第5話 新しい友達

 整った背が高く細身だが締まった身体。短めの髪からも体育会系なのだろうというのが分かる。名前はわからなかったものの体操服に山本やまもとと書いているのを見つけた。


「山本さん……」

加奈かなでええで?」

「加奈ちゃん?」

「まあええわ。それでまひるは経験者なんやろ? さっきから球を握り直して気にしとるところを見るとソフトちゃうやろ、軟式なんしきか?」

「お兄ちゃんが居たからちょっとだけね」


 兄が何のスポーツをやっているかまでは分からないが、キャッチボール位はするだろうと言い訳が出来る程度に伝える。


「まぁ、大概女子はおとんかにいちゃんがしてへんとせんわなぁ」


 そう言うと彼女は力の抜けたしなやかなフォームで球を投げる。経験者と分かっているからなのかかなり速く胸元に飛んできた。


「なんや思ってたより余裕あるやん。アンタ結構やってたやろ?」

「そんな事はないけど」


 ブランクが有るとはいえ小学生から五年間、弱小中学でそれなりに厳しい練習はして来た。けれども彼女は当時一番上手かったエースよりも安定して綺麗なフォームに感じる。


「加奈の方こそ、結構やり込んでいたんじゃないの?」

「まぁ、去年まではそれなりの強豪リトルチームでエースやったからなぁ」


 どおりで上手い筈だ。リトルリーグはプロを目指す様な奴らが行く様な硬式リーグ。その強豪でエースと言えば野球をやっていたら学校で一番上手い男子ですら勝てるレベルじゃないだろう。


 それを聞いた俺は安心して直球の球を投げると筋力的に現役の時ほどではなかったものの、女の子にしてはそれなりにいい球が投げられたと思う。


「おっ、ええ球。その速いフォームからみてポジションは……セカンドかショートやろ?」


 まさにその両方だ。ちなみに中学校な弱小では人数が少ない事もあり、ピッチャーを変えるタイミングでポジションが変わる事がよく有る。


「うちらがいれば、球技大会もええとこまで行けんちゃうか?」


 まともに投げる事が出来ない子もいる中、俺自身眠れる才能が開花した様な気分だった。この人生ではソフトボールを本気でやってみるのもいいかもしれない……。そう思ったのも束の間、加奈はともかくとして、俺は直ぐにその心をポッキリと折られてしまった。


「やっぱり本職はちゃうなぁ。うちも流石にウインドミルはでけへんからなぁ……」


 多少経験があるとはいえ、女子の身体で経験のない奴にマウントを取っているだけに過ぎないのだとソフトボール部の子が参加した瞬間に理解した。


「まぁ、うちがセンターでまひるがショート。ポジションちゃうかってもピッチャーとキャッチャーはソフト部がするんが良さそうやなぁ」


 意外にも加奈はあっさりチームが勝つ事を優先した案を出し、それに引っ張られる様にポジションが決まる事となった。


 野球の経験者として、俺はそれで良かった。体育の延長線上とはいえ球技大会という優勝が目的の大会。肩が強く守備も出来るセンターに守備や中継が分かっているショート。経験者がピッチャーとキャッチャーならちゃんと取れるファーストさえ居ればクラス対抗程度であれば申し分ないだろう。


 しかし、体育学終わると更衣室で着替える女の子達の言葉に俺は耳を疑った。


「木下さんも巻き込まれて大変だよねー」


 そう言って来たのはクラスのリーダー格の菅野夏美すがのなつみだった。


「何が?」

「何がって、折角小山さんとキャッチボールしてたのに山本に割り込まれちゃってさー?」


 そういう事か。確かに割り込まれたひなちゃんはいい気分ではなかったかも知れない。そのあたりの配慮が俺は欠けていたのだと気付いた。


「わたしは別に……」

「またまたぁ。私もファーストにさせられちゃうし、木下さんも不満あるでしょ?」


 俺がもし、本当に中学生の女子だったとしたらその言葉に流されてしまっていただろう。だが、出来るだけ現状に馴染もうと客観的に考えていた俺には菅野の言いたい事が何となく分かった。


 運動神経がそれなりにいい彼女は、本当の所はピッチャーで目立ちたかったのだろう。しかし、それに気が付いた所で俺にはどうする事も出来ない。結局流されるがまま頷こうとしていると、気合いの入った関西弁が響いた。


「なんや、文句があったんなら直接言うてきたらええやん? 別にうちは勝つ為の最善や思う事提案しただけやで?」


 加奈は俺が思っていた事をストレートに言った。だが、どう考えてもこの状況では悪手だと思う。


「あー、うっざ。山本が同じグループだった時点で変えれば良かった」

「嫌やったら今からでも変えてええねんで?」


 全く折れる気配がない言葉に菅野は何も返そうとはせず、イライラした様子で仲良しの友達を連れて更衣室を出て行ってしまった。


「なんやねんアイツ……」


 加奈はそう呟くと体操服を着替え始める。男の喧嘩であればあの場で掴み合いになっていたかも知れない。たが、そうなっていたならこの休み時間でいざこざの殆どが終わっていた様に思う。俺は少し、女子の喧嘩の面倒くささを垣間見た様な気がしていた。


「まひるもひなも、ごめんな?」

「私は別に……」

「山本さんはよかれと思っていただけだから」


 そういうと彼女は制服のスカーフを弄りながら言った。


「うち、ああゆうのとあわへんのよなぁ……」


 だろうね!

 どちらかと言うと彼女はこちら側の性格だ。男子にまざり勝ち抜いて来ただけに、男勝りな性格なのだろう。


「私は嫌いじゃないけどね」

「ほんまに?」

「まぁ、不器用だとは思うけど……」

「なんやねんそれ。せやけど、まひるのはっきり言ってくれる感じ、うちは嫌いやないで」

「……私も……」

「ひなも、なんかありがとうな!」


 加奈は素直なだけで、いい奴なんだと思った。ただそれと同時に菅野がこのまま終わる様な奴では無さそうな気もしていて、少し心配だった。


 そしてその晩、俺の嫌な予感は的中した。


『まーちゃん、どうしよう……』


 ひなちゃんからのメッセージに、俺がどうしたのかと尋ねると、菅野が明らかに加奈をターゲットとした内容をクラスのグループチャットに呟いていた。


「なんだよこれ……」


 俺が中学生の頃には無かった陰湿な嫌がらせだ。具体的に【誰】とは書いてはいないものの、それが彼女の事を指しているというのは明らかだった。

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