ニヤニヤ

俺は今日ウキウキしながら学校へ来た。手には知る人ぞ知る隠れた名作ファンタジー作品を持って。


「桜乃さんこれ知ってるかな…」


俺はそんなことを呟きながら教室の扉を開く。すると扉の音に反応して教室の中に居たほとんどの人が俺に注目した。こ、この雰囲気はいつまでもなれないな…


目線を足元に下げながらそそくさと自分の席に向かう。するとみんな興味を失ったのか俺から視線を外し会話や宿題に戻った。あの視線やめて欲しいんだよなぁ…沢山の視線に晒されるだけで心臓が早く脈打ってしまう。どうして俺はこんなにも人からの視線苦手なんだろうか。


自分の席についた俺は持っていたカバンを机の横に付いているフックにかけてカバンの中から本を取り出した。それを抱えて既に学校に来ていた桜乃さんに話しかけた。


「さ、桜乃さん…」


彼女は昨日と同じフレームの細い丸ぶち眼鏡をかけて本を読んでいた。俺と同じような彼女に話しかける時でさえこんなにも緊張してしまうのだ。クラスの中心人物となってしまった優里に話しかけるなんて絶対にできるわけがない。


「あ、彩峰君?どうしたの?」


桜乃さんは読んでいた本から目を離し、その視線を俺に向けた。


「ご、ごめんね。本を読んでるところ…」


見たところ桜乃さんが読んでいる本は昨日読んでいた本と違った。もうあの本を読んだのか?速いな…まぁ確かに俺も気づいたら読み終わってるなんてことざらにあるからな。


「う、ううん。大丈夫…だよ?それで…どうかしたのかな?」


俺たちはお互いコミュ障であるため話すごとに言葉に詰まってしまう。これが陰キャたる所以なのだろう。自分で自分が陰キャの理由は分かっている。自分に自信が持てないのだ。俺なんてどうせ…そんな考えばかりが頭を埋め尽くす。だがその考えを変えることが出来ない。変化を恐れてしまっている。だから俺はいつまでも変わることが出来ないんだろうな。優里はきっとそれを乗り越えんたんだ。


「あ、えっと、これ…知ってるかなって思って…」


そう言って俺は手に持っていた本を前に差し出した。


「これは…ちょっと知らないかな」


やはりそうか。これはラノベが好きな人でも知っている人は少ない隠れた名作だ。桜乃さんが知っていなくて当然と言えば当然だ。だがこの作品の面白さは本物だ。そんな面白さを桜乃さんには知って貰いたい。


「じ、じゃあさ、これ貸すから読んでみてくれない?」

「え?で、でも…」


桜乃さんは目に見えて遠慮している。でも俺はここで引きたくなかった。この作品の面白さは見ないと伝わらない。


「本当に面白いから。だから1回だけでも読んでもらいたいんだ」


俺がそう言うと桜乃さんは少し悩んだ後、首を縦に振った。


「…うん。分かった。読んでみるね」


彼女はそう言うと遠慮がちに本に手を伸ばし受け取ってくれた。


「あ、これっていつ返したら…」


彼女がそう聞いてきた。


「あ、それなら読み終わってからで大丈夫だよ」


と言っても読み終わってからすぐに帰っては来ないと思うけどね。


この作品は様々なところに伏線が散りばめられている。そんなところにも?!というふうに至る所に物語の核心に迫るような要素があるのだ。だから読み終えた後は急いでページを戻しその伏線と結末を照らし合わせてしまう。そして全てが繋がった時、絡まっていた糸が解けて1本の糸になるように快感が脳の中で弾けるのだ。


俺は全てを読み終えた時の桜乃さんの反応を想像しながらニヤニヤするのだった。


「私も…」

「え?優里なんか言った?」

「…え?あ!いや、えーっと…そう!私も彼氏作って遊園地に遊びに行きたいなーと思って!」

「え!優里彼氏いないの?!優里くらいの可愛さならすぐに彼氏なんてできるよ」

「そ、そうかな?」

「そうだよー。逆になんで彼氏いないのか不思議だわ」

「……彼氏になって欲しい人に振り向いてもらえないからだよ」

「え?」

「ううん。なんでもない」



【あとがき】


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