第12話 火山

「この村だね」

お城で一泊、早起きして夜明け前から火山を目指した僕らは長い街道を抜けようやく見えてきた麓の村へ辿り着く。

ちなみにハンスは腰の銃以外にもう一丁、肩から背中に背負うように大口径のランチャーのような銃を持参した。

何やら使い道を考えての事みたいだった。


村の入り口には”ボルケン ビレッジ”と書かれている。

隊長が僕らに言う。

「長居はしない。水などの補給品を調達したらすぐ出るぞ」

僕らは「はい」と返事する。

ハンスは隊長に「火山地帯への道を一応村人に確認しておきます」と言い、隊長は頷く。ハンスは村の中へ入って行った。

隊長と僕らも道具屋で必要な物を購入する準備をする。

今回の目的は村ではなく火山地帯の魔獣と精霊に会い、情報があるか聞く事だ。

なので村の中での捜索などは主な目的ではない。

この村は火山地帯への中継地点、冒険者たちにとっても火山へのルートの入り口、補給地点だった。

そんな理由からか、村、と言う割には冒険者の行き来も多く、活気自体はある。

そびえ立つ火山の風景と、荒れた土地からやや荒涼に見える大地とはミスマッチな村の繁盛ぶりだった。

最初はその立地から寂れた村を想像してしまったけど、普通に村の中は人々の生活感で溢れていた。


道具屋での調達を進める傍ら、隊長が念のため博士の事を店主に聞いてみる。

「店主、すまないがこの男を見なかったか?」

博士の似顔絵を見せ、店主に聞く。


「ああ、博士だろ。見たことあるよ」

意外な目撃情報に僕らはびっくりする。

思わず僕は「本当?」って聞き返してしまう。そんな驚きの表情の僕に道具屋の店主は笑顔で答える。

「ああ、間違いないよ、お城で有名な人って聞いてるしな」

僕は隊長の方を見る。そして隊長が聞く。

「ここへ来たのか?いつ頃の事か分かるか?」

「結構前だったな、2~3回程度かな」

「6日ほど前だったりするか?」

「いいや、それより前だったような…何か月も前だよ、それから期間を空けて2~3回ぐらい来たかな。でも俺が見かけてないだけで最近も来てるかもしれないが」

ローナが隊長に小さな声で「ヴァリー、行方不明になった時よりは随分前よね」と言った。

店主は「なんだい?博士に何かあったのかい?」と聞く。

隊長は「少しな」と言葉を濁して言った。

表立って行方不明とは言えないからだろう。

店主は疑った風もなく言う。

「なんだい?博士の護衛か何かでここで待ち合わせなのかい?」

そんな風に言う店主にまた隊長が答えた。

「まあ、そんな所だ」

「ははは、なんだか行動力のある博士だと噂だからな、大変だろう。いや、でも王都で便利な発明が出来たら、この村にも安く売ってほしいもんだよ、冒険者で賑わってはいるが、立地では厳しい所だからな、博士にはぜひとも国の発展に貢献してほしいもんだ、なんてな。ははは…」

店主はそんな風に笑いながら情報を教えてくれた。

購入した補給品を受け取り、店を出た所でハンスが合流してきた。


「お、見習い共、お使いは済んだようだな」

ローナは「もう、子ども扱いばっかりして。ちゃ~んと道具は買えたわよ。それに情報も集めちゃったんだから。博士はこの村に2~3回来た事があるみたいよ」と胸を張った。

ハンスが続ける。

「情報なら俺の方もあったぞ」

僕が「ハンスも何か聞けたんだね」と言う。

「ああ、酒場の情報だ。隊長、博士はこの村を中継して精霊や魔族の住む火山洞窟の方へ向かった事があるそうです」

ハンスの報告に隊長が答える。

「精霊や魔族に関する事を調べていた、という副主任の話は本当だったようだな」

ハンスは続けて地形の情報を伝える。

「ここから北へ行くと、火山の麓に出ます。その先に火や火山属性の精霊や魔族の住む洞窟の入り口があるそうです」

ハンスの言葉に頷き隊長が指示を出す。

「よし、すぐに出発だ」

「「はい!」」全員返事をして村を後にする事にした。

目指すは精霊と魔族の住み家だ。


「こっちに洞窟のようなものがあるよ!」声を上げる僕。

あれから村から少し歩いたあと、火山の麓で口を開ける暗がり。

いかにもな雰囲気を出す洞窟の入り口が見えた。

ハンスが「良かった。この辺りにあって…」と言う。

そんなハンスにローナが言う。

「なに?もう疲れたの?私はまだまだ大丈夫よ?」

でも言われたハンスは冷静な言葉を返した。

「アホ。結構な幸運だぞ。分からないのか」

そう言うハンスに僕は「良い事なの?」と聞いてみる。

「ああ、俺は軽めのロッククライミングも覚悟してた。洞窟が山の中腹からあるなら、結構な上り坂を進むことになる。簡単な冒険にはならない所だ」

「あ、そうだね」と答えてローナもすぐ「言われてみれば…浮かれてられないわね」と言った。

隊長が「入るぞ、モンスターの住み家になってる場合もある、注意しろ」と言う。

そして指示を出した。

「私が前、ラルス、ローナ、最後尾がハンスだ」

ハンスが隊長の補足をする。

「狭いけど左右が壁の行軍だ。俺と隊長でお前ら見習いを前後でサンドして守りの陣形で行く。しっかり注意して行くんだぞ」

「うん」答えて隊列を組む僕ら。

初めての洞窟探索で怖いけど力強く頷いて僕らは中へと進入した。


「おい、はぐれるなよ」

「うん」

「きゃあ!なんか踏んだ?」

そんな声を上げながら進む僕ら。


ローナは「う~ん…やっぱり暗がりとか苦手よね…」なんて言ったりしている。

僕はなんとか会話で恐怖を紛らわせようと思った。

「ラルスは大丈夫なの?」

「僕も怖いけど…」

「そうよね、あの暗がりに何か見えたら…なんて思うと」

「大丈夫だと思うよ」

「いや、でも、ほら何か見えるような…」

「気のせいだよ、神経を尖らせてると、些細な事が気になったりするもんだから…」

「いや…気のせいじゃないわ…ほら、あれ、なんか光ってる…」

「う~ん よく見えないけど…」

ローナが指差す方には何も見えない。

「魔族にしか見えないのかな、それともローナは目が良いのかな?」

ハンスは「なんにも無いぞ」なんて言ったりしていた。

でも隊長が言う。


「たしかに何か居る」

そう言われたので僕らは一辺に体を強張らせる。

「静かに行くぞ」と隊長が言う。

指示に従ってそろりそろり…と進む僕ら。

やがて暗がりに小さないくつかの光が見える。

光は本当に小さな光だ。

「こうもりだ…」

光はこうもりの目だった。

静かに言う隊長が続ける。

「刺激しなければ問題ない、行くぞ」

その指示で、僕らは気配を消すように進む。

天井を見ると、数匹のこうもりが静かにぶら下がっていた。

彼らを驚かさないように、物音立てず進む。

こうもりは僕らの行動で動き出す事はなかったようで、やがて、こうもりが居る地帯を抜ける事ができた。


ローナが息を吐きながら言う。

「ふ~…緊張したぁ~」

「何事もなくて良かったよね」

「ええ、怖い猛獣とかだったらどうしようかと思っちゃった」

そんな事を言うローナにハンスが言う。

「まあ、あんまりモンスターらしいモンスターは居ないのかもな」

「どうしてかしら?」

「そんなモンスターが居たら、博士はここへ来ないだろう」とハンスが答えた。

「そう言われればそうよね…」

「例え護衛付きでもモンスターがウジャウジャ居る所に何回も来ないだろうしな。

油断はできないが必然的に静かな洞窟だって事だろうな」

初心者の僕らには嬉しい事だった。

そんな話をしていた矢先だった。


暗がりの先にボゥ…と小さな光が見える。

隊長が「シッ!静かにしろ」と指示を出す。

やがてその光は徐々に増えだす。

ローナは「またコウモリかしら」と疑問を口にするが状況は変わっていった。

光は赤々と燃え、その数もどんどん増える。


それは小さな火の玉の群れだった。

隊長が僕らに言う。

「下がってろ」

前衛に出た隊長は剣を抜き放ち一閃する。

飛ばした剣閃に巻き込まれ、途端に消し飛ぶいくつかの火の玉。

ローナが「なにアレ!」と驚くとハンスが後ろを警戒しながら説明してくれる。

「火の玉の邪霊だ。今のお前らじゃ勝てないぞ。危ないから防御に徹しろ」

そう言われたので僕は必死にローナと固まり剣を振るう。

「やあ!」

掛け声と共に振るうが空振りになる。でもそのあと、盾がわりにするように必死に力を入れる。

ガインッ!と火の玉が剣にぶつかる。後ろに居るローナを庇うように力を入れ、はじき返す。

そんな攻防をしていると隊長が言う。

「ハンス!」

「用意出来ました!」

そう言うとハンスは普通の拳銃ではなく口径の大きいランチャーのような銃を撃つ。

「くらえ!冷凍魔道弾!」

バスッ!と大きい発射音がしたと思ったら弾丸は火の玉の群れの中心で爆発し、大量の氷が広がる。

シュウゥ…と消えていく火の玉たち。

続けてランチャーを発射するハンス。

隊長も撃ち漏らした火の玉を剣撃で切り裂き消し去る。

途端に数を減らしていく火の玉。

ほどなく、最後の一つを消す。

ローナが「やったわ!」と歓声を上げる。

僕は「終わったのかな…」と言うとハンスが言う。

「やったのは俺と隊長だけどな」

そんなやりとりをすると隊長はそのまま言う。

「油断するなよ、先に進むぞ」

こうして洞窟の奥へと進むことになったけど僕の手はまだ痺れていた。

これが上位冒険者が相手する敵かぁ…小さな邪霊なのにまだ僕だと全然歯が立たないや…

そんな事を思いながら洞窟の奥へと進んだ。


いくらか進むと大きな空間に出た。

中心にはマグマが溜まっておりホールみたいな空間の壁には横穴が並んでいた。

「すごい…暑いね」

「汗がたくさん出ちゃうわ」

見た事ない光景にそんな言葉を出していると、マグマが盛り上がり始める。

ゴゴゴゴゴ…

「な、なんだろう!?」

驚きおののく僕に隊長は冷静に「大丈夫だ」と答えた。

やがて盛り上がったマグマから火を纏ったトカゲが出てきた。そして言う。


「やあ、また人間かな」

トカゲはそんな事を言った。

同時に壁の横穴からも同じ姿をしたトカゲがたくさん。

「なになに?」「人間?」「違う種族も居るみたいー」

小さく、でも口々に言う。

ローナが「な、なに?なんなの」と警戒し始めるけど隊長は静かにマグマから出てきた方のトカゲに話しかける。

「サラマンダーだな?聞きたい事がある」

ローナは「サラマンダー!?これが?」と僕と一緒に驚いていた。

サラマンダーは言う。

「なにかな?人間…じゃないかな、珍しいね貴方は?」

「天界の使いだ。調べものをしている。ここに人間が来なかったか?」

「人探し?こんな所まで?」

そんな言葉にハンスが言う。

「まさしく汗水垂らして来たんだ。こんな熱い所までな。宝探しとかで荒らしに来たんじゃないんだ。答えてくれると助かる」

「う~ん…まあ悪い力を感じないからいいけど、随分大変な調べものだね」

隊長は「知ってるなら教えてくれ」と言うとサラマンダーは答える。

「いいよ、冒険者とか?たまに宝探しとか来る人は居るけど」

「研究者だ。冒険者とは感じが違うから分かりやすい筈だ」

言いながら似顔絵を見せる。

「ああーこの人。この人ね。見た事あるよ。でも会ってたのは僕じゃないね」

「サラマンダーの女王か?」

「ううん。僕らサラマンダーの長、火竜女王サラマンダー様は今は少し居ないよ。

会ってるのは最近立ち寄ってるイフリートちゃんかな」

「そいつはどこに居る?」

「呼んであげるよ、イフリートちゃーん!」

そう言うと穴の一つからのっそりと女性が出てきた。

「何か用かしら?」

燃えるような炎の髪に半裸の彼女は僕らにそう尋ねた。


彼女を囲み、僕は聞く。

「探してる人が居るんだ、ジルキン博士って言うんだけど…」

「最近は私達と交流するのが人間の流行なのかしら?ええ、会ってるわよ、この人と」

僕らはやった!と手掛かりに喜ぶ。

隊長は聞く。

「よく来ていたのか?博士は何をしにここへ来ていた?」

「魔道具の研究よ。私達とね」

ハンスが反応する。

「炎の精と研究?仕事熱心なんだな、博士もお前も」

「私は協力してるだけ。なんでも私の力を利用した魔道具の研究がしたい、って」

ローナは「出来るの?そんな事?」と聞くとイフリートは言う。

「あはは。私は分かんない。作るのは博士だし力を貸してるだけよ。どんな物が出来るのかも知らない」

隊長はその言葉に突っ込んでみる。

「どんな研究かも分からないで協力したのか」

でもイフリートは答える。

「悪い人間じゃないのは見れば分かったしね。なんか強い武器を作ったり、とかが目的じゃないみたいよ。なんか便利になる物でも作るって感じだったの」

その言葉に僕は聞いてみる。

「でも作ってたのはやっぱり火に関する魔道具だよね」

するとイフリートは答えてくれる。

「それはそうね。火の魔道具か、その性質を利用した魔道具か。私たちは火の精霊。炎より生まれ、炎と共に生きる者。アツアツの炎の中でも生活できるし、火は私たちの力の源。そうした私達の性質を利用した魔道具かもね。大きな炎から小さな種火まで、私達にとって火を操る事は普通の事。いくらでも出来るわ。煙も出ないしね」

「そうなの?」

「私達イフリートやジンは元々煙の出ない炎から出来た精霊なの。神秘的な伝承でしょう? その由来に負けない力と精神を心掛けてるわ」

「…」

「なんてね。少しカッコいい事言いたかったけど、まあ火を大切にしてるのは確かよ」

「そうだよね。火は大切だよね」

「分かってくれて嬉しいわ。火と熱、それは命と大地を温める宿り火。力強さの象徴なの」

「お料理やお風呂も火あってこそだもんね」

「うん…なんか所帯じみてるけどそうよ。で、魔道具の話に戻すけど、私の力を貸してそのおじいちゃんの研究に協力する事にしたの。毎回お土産も持って来たりしてくれるし。人間たちのお菓子とかね。クッキーとか、美味しいのよね、人間たちのお菓…」

そんな言葉をハンスが遮る。

「精霊と世間話は珍しい経験で楽しいがちょっと急ぎなんだ。その博士が行方不明なんだ。何か知らないか?」

その言葉にイフリートは驚く。

「ええ!?あのおじいちゃんどこか行っちゃったんだ…」

ローナはなんとか手掛かりを得ようと聞いてみる。

「ここ以外で行きそうな場所とか知ってる?」

「う~ん…行きそうな場所…悪いわね…ちょっと分からないわ」

期待していた答えが返ってこないので少し落胆する僕。

でも隊長は冷静に言う。

「分かった。邪魔をしたな」

「見かけたら麓の冒険者にでも知らせるわ」

そんなやりとりをしたあと、僕らは火山をあとにしたのだった。

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