『冒険の世界 その4』

 船内は騒然としていた。


 掘り下げられた地下の倉庫はそのまま坑道となっていて、主に武器の素材であるクロガネを採掘しているとのことだ。その坑道が今の地震で落盤を起こしたようだ。


 地下は土煙にまみれて、息苦しい。

 坑道から逃れてきた猫たちは我先にと地上へ登って行く。

 わたしも持っている乳蜜入り麻袋で口元を覆いながら、シックスバックについていった。


「おおい! 大丈夫かぁ」


 現場は地下を2つほど下に潜った先にあった。

 ここもだいぶ視界が悪い状況だったが、更に地下へと伸びる階段の先からもっと濃い煙が上がってきている。


「なんとか! 早く来てくれ」


 倒れた猫たちを1匹の白衣の猫が介抱していた。


「せんせい。あんた、地下に来ていたのか」

 シックスバックにせんせいと呼ばれた白衣の猫は一つ汗を拭うと、シックスバックと乳蜜をみて安心したようだ。

「ああ、ちょっとチェスをひとつまみな。こんなことになるとは思わなかったが」

「いや、せんせいがいてくれて助かったニャ」

「それより、早く乳蜜をやってやってくれ」

「わかったニャ」


 シックスバックが無言で一つ隊のみんなに頷くと、各々患者に散っていく。

 わたしも倒れた一人に近づいた。


「大丈夫ですよ。今、一口入れますからね」

 まず乳蜜をスプーンで口元に運ぶと、苦しい表情が和らぐのが感じられた。

 なんとも不思議な食べ物だ。でも、それ以上にありがたい気持ちが湧く。

 落ち着いてネコさんの様子を見ると、せんせいも傷を手早く処置してくれていることがわかった。汗と煤が拭われ、傷口は包帯に覆われている。他に骨が折れてしまった猫もいるようだが、命に別状はなさそうだ。

 乳蜜を塗れば、痛みは和らぐに違いない。


 ひとしきり処置を終えた頃には担架を背負った隊もやってきて、砂埃も晴れてきていた。

 シックスバックが怪我人の状態をせんせいと共に担架のネコたちに伝え、わたしたちの役目は終わろうとしていた。

「クロエ。初仕事ご苦労さんニャ」

 そう言って近づいてきたのはグレインレックだ。

「うん、よかった。でも、ちょっとびっくり……」

「僕もびっくりだニャ。最近、地面が揺れて色んな事件が起きてるニャ」

「そうなの?」


 グレインレックは眉をキュッと歪めてうなづく。


「地面の裂け目も増えて、地形が変わってきたり、初めて見る凶暴な生き物に遭遇したりもしてるニャ」

「最初であったところの巨大なコウモリとか?」

「そうニャ。乳蜜も段々取れなくなってきて、情報によるとカンボスは薬不足に悩まされてると聞くニャ」

「そうなんだ……」

「だからこそ、総攻撃を掛けるべくクロガネが沢山必要だったんニャけど、ニャ」


 この落盤、というわけである。


 これは力が引き起こしていることなんだろうか。

 だとしたら、力は何を求めているんだろう?


(私は、彼に会わなければならない)


 心の奥が囁くのが聞こえた気がした。そう思うほどに、どこからかわたしの名前を呼ぶような気がして。


(クロエ。助け、て)


 どこだろう。誰かが呼んでいる。

 意識がそちらへ遠く、運ばれて行きそうだった。

 そこには丸くうずくまった1匹の猫がいる。桃色をした額の毛が印象的だ。勇猛さを表す海賊のチュニックとは裏腹にとても寂しさに耐えていた。


 そんな彼に何かできないかと思って、手を伸ばす。すぐにも届きそうに思えていた。


「クロエ?」


 グレインレックに肩を叩かれて、わたしは何もない所に手を伸ばしていたことに気づく。

 水が一滴鼻に当たったみたいな感覚になる。視線の先に何もなく、震える手をじっと見た。


「何? まだ中にいるだって!!」


 ストックブルーが声を荒げて、みんなに緊張感が走った。


「どうしたニャ!」

「ピンクのやつが、坑内に取り残されたらしいニャ」

「な、なに。なんてこった、ニャ。」

「何とか中に入れニャいのか?」

「落盤をどうしろっていうニャ」


 シックスバックたちが頭を抱えて右往左往と彷徨う。

 わたしも恐る恐ると近づいた。


「ピンクのやつって?」

 わたしがそう聞くと、シックスバックは頭を抱え、ため息をついた。

「あ、ああ。ああ……採掘部隊のリーダーだったやつさ。ピンクヘッドっていう。あいつはブラッドフックでも一番鼻が効くやつで、鉱脈なんかをずばっと引き当てる頼りになるやつニャ」

「どうやら、落盤の内側に取り残されちまったみたいニャ」


 変わるがわる、説明に入るネコたち。

 わたしはさっきの幻のことを思い出していた。

 寂しさに潰れそうな顔。放ってはおけない。


「坑道ってそんなに広いの?」

「鉱脈が何層かに分かれてはいるけど、そんなに複雑なものではないニャ。でも、落盤でどうなっているか、正直わからないニャ」


 わたしは「そう……」と相槌を打って、胸元の襟をくしゃっと握りしめた。


「危ないかもしれないけど。何もできないかもしれない、けど」

「じっとしているよりましニャ」


 私より先に、グレインレックが叫ぶ。

 シックスバックは目を丸くさせた。


「そ、そうだニャ。中がどうなっているか把握するだけでもするべきだニャ」

「善は急げニャ!」

「ランタン持ってくるニャ」

「念の為、ロープと楔。発破も持ってくる」

「僕は担負うニャ」

 誰が、号令するまでもなく、「おー!!」と掛け声が飛んで、みんなそれぞれ散っていく。

 わたしはせんせいに助けられつつ、包帯と薬を集めて鞄にしまった。



 眼前に横穴が伸びている。

 ただの坑道入り口だ。でも、今は道への奈落につながっている様にも思えた。

 わたしは、幻を繰り返し思い出していた。

 この先にあるのは、助けを待つネコ。そして、力なのかもしれない。


 各々が言葉なく視線を交わし、先頭のシックスバックがランタンを掲げた。

 続くのは地図とメモ帳を持ったシリウスウッド。そしてグレインレックに私と続く。殿は最も体格の良いストックブルーだ。


 中に入ると、土埃の匂いでむせ返りそうになる。

 普段はランタンが設置してあるはずだが、地震のせいでほとんど機能していなかった。わたしたちは、生き残ったランタンに光を与えつつ、奥へ奥へと進んでいった。


 しんと静けさに満たされ、ストックブルーが頭上に注意するほど狭い穴の中は、閉所恐怖症出なくても締め付けられるような気分になる。

 そんな気持ちを押し除けるように、わたしたちはずんずんと進んでいったが、ついに第二層への下穴を見つけてシックスバックが立ち止まった。


「どうした?」

 シリウスウッドが尋ねる。それに答える代わりに、シックスバックの耳が一度、そして二度、三度と跳ねた。

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