それでも泣き寝入りするも、たてついて来たとしてもいい様に、加奈をおとしめようとしていたのは間違いないだろう。


「はぁ……ほんまに、アイツはロクでも無いやっちゃなぁ」

「だから、打開策を一緒に考え……」

「もうええわ。これはうちの喧嘩や、これ以上まひるを巻き込む訳にはいかん」

「ちょっと待って、そんな事言ってどうするつもり?」

「うちなりにやるからまあ見とき。逆境なんかリトルやってた時にいくらでもあったわ。任せとき!」

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