第4話 親友

「う、うん」

「どうしたの?」


 その子の顔を見て、俺は驚いてしまった。写真で見るより可愛いのはあるのだが、俺が高校生の時に好きだった女の子にすごく似ている気がする。いや、思い出補正に勝てるくらいだからこの子の方がレベルは高いのだろう。


「えっと……ひなちゃん。あ、いや。ひな」

「急にどうしたの?」

「なんでもない。久しぶりだったから」

「ふふっ、久しぶりって。一日空いただけだよ?」

「そうなんだけど」


 思っていた以上に話しづらい。話し方を気をつけるのはともかく、元の感覚が抜けず、この見た目の子に自然に話してもいいのだろうかと言う罪悪感が湧く。


「病み上がりってふわふわするよね。早く座ったら?」

「そうだね……」


 しかし、彼女が手で叩いて場所を教えてくれたおかげで俺はあっさりと自分の席を見つける事が出来た。


 久しぶりの中学校の雰囲気。多少は時代が変わりパソコンなど当時は無かったものが目につくものの根本的な物は大して変わってはいない様に感じる


 多分この時代、この学校に通っていたのならおれはひなちゃんの事が好きになっていたのだろう。そしてまた俺はギターを始めていたのだと思う。だけど一度挑戦した俺には音楽の才能がない事は分かっていた。


「まだ、体調良くなってないの?」

「えっ?」

「さっきからボーっとしたままだよ?」

「一日中寝てたからかな?」

「あんまり無理はしないでね? いつでも勝負できるように万全にしておかないとね!」


 すっと、入り込む様に優しい言葉をかけてくれた。見た目通り、この子は優しい子なのだろうと思う。朝礼が終わり、授業が始まると、これから俺は何をするべきなのだろうかと、ぼんやりと考え始めていた。


 曲がりなりにも社会経験がある俺は、周りの人には無いやり直す事が出来ると言うアドバンテージがある。勉強ではないこの年頃の子たちが興味を持ちそうな事は一通り見てきたつもりだ。それもあって今から勉強を頑張るにしても、好きな職業に就く為の事もなんとなくは分かっている。


 ただ、俺がギター以外をする事なんて想像する事は出来ない……元に戻るための事を考えるべなのだろう。しかしライブハウスをクビになった俺が、戻る事が出来た所で何が出来るのだろう……。


 そうだ、今はあの時じゃない。三年前と言う事は、今は風次が店長になったばかりの頃だ。それなら俺にもクビにならない様に、何か出来るかもしれない。だけど、中学生の女の子でどうやって東京まで行けばいいのだろうか?


 すると、ポケットに入れていたスマートフォンが震えたのが分かった。先生にバレない様にこっそりと画面を見るとひなちゃんからメッセージがとどいていた。


 ふと、斜め後の彼女の席をみると優しく微笑んでいるのが分かった。


『さっきから何してるの?』

『ちょっと考え事』

『もう、変な事ばかり考えてたらテストで分からなくなるよ?』


 授業に集中しろという事なのだろう。とはいえひなちゃんもちゃっかりメッセージを送って来てるじゃねーかと、心の中で呟いた。携帯が出て間もない頃の俺の感覚とは違い、メッセージのやり取りをするのは今の子達としては話しかける程度の事なのかもしれない。


 いや、まてよ。

 スマホが有るという事は、たとえ東京だとしても現在の俺と連絡くらいは取れるんじゃないだろうか? 生憎、自分の番号は覚えている事だし、タイミングを見て連絡をしてみるのもいいんじゃないだろうか?


 そんな事を考えながら、授業を眺めていた。


 今の所分かっているのは、この子が中学二年生という事とひなちゃんという友達がいるという事。他の同級生とも仲は悪くは無いみたいだが、この目立ちそうな可愛らしいルックスに反しておとなしい子だったのかもしれない。


 まだ確定ではないが、そういう事ならひなちゃんに付いて行きさえいれば学校生活で多少の余裕が出来るだろう。


「ねぇ、まーちゃん。次体育だよ?」

「あ、うん。そうだね」

「今日は見学する?」

「大丈夫、調子いいよ」

「よかった。体調が悪いと狙われやすいから無理はしないでね?」

「うん」


 そうは言ったものの何に狙われてしまうのかが気になる。そして俺は事の重大さに気づくと直ぐに後悔した。通常の授業とは違いクラスメイトとの細かいコミュニケーションが必要だ。見学していればもう少し慣れてから出来たのだが、彼女に心配させまいと咄嗟に参加する事にしてしまった。さらには更衣室で体操服に着替えるというミッションまで付いてくる。


 ……やはり犯罪を犯している様な気分だ。


 しかし、更衣室で俺は拍子抜けした。クラスの女子たちは多感な時期という事もあり、ほとんどが制服を脱ぐ事なく着替えている。共に生活している同級生だったなら多少はドキドキしたかもしれない。しかし、男子の目がない事で制汗剤せいかんざいなどを遠慮なく使い出してはいるものの、思っていた以上に地味だった。


「どうしたの?」

「あ、ちょっと緊張するなって」

「球技大会の事? まーちゃんは運動神経いいから大丈夫だよ」

「そうかな?」

「えー? わたしの方が心配だよ」


 彼女のおかげで先に知れて助かった。

 俺は大人しい子という先入観から無難にこなしておくつもりだった。しかし、体育が得意なのであればそれなりに出来なくてはならない。


 それもあって俺は中学生の頃まで野球部だった事もあり、球技大会の選択はひなちゃんと一緒にソフトボールにした。


「ちゃんと投げられるかなぁ。でもバレーよりは痛くないかなぁ。痛いのは嫌だから優しくしてね」

「ゆっくり投げるから大丈夫だよ!」


 キャッチボールが始まると俺は初心者に投げる様に山なりの球のつもりで投げた。


「きゃっ!」

「あっ、大丈夫!?」


 身体が小さくなり、距離感がおかしくなっていたせいか予想以上に速い球を投げてしまった。すると隣りで投げていた背の高い女子が呆れた様な声を漏らした。


「あーあ。アンタえっげつない事するなぁ」

「わざとじゃないんだって!」


 すると、そう口にした関西弁の彼女は、ひなに歩み寄り場所を変わるようにグローブを振った。


「まひる、あんた経験者やったんやなぁ」

「いや……」

「別に隠さんでええやろ。経験無いのに腰で投げれる奴はおらん。それやったらあんまりおらん経験者同士でする方がええんちゃうか?」

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