『冒険の世界 その3』
サンゴの欠片や、魚たちの死骸の跡が生みだす白銀の砂塵。
わたしたちが進む道には、まるで砂漠のような大地が広がっていた。
そして、時折大地の裂け目に遭遇する。とても人間の及ぶ領域ではない大穴に圧倒されてしまった。
ネコさん。
彼の名はシックスバック。
ブラットフックの参謀である。
彼は道すがらいろいろなことを教えてくれた。
安住の地を見つけた二つの海賊船の話である。
多くの航海を経てここにやってきたブラットフックとカンボスは、やってきたこの地域で森と泉の広がる島と、そして無限に湧き出る乳蜜を見つけた。
最初はなんの争いもなく、肥沃な土地に豊富な食糧、資源を分け合い、平和な毎日を送っていた。
だけど、調査と発掘を続けるうちに、この宝には源があることがわかった。それから状況は一変したそうだ。
源は自らを「力」と名乗ったそうだ。
「力」は同じ場所に留まることを嫌い、この地を今にも離れようとしていた。冒険こそ力のありどころだったのだ。
それを聞いたネコたちは慌てた。無限に湧き出る宝が消えれば、また果てるとも知れない危険な航海が待っている。
ネコたちは必死に「力」を自分のものにしようとした。だけど、突然の天変地異が襲った。
「力」が起こしたものなのか、それとも、他の何かなのか、分からない。
でも、海の水が地の底に吸い込まれ、船は大地に座してしまった。水を失ったネコたちは手足を捥がれた冒険家になった。
「力」は自らを封印して、今も同じ場所に留まっているらしい。
「以来、ブラットフックとカンボスは犬猿の仲ニャ。カンボスを倒して、いずれ「力」も手に入れることを目標にしている、ニャ……」
ざっ……ざっ……。
五つの足音が砂漠の大地に吸い込まれる。シックスバックは最後の言葉を言って、それからは黙ったままになった。
※
みんなこの道々、親切でいいネコたちだった。
旅に慣れないわたしに合わせてくれたし、名前のないわたしを気遣ってくれた。
「クロエ。水のむかニャ?」
クロエとは便宜上、わたしに付けてくれたものだ。
わたしの黒い髪が印象的だったからだそうだ。
「ありがとう。グレインレック」
ほほ笑むと、四人の中で一番若い彼は照れたように顔を掻く。
「こらレック。貴重な水を無暗に飲むんじゃないニャ」
と言ってシックスバックがたしなめると、「まあまあ」と彼の次に兄貴分の「ストックブルー」がいう。
体格は最もストックブルーが良く、シックスバックそれに続く。
もう一人の「シリウスウッド」はいつも切れ長の目を遠くに向けており、口数が少ない。
そんなシックスバック隊のみんなにわたしはすぐ溶け込むことができた。
ブラットフック号までの道程はすでに2日と半日に及んでいる。
大八一杯に乳蜜のビンを乗せ、時々襲ってくるモンスターを払いのける。
乳蜜は思った以上に優れモノで、飲めばたちまち元気になり、傷口にすり込めば消炎鎮痛の効果も抜群だった。こんな宝がほんの昔は山のように見つかり、大地の青々とした風景は約束の地にふさわしかったそうだから、争いが起きるのは必然だったのかもしれない。
でも、やっぱりこんなネコさんだからこそ、争いは似合わない。支えあい、助けあい、冒険に赴くことこそ彼らの持つ本来の血なのではないだろうか。
「もう船まで近いし、多少は良いんじゃないか」
そう言ったのはシリウスウッドだ。彼は隊の目であり、ブレインでもある。
「しょうがないニャ……」
「へへへ、クロエ。がんばろうニャ」
少年のあどけなさを持つグレインレックにわたしは、ほっとした気持ちになり、どこまでも続く砂漠の先を見つめた。
みんなとなら、この不毛の大地でもへっちゃらだ。
※
「う、わぁ……」
楽しい旅の最後に待ち受けていたのは、想像を遥かに超える大きさの建造物である。
わたしは、その大きさに圧倒され、言葉にならない感嘆をあげた。
「全長68.5メートル。最大幅17.3メートルの超巨大帆船。それがブラットフック号ニャ。こいつが、海にでればどんな波にあおうとわけないニャ」
ひたすら船を見上げるわたしを見てシックスバックは得意げに船について語る。
「乗員は全ネコ270余名。喫水は……」
「はよ行くにゃー。もうクタクタにゃ」
自慢げなシックスバックを押しのけて、シリウスウッドが大八を進める。
乳蜜の到着に見張りのネコたちは口笛と歓声で向かてくれた。あっという間にわらわらとネコたちが現れ、乳蜜を回収していく。そして残った珍客であるわたしに注目が集まった。
「コイツはいったいなんニャ?」
好機の目を浴びて、わたしはなんだか恥ずかしくなった。ネコさんの縦長の瞳はなんだか色々なものを見抜けてしまいそうだからだ。
「まあまあ。この子は旅を助けてくれた新入りの一匹ニャ。これからアロンソ船長に挨拶するからどいたどいた、ニャ」
ストックブルーが野次馬を押しのけ、ニコニコとわたしに目配せをする。
ブラットフックの入り口は、本来の搭乗口ではなく、船底に無理やり開けた穴を利用しているようだ。そこに促され、わたしはどきどきしつつ、入り口に足を掛けた。
しかし、わたしのささやかな好奇心は、突然の地響きに遮られた。
地響きはやがてタテヨコと複雑な揺れを伴って大きくなり、船が軋む音を立てた。パラパラとあたりの砂ほこりが舞い、息苦しい。
それでもかろうじて周りを見回すと、猫たちもタルやぶら下がったランタンなどを抑えながらじっと事が治るのを待っているようだった。
「クロエ? 大丈夫かニャ」
シックスバックが尋ねるので、私はブンブンと頭をタテに振った。
思った以上に蒼白とした表情になっていたことに気づき、同時にブルっと身震いが出る。
そうしてからようやっと落ち着きを取り戻していくと、シックスバック隊のみんなも私を囲んで身を寄せあてくれていたことに気づいた。
「怖かったネ」
言いながら、グレインレックがわたしの服の裾を引っ張る。
「そうね。大きい地震だった……」
「最近、増えてきたな。何事もなければ良いんだが……」
ストックブルーが呟く。
立っていられないほどの地震なんて、そうなん度も味わいたくないのだけど。
そんなことを言いながら落ち着きを取り戻そうとしていたとき、船内から叫び声が上がった。
「メディーーーック!! 誰か、薬を持ってないか!」
船内の階段を登って、必死の形相をした猫が1匹現れる。
わたしたちは顔を見合わせた。
「すぐ行くニャ!」
シックスバックの声に合わせ、各々乳蜜を手に取った。
もちろん、わたしもである。
急いで急いで、と手招きする猫さんを前に見ながら、
何か、自分にもできることがあるか、ずっと考えていた。
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