『冒険の世界 その2』
わたしと一緒にいたネコさんに加え、二人のネコさんが空中を飛ぶ怪物に立ち向かう。ネコさんはチームワークとスピードを駆使していた。素早く近づいて突きを入れたり、あるいは相手をよく見てすぐさま離れる。
コウモリは翼を広げるとネコさん3人より大きく、足に大きな爪をもっていた。さらに翼端が固く鋭利になっていて羽ばたくだけで凶器と化す。突進されれば致命的な傷を負うかもしれない。
だからネコさんは常に動き回り、コウモリに的を絞らせないようにしていた。くるくると踊るように立ち回る姿はとても美しい。思わず見惚れてしまいそうだった。
どんどん怪物にたいして優位を築き、弱らせていく様子を見て、わたしはほっと肩を撫でおろした。
ゆっくりと洞窟から顔を出し、立ち上がる。
草を踏む感触。人の手がほとんど入っていないことが伺えるうっそうとした草原はわたしの腰丈ほどにも及んでいる。
空を見上げると天が近く感じられた。雲に手が届くようだ。
その中で一切が研ぎ澄まされていく。アークがそうさせるのだろうか。身を委ねていると、鼓動と共に見るもの、聞くこと、肌に感じること、それぞれがわたしに訴えてくる。自分のものにするように、と。
そのうち、ネコさんの息づかいがわかり、筋肉の躍動を感じるようになったとき、アークの炎が警鐘を鳴らした。
こんなに広々とした場所なのに、見えない悪意が忍び寄っていた。
「ネコさん、危ない!!」
声を張り上げた瞬間、忍び寄っていた影はその正体を現した。
「ニャー!!!」
新手のコウモリだった。突然の背後からの突進にネコさんはあらん限りの声を張り上げ、身をよじる。間一髪の出来事だったが、コウモリの刃はネコさんの厚手の服を切り裂くのみにとどまったようだ。
だが、この瞬間にネコさんの立ち回っていたリズムに隙が生じてしまう。
怪物の体が膨らんだと思ったら全身も震えるほどの叫び声が発せられる。
近くのネコさんはその衝撃波を強く受けてしまったようだ。3人とももんどりうって転がってしまう。
このままでは二の矢をさされてしまう。
そう思うが早いか、わたしは駆け出していた。
怖い。鋭い爪も巨大な体も筋張った骨肉もなにをしてくるかわからない動き方も。でも心が炎で燃えていく。
「暖炉さん。私に力を!」
叫ぶと同時にコウモリの目の前に炎が生じた。体半分にも満たない力だったが、ひるませるには十分だ。
「ぎゅいーーー」という耳障りな奇声と共に全身が無防備になる。どうにかしなきゃいけないのに、巨大な体が目の前に立ちはだかると、
竦んでしまう動けない。
そんなわたしを見て、コウモリがにやりと笑った気がした。ひやっとした汗が頬を伝っていき、ぞくっと心臓が一回脈打つ。
そんな氷のような一瞬は真っ赤な鮮血が飛び散って晴れた。コウモリの心臓が後ろから貫かれて、数回の痙攣の後に項垂れる。
「ふう……にゃ」
ネコさんは呼吸を整え、わたしをにやっと見た。
「驚いたニャ。お前、なかなかやるニャ」
「いえ、わたし、なにも」
「そんな謙遜しないでも良いニャ」
「それより、他のみんなは、大丈夫?」
「あ、ああ。一人音波を食らっちまった奴がいるが、問題ないニャ」
音波をあびてしまったネコさんがぴくぴくと痙攣しているが、そういうなら、そうなのだろう。
「おら、お前ニャち。さっさと起き上がって帰還の準備をするニャ」
「た、隊長ぅ。もう、無理だニャー」
「だらしない奴だニャー。やっぱ今後は訓練メニューを増やしたほうが……」
「元気にニャりましたーー。ああ、もう前途洋々意気揚々! 機関一杯ヨーソロー」
急に起き直り、ネコさんたちはシャキシャキ周りの荷物を集め始めた。元気なようでよかった。
「やれやれ、ニャ。お前さんも大丈夫かニャ?」
「わた、し?」
「そうニャ。ブラッドフックはお前さんを歓迎するニャ。俺はシックスパック」
……お前は?
わたし。わたしの名前は。
「えっと……。なんだった、かしら?」
「かしら? じゃないニャ。頭打って名前まで忘れちゃったニョか」
「うーん、そうみたい」
「面白いこというニャ。名前がないと不便ニャ。なんでもいいから名前を言うニャ」
「そんなこと言われても……」
「はーやーくぅ……ニャ」
「わ、わかったわ……。じゃ、じゃあ……」
空を向いて考える。真っ先に浮かんだのは、ごっつんこしたネコさんの迫る額だった。今思い出したら、頭痛がしてきた。
「うーん。えーっと。その……なんだったっけ?」
「名前、ないのかニャ?」
「そんなわけ、ない、と思うんだけど」
まるで、記憶の道がせき止められているみたいだった。高い壁を見上げる時みたいに、どうしようもない気持ちと届かないじれったい気持ちに呆然となる。
ぽかんとしていると、ネコさんはネコさんハンドを伸ばしてわたしの肩をポンと叩いた。
「まー、名前なんてネコの間じゃ呼ぶのに便利なもの程度のものニャ」
そういって、わたしの手をぷにぷにの肉球で取る。そのぷにぷにふさふさはずっとにぎにぎしていたい感触だった。
「これからもよろしくニャ」
にぎにぎ……。
にぎにぎ……。
「ふふ……。ぷにぷに。」
にぎにぎ……。
「いい加減にするニャ」
「あ、はい。よろしくお願いします!!」
こうして、ネコさんの海賊船「ブラットフック号」にわたしは招待された。
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