やっぱり変わってる

全ての授業が終わった。みんなが友達の元に行くところ、俺は1人せっせと帰る準備をしていた。教室の中でこんなにも早く帰る準備をしている人は…誰もいないね…見渡す限り俺だけだった。


「…」


べ、別になんとも思ってないけど?お、俺は友達がいないんじゃなくて作らないと言うかなんと言うか…


「彩里君」


はぁ、俺は1人で何を考えているんだ。こんなこと考えるのはやめよう。俺は1人孤独に死んでいくんだ…そうに決まってる。


「彩里君」


今日は用事もないし早く帰って注文しておいたラノベでも読もう。


「ねぇ、彩里君」

「え?」


肩を2回ポンポンと優しく叩かれて俺は後ろを振り向いた。


「あ、やっと気づいた」


あ、え?さっきからこの人俺に話しかけてたのか?そこにはクラスメイトの1人である女子生徒が立っていた。


「あ、え、お、俺?」


話しかけてきた彼女にそう聞く。


「君しかいないでしょ。彩里なんて名前」


うん間違ってるよ?俺の名前は彩里なんて名前じゃないよ?彩峰だよ?


「そ、そうだね…」


だがそんなこと陽キャオーラの溢れる彼女の前でいえなかった。目の前に立っている彼女はショートカットで耳にはピアス穴が開いており、スカートは何重にも折られていてかなり短めになっていた。いわゆるギャルと言うやつだ。


「しっかりしなよ」

「ご、ごめん」


俺は咄嗟にそう謝った。陰キャはなぁ!自分が悪くなくても咄嗟に謝っちゃうものなんだよ!だがこの際そんなことはどうでもいい。クラスのギャル様が俺に何の用だ?もしかして今日クラス全員の集まりでもあるのか?それに誘いに…


「彩里君。今日君教室の掃除だよ。忘れないでね。じゃ」


…まぁ…そうだよな。べ、別に?期待なんてしてないし?


「…はぁ」


俺は1人ため息を吐きながら自分の席に再び座った。


教室の掃除はみんなが帰ってからじゃないと出来ない。掃き掃除と黒板を消すこと、それと綺麗な雑巾でみんなの机を拭く。


1人でするには多いと思う。まぁその分俺の順番が回ってくるのが遅いのだが…この教室の掃除は出席番号順で回ってくる。それが今日だっただけだ。


俺は自分の席から窓の方向に首を動かす。外の景色を見ているように思わせていかにも『友達がいなくても平気ですけど?』というオーラを醸し出す。何やってんだ俺。


「ねぇねぇ、今日はアイス食べに行こうよ!」

「えー?また食べるの?最近食べてばっかりじゃない?」

「そんなこと言って優里はどれだけ食べても太らないじゃん」

「そんなことないよ?」

「あー、いいなー。私も優里みたいに太らない体質が良かったー」

「あ、あははは…」


結局30分程待ってようやくみんなが教室から出た。


「さっさとやって帰ろ」


そう呟きながら教室の後ろの角にある掃除用具入れから箒を1本取り出す。


確かに掃除はめんどくさい。だが嫌いでは無い。だって今俺は何かをしているという事実が出来上がるから。何もしていない自分が嫌いだ。自分のことを客観的にダメなやつだと分かっていながらも何もしていない自分が。だから何かをすることでその自己嫌悪を誤魔化している。だから俺は本が好きなんだ。いや、違うな。本だけは俺を守ってくれる。ページを開くと文字がびっしりと敷き詰められている。その文字を読んでいくことで本当にその世界に自分が入ってしまったかのような感覚に陥る。あの時だけは時間を忘れて楽しいと思うことが出来る。


「…俺は変わらないな」


優里は変わったのに。俺は相変わらずずっと立ち止まっている。歩き出すことが出来ない。


そんなことを考えていると教室の扉が音を立てながら開いた。


先生かと思った俺は慌てて箒を動かす。だがそこに立っていたのは先生ではなく優里だった。


「…」

「…」


優里と目が合う。気まずい。


「…」


その気まずさに耐えきれなくなった俺は視線を地面に落とし再び箒を動かし始めた。


何故だろう。中学生の時までなら優里と2人きりになると会話が盛り上がったのに。好きな作品について語り合うあの時間は本を読むこと以外で楽しかった唯一の時間だったのに。今はただこの2人きりに息が詰まって仕方がない。


「ひ、久しぶり。寛人」

「あ、ひ、久しぶり…久川さん…」


俺がそう言うと優里はふっと下を向いた。ダメだ。あの頃のように話せない。クラスの陽キャを前にすると俺はどうしても普通には喋れなくなってしまう。俺にはもう優里を名前で呼ぶことなんて出来ない。それほどまでに差が開いてしまった。


「…」

「…」


また流れる沈黙。どうしろってんだよ。


「あ、私忘れ物取りに来たんだ」


優里がぎこちない笑みを浮かべながらそう言った。俺は目を合わすことも無く


「そ、そうなんだね」


そう言った。どうしてだろう。前までなら2人きりの時間がずっと続けばいい。そう思っていた。だが今はこの時間が早く終わってくれと願っている。


「ね、ねぇ、おすすめの本とか…ない?」


優里がそんなことを聞いてきた。


「っ!」


もしかしたら…もしかしたら優里の本質的な部分は変わっていないのかもしれない。そうだ。俺は今まで優里の表面的なところで判断してしまっていた。もっと内面に目を向けたら…


「じゃ、じゃあこの本なんてどうかな」


俺のカバンには常に本が3冊程入っている。その中でも特に優里が好きだったジャンルのラブコメ作品を取り出して優里に見せた。今俺が持っているラブコメ作品は近年でも稀に見る神作と言われる作品で、ラブコメ好きだけではなくラノベを読んでいる人なら知らないわけがないほどの作品だった。俺も実際読んでみてのめり込んでしまった。感情の表現が秀逸で登場人物の心情がそのまま自分の気持ちと繋がってしまうほど面白かった。


「これ…どんな話なの?」

「…」


あぁ、やっぱり変わってるじゃないか。優里は外面だけでなく内面も変わっていた。前までの優里ならこの表紙を見ただけでもこの作品について熱く語っていたはずだ。やっぱり俺の知っている優里はもういないんだな。


「寛人?」

「あ、えっと…恋愛小説だよ」


俺はそうとだけ言った。


「そうなんだ…私も読んでみようかな」

「ネットで調べたらすぐにでも出てくるよ」


そう言って俺は小説をカバンに戻した。


「…私には貸してくれないんだ」

「え?な、何か言った?」

「う、ううん。なんでもないよ」


そう言った優里の顔はどこか悲しそうな表情だった。


「それじゃあ私、帰るね」

「え?あ、う、うん」


そう言って優里は教室の扉を閉めて帰ってしまった。


「…忘れ物取りに来たんじゃないのか?」


優里は手ぶらで帰ってしまった。


「あ、優里遅いよー」

「ご、ごめんね」

「ん?なんか目赤くなってない?」

「そ、そうかな?気のせいじゃない?」



【あとがき】


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