第3話 ギターと学校

「ご、ごめんなさい……ギターを見てつい」

「まぁ、隣の部屋だしな。今回はまひるも悪いと思っているみたいだしいいけど」


 意外にもあっさり許してもらえる事となった。ただ、彼が兄なのだろうというのは理解したものの、それ以上の関係性までは分からない。


「それよりお前、ギターに興味あったのかよ?」

「う、うん」

「それにさっきの音、今日が初めてじゃないだろ」

「ご、ごめん」

「だから別にいいって。素直すぎて気持ち悪いんだよ」


 選択を間違えたか?

 彼の反応からするに、普段は違った反応をしていたのだろう。


「基礎練習やってるみたいだけど、興味あるなら俺が教えてやろうか?」

「でも、わたしギター持ってないし」

「母さんに相談してみろよ? 貯金を使いたいって言えば援助してくれるかもしれないしな」

「本当に?」

「俺もバイト増やしたいって言ったら、カンパして貰って買ったからな」


 中学生という事もあり、ギターを当分手に入れられないと思っていた俺には朗報だった。


「ありがとう、お兄ちゃん!」

「だから、なんでアニメの妹キャラみたいな呼び方なんだよっ!」

「じゃあ、兄貴!」

「ヤンデレかよっ!」


 無理矢理ではあったものの、意図せず普段の接し方を探りやすい感じにはなっていた。どうやら彼女は普段【ともにぃ】と本人には言っている様だ。しかしスマホの履歴から、友達には【お兄ちゃん】親には【にぃ】、機嫌が悪い時は【ともや】と状況に合わせて使い分けている様だ。


 冷静に考えれば使い分けているのが普通だろう。となるとこれから話さなければいけない人の呼び方はかなり気をつけて覚えておかなくてはならない。そんな事もあり、なるべくならいいギターを手に入れたい俺は、この日のうちに母親にギターの交渉を持ち掛けるまでのリスクは負えなかった。


 理由としては、仮にこの子が手伝いをよくする子だったのなら体調が悪いうちに把握しておき、ある程度それに合わせて機嫌のいいタイミングを狙う必要があると思ったからだ。


 母親が帰って来ると特に疑っているわけでも無く普通だった。俺は気を張っていただけに拍子抜けしてしまった。


「まひる、体調はもういいの?」

「う、うん」


 そういうと買い物帰りだったのか、エコバッグから食料を出し冷蔵庫に入れ始める。俺はその様子をみて手伝うべきなのかと伺っていると、彼女は急に手を止めた。


「なに?」

「べ、別に……」

「特にメールも来なかったのだから、何も買って来て無いわよ?」

「ええっ……」

「まだ治っていないのなら、風邪薬があるから夕飯のあとに飲みなさい?」

「はーい」


 なるべくそれっぽく。母親とのメッセージのやり取りを参考に最小限に返事をする。病み上がりだと思っているからか不信感は抱いてはいない様だ。


 今日の所は手伝いなどはしなくても良さそうな事もあり、とりあえず飯が出来るまでは部屋にこもり明日の準備にそなえる事にした。


 夕飯ができ、母親と兄とご飯を食べる。父親は普段から帰りが遅いのかラップをしたご飯が置いてあるのが分かった。


「病み上がりなのだから、今日は早くお風呂に入って寝なさい」

「はあい」


 やる気のない返事とは裏腹に、俺は出来るだけ周りに気を配りながら風呂に入る事にした。着替えの場所、自分の歯ブラシやシャンプー。本来ならドキドキワクワクしながら身体を確認しておきたい所なのだが、勃つ物もなけれはどうメンテナンスを行えばいいのかを考えるのに必死で悲しんだり楽しんだりする様な余裕はない。


 例えるなら年上の先輩とのジャムセッションで、ソロパートを振られた時くらいに頭をフル回転させながらアドリブでこなしている様な心境だった。


「はぁ……なんか疲れたなぁ」


 一通りの日常生活を終えるとベッドに大の字に寝転がった。若い身体のおかげか、ダルさや重さはほとんど感じない。しかし一日中気を張っていた事での精神的な疲れが溜まるのは変わらず、気がつくと俺は寝てしまっていた。



★★★



 翌朝、目を覚ますと見慣れない天井を見て置かれている状況を思い出す。寝て起きたら元に戻っているかもしれないという希望はあっさりと崩れ去ってしまった。


 念の為鏡をみるも、やはり馴染みのない美少女が立っている。とりあえずボロを出さない様に朝の準備をしていると母親に声をかけられた。


「あら、今日は早いのね。体調はもういいの?」

「大丈夫、薬が効いたみたい」

「そうなの、あの薬よく効いてくれるのよ。それにしてもそんなにしっかりセットしちゃって珍しいわね!」


 洗面所の彼女の物らしき、いい匂いがするムースやスプレーを使ったのだがどうやら間違えた様だ。どう言い訳をしようかと髪を触り考えていると……


「なるほど……さては昨日、ファッションサイトでも見てたわね?」

「ちょっと試しただけだし」

「まあいいわ、早く朝ご飯を食べて学校にいきなさい!」


 どうやら彼女は、色気づいただけだとでも思っているのだろう。朝食の後、俺は何度も鏡を見返し考えられる身だしなみを整えると「行ってきます」と小さくつぶやき家を出る事にした。


 中学校までの道のりは、あらかじめ調べておいた。だが、イメージするのと実際に歩くのとでは違う。あくまで違和感が出ない様にスマートフォンで地図を開きながら、周りを見て同じ制服を着た生徒が通る道に合わせながら臨機応変に向かう事にした。


 昨晩、彼女が持っていた写真を見て関わりがありそうな人の顔をできる限り覚えた。しかし、写真と実物では会ってみないと分からない事も多いだろう、少し挙動不審になりながらも通っている中学校の前に着くと俺は足を止めた。


「流石に中に入るのは勇気がいるな……」


 見た目は女子中学生、さらに言うなら普段通っているはずの中学校だ。別に何食わぬ顔で入ったとしても問題は無いはずだ。しかし、こればかりは悪い事をしている様な気分になるのは否めない。


「2Bの木下……木下っと、これか!」


 上履きを見つけ履き替える。上履きなんていったいいつぶりだろうか。思っているより小さいサイズの靴は足を入れるとしっかりとフィットした。


 そりゃ、入るよなぁ……


 初めての校舎に少し迷いながらも、造りとしては分かりやすくは出来ている。多少は間違えたものの俺は問題なく教室にたどり着いた。


「おはようござい……いや、違うっ!」


 危うく癖でライブハウスでの挨拶をしそうになる。緊張していた事もありそれほど大きな声にならなかったのが救いだった。


「あっ、まーちゃんおはよ。体調はもういいの?」


 教室に入ってすぐに、透き通った優しい声が近くに聞こえ振り向くと髪の長い清楚系美少女がこちらを見て微笑んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る