久川 優里の変化

「あ、えと…これ、面白いよね」


今でも初めて彼に話しかけられた時のことを覚えている。


「えっ?あ…」


私に話しかけてきた彼は目が隠れるくらいに長い前髪に自信がなさそうに落ち着きがない両手、自信がなさそうに小さな声で話す少年だった。


私は人と話すのが苦手だ。そんな私に話しかけてきた彼にはどんな目的があるのだろう。彼は見るからに私と同じような人間だ。でも本当にただ本の話をしたいだけなの?私は素直に信じることが出来ず言葉を紡げないでいた。


「…ご、ごめん。急に話しかけたりして」


彼は見るからにしゅんとした様子でそう言ってきた。その様子を見た瞬間、私は自分の考えを一蹴した。そしてこう言った。


「お、面白いよね。これ」


それが私たちのした初めての会話だった。


そこから私たちは急激に仲が良くなった。みんなの帰った教室で2人きりになって遅くまで話し込んだり、休みの日に一緒に本を買いに行ったり…私の人生の中で考えられないほどに楽しい時間だった。


だから私が寛人を好きになるのは必然だったんだ。


寛人を好きだと自覚してから私は行動した。どんな子を目で追っているのか、どんな性格が好きなのか。それを調べようと思った。でもそれは当然とてつもできるようなことじゃなかった。だから私は小説に例えて聞くことにした。


「ねぇ寛人」

「ん?何?」

「ひ、寛人ってさ…ど、どんなキャラが好みなの?」


私は俯きながらそう聞いた。陰キャの私にはこんなふうに聞くだけでも心臓がバクバクとうるさいくらいに早くなる。恐る恐るといった風にチラっと寛人の方を見る。すると寛人は少し考えた後に言葉を発した。


「んー…やっぱりクラスのマドンナ的な存在には憧れるなー」


…寛人が口にしたのは私とは真反対の人物像だった。分かってた。分かってたんだ。私みたいななんの取り柄もない陰キャが人に好かれたいなんておこがましいってこと。でも、私は寛人とずっと一緒にいたい。


私は初めて諦めるということをしなかった。今までの私は全てを簡単に諦めてきた。陰キャであることを変えようともしなかった。自分の容姿を変えようともしなかった。いや、正確には少しは努力した。だがその努力は努力とは呼べないほどに微量の行動だった。それでやりきったと思い込み全てを諦めてきた。でも今回は諦めない。諦めたくない。


その一心で努力した。今まで読んでいたラノベを一旦やめて女性ものの雑誌を読み漁った。そこに書いてあるコーデなどを全て調べた。野暮ったい眼鏡も外してコンタクトレンズに変えた。背筋も常に意識して猫背を直した。何度も何度も会話をするイメージトレーニングだってした。


そして満を持して高校に入学した。私と寛人はが同じ高校に入学することは事前に分かっていた。高校の門をくぐると私に目線が突き刺さる。それは周りにいた新入生だけでなく既に高校に登校していた在校生の目線もあった。そして聞こえてくる小さな声。


「え?あの子めっちゃ可愛くね?」

「絶対あの子今年の新入生で1番可愛いよな」

「モテるんだろうな…」


その声を聞くだけで私は自信が持てた。周りにそう思って貰えるようにまでなった私を見て寛人はなんて言ってくれるだろう。私は寛人の理想に近づいたはずだ。それは周りの反応から見ても絶対と言っていいほどに。私は少しの緊張と大きな期待を持って教室に入った。


寛人とは同じクラスになった。多分寛人はまだ私に気づいていない。当たり前だろう。だって私が自分を変えたのは中学生を卒業してからだから。その間一度も寛人とは会っていない。たまに寛人が本を買いに行こうと誘ってくれることもあったが、変わった私を見て欲しくて我慢して全てを断った。


その集大成を今日見せることが出来るんだ。


そしてその場面は訪れた。担任の先生が自己紹介をしようと言ってきた。みんなが自己紹介をしていく。寛人の苗字は彩峰だから最初に自己紹介していた。内容は…まぁお察しの通り当たり障りのない自己紹介だった。私は変わっていない寛人を見ることが出来てなんだか嬉しい気持ちになった。


遂に私の番が回ってきた。私はその場で立ち上がり自己紹介をした。


「久川 優里です」


私が自己紹介を始めると教室の中にいる全ての人が私に注目してきた。私はその中で寛人の目線だけを探した。そして見つけた。寛人はとても驚いたような顔をしていた。


ふふっ、あなたの為に私は変わったんだよ。変わった私を…


でも寛人は驚いた顔をした後すぐに目線を下にしてしまった。


なんで?どうして私を見てくれないの?あなたの為に変わったのに…もっと私を見てよ。


結局、その日私は寛人に話しかけられることはなかった。



【あとがき】


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