私だけが知っていた彼
結局私は入学してから一度も寛人と話をしていない。寛人はいつも下を向いていて私と目線を合わせようともしてくれない。私寛人に何かしちゃったのかな?そう考えてみるけど心当たりなんて何も無かった。
それに最近はみんなの会話について行くためにずっと雑誌やネットの記事を読んでいるためラノベなどの本を全く読めていなかった。
そんなある日、寛人がある女の子と話しているところを見てしまった。
それは教室でのこと。私はいつも通り周りにいる子たちと話していた。
「っ!ね、ねぇ」
すると小さくはあったが寛人のそんな声が聞こえてきた。自然と私はその声に耳を立ててしまう。
「…え?わ、私?」
寛人に話しかけられた女の子は言い方は悪いかもしれないがクラスの中心人物と言うよりかは隅で静かに生活しているような子だった。そしてその子には既視感があった。
…昔の私みたい。
そう。その女の子は中学生の頃の私とそっくりだった。自信がなさそうに彷徨っている目線、長い前髪で隠れそうになっている目、細いフレームの丸ぶち眼鏡、緩やかにカーブしている猫背。その全てが中学生の頃の私と被って見えた。
どうして。
それが最初に出てきた感想だった。私は寛人の理想に近づくために自分を変えたのに…どうして寛人は昔の私のような人に話しかけるの?
「あ、い、いきなり話しかけてごめん…」
「あ、えっと、それは全然いいんだけど…ど、どうしたのかな」
それはまるであの頃の光景の焼き直しだった。どこか既視感のある会話が2人の間で交されている。それがどこか私と寛人の思い出を上書きされているようで嫌だった。
寛人と話しているクラスメイトの女の子とは全く話したことがない。なのに嫌いだという感情を抱いてしまいそうになる。
やめて。私と寛人だけの思い出を邪魔しないで。
「ね、優里もそう思うよね」
「…え?あ、う、うん。そうだね」
突然横から友達の1人からそう話しかけられた。だから私は咄嗟にそう答えることしか出来なかった。
悪いけど今は友達がしている話に耳を傾けることなんて出来ない。あの2人の会話に気が取られてしまう。
「その本」
そして寛人が言った。
「この本がどうかしたの…?」
「あ、えと…これ、面白いよね」
一言一句違わず私に初めて話しかけてくれた時のセリフを。私はそれに我慢出来ず思わず立ってしまった。その時に椅子に足が触れて『ガタッ!』という音がなってしまった。だが寛人はこっちに目線すら向けていなかった。
「ゆ、優里?どうかしたの?」
「…なんでもないよ。なんでも…」
本当なら今すぐこの場から逃げ出したかった。寛人があの子と話しているところなんて見たくない。
そして私は彼女も見たくなかった。だって彼女は本当に中学生の頃の私と似すぎているから。あの頃の私を見ているようで変わる前の私を見せつけられているように感じる。
「ご、ごめ…」
「…うん。これ、面白いよね」
彼女ははにかみながら寛人にそう言った。
「だ、だよね…」
寛人は恥ずかしそうに少し俯きながらそう言った。やめてよ。そんな反応しないでよ。私だけが知っていた寛人の表情をその子に見せないでよ。
胸が締め付けられるような感覚に陥る。
分かっている。こんな気持ちになるなら自分から話しかければいいと言うことは。でも…でも私は寛人に拒絶されるのが怖い。結局のところ、私の本質は変わっていない。いつまでも隅で過ごしていた時のままだ。それを必死に嘘で塗り固めて、取り繕って、何とか首の皮一枚で繋がっている。
私は…私は寛人の理想でありたい。だからこんなところで心が折れる訳にはいかないんだ。
「あ、じ、じゃあ、これも知ってる?」
寛人がそう言いながら本を彼女の前に差し出す。私はバレないようにチラッと見る。そこには私が読まないようなファンタジー作品があった。私はファンタジー作品が嫌いなわけじゃない。ただあまり内容を理解できないだけだ。それなら内容を理解できないファンタジー作品を読むより甘酸っぱい恋愛模様を描いたラブコメを読む方がいいから私はファンタジー作品を読んでいないんだ。
「え?そ、それって…」
「知ってる?」
「も、もちろん」
「ほんと?面白いよね」
でも彼女は知っていた。私が読まないファンタジー作品を彼女は知っていた。
「う、うん。特にあのシーンなんか…」
「あ、分かる。あそこは熱かったよね」
しかも純粋に楽しみながら読めるらしい。彼女を見る寛人の目を私は知っている。自分の好きなことを語る時と面白い本を読む時だけ寛人は子供のような純粋な輝いている目をするんだ。
その目は私だけ知っていれば良かったのに…
「え、あ、もうこんな時間…」
「あっという間だったね」
そんなことを思っていたら授業前の予鈴がなった。つまり寛人とあの子はずっと話していたことになる。
「俺、彩峰 寛人。よ、よろしく」
「私は桜乃 陽菜。よろしくね」
2人はお互い照れながらそう言った。
…桜乃 陽菜。私は絶対あなたに負けない。
【あとがき】
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