第3話 自己紹介
宿に着いて早々、二人部屋を二つ取り、隊長とハンスさんの部屋に集まる事になった。
その前にローナと打ち合わせする。ローナが魔族なのを正直に言うかどうかについてだ。
僕は「やっぱり言うべきだね…隠し事はまずいし」とローナに言う。
彼女は「う、そうよね…良いわ、天使相手にも臆することの無い魔族の威厳、見せてあげる」と気合を入れていた。
ただ「でも魔王とかは黙ってた方がいいかな?」と少しだけ弱気になっていたりしたので僕は「まあ…そこは様子を見つつ、成り行きで」と返しつつ「なんだか勘なんだけど、あの天使様は君を魔王だと知ってもいきなり斬り伏せたりしないんじゃないかな?」と言った。
「そ、そう?なんだか目つきが少し怖かったけど…」
「多分平気だよ。さ、行こう」ローナを促してノックをして部屋に入った。
「来たか…」待っていた天使様がポツリと言った。
部屋に入りお互いの自己紹介になった。
まずは天使様。
「ヴァネッサだ。種族は天使。職業はヴァルキリー。以上だ」
非常に簡潔な自己紹介だった。ちなみに天使様は今、輪っかと羽を隠している。なんでも自在に出したりできるそうだ。
曰く、「羽は目立ちすぎる」らしい。でもすごい美人なので結局宿の中でも目立っていた。
次にハンスさん。
「俺の名はハンス。種族は人間、職業は王国付き調停官、なんて聞こえはいいが要は何でも屋だ。武器は使うなら銃がメインだ」
そんな風に言いながら手のひらで銃を表現して見せた。
次は僕の番。
「えっと、名前はラルス。人間です。職業は見習い冒険者かな?武器は今のトコこの剣。勇者になれるよう頑張ります」
なんだか緊張して固くなった自己紹介をする。
そして最後はローナ。
「最後は私ね。名前はローナ。種族は…その…魔族よ」
そんな自己紹介をするローナにハンスさんが絡んだ。
「なんだ、お前魔族って。ホントか?」
「ほ、ホントよ!見なさいこの立派な角。それに羽も尻尾もあるんだからね!」
「はいはいお転婆な自称魔族様ね。その分だと将来は魔王になるんだー!とか言いそうだなお前」
「ムカッ!魔王になるも何も私はローナ・マオースグレーテ15世よ!魔王そのものよ!文句ある?」
…
…言っちゃった。
でも天使様はじっとして動かずハンスさんの態度も変わらなかった。
「ははっ、お前が魔王?魔法すら満足に使えそうにないのに?」
「た、たしかに私はまだ…その…上級魔族試験にも落ちたし…でも、まだまだ未熟だけどゆくゆくは魔界の女王よ」
「うはは、見習い勇者志望に落第魔王のコンビか。お前ら最高だな」
ハンスさんはからかう。
魔王っていうのを本気にしてないみたいだ。でもそれはある意味好都合だった。
一応嘘は吐かないで済んだ事になる。ハンスさんが信じなかっただけだ。
問題は天使様の方だ。僕はそっと表情を伺ってみる。だが天使様は「それではお互いの呼び方だ」そう続けるだけでまるで気にしてはいないみたいだった。
「私の事は好きに呼べ」と天使様は言う。
ハンスさんは「それじゃ、昔に習い、俺は隊長と呼ばせて貰いますよ」と言う。
ローナは天使様に向かって「ヴァネッサだから、ヴァリーとかでいいわよね?」と言ったがハンスさんがまたも絡む。
「このお子様魔族め。略してお子さま族め。おこがましいぞ」と言うが天使様自体が「構わん」と言った。
「ええ?隊長、いいんですか?」
「だから構わん。好きに呼べ。本当に魔王ならば私より身分は上だ。私はヴァルキリーの名を冠してはいるが熾天使から始まる9階位の天使の中では下から数えた方が早い。身分自体は魔王の方が上だ」
ハンスさんは「こんな子供の言う事に付き合ってあげるとは、寛大ですね」などと言った。
そんなやりとりが続いた後、僕は天使様に言う。
「えっと…僕も隊長って呼んでいいんですか?天使様って言うと、周りに人が居る時まずいですよね?一応神官の人達にも他言無用って言ってたみたいなので…」
「あれは半分形式ばった事だ。いずれ噂で漏れる。人とはそういう者だ。ただ、そうだな、天使と呼ばれるよりは隊長、の方が具合がいいかもな。それと、もっと砕けた話し方で構わない。回りくどい方が煩わしい」
「それは、努力します…天使さ…いえ、隊長」
「ああ」
「それと、良ければなんですけど、なんで隊長なんですか?」
僕の問いにハンスさんが割って入る。
「良い質問だ見習い。この人こそはな、太古の昔、天軍の大隊長として名を馳せたヴァルキリー様なんだ。曰く、戦いの女神、曰く、鬼神のヴァルキリー。数々の異名があったが親密な間柄の仲間からはその尊敬から天軍の大隊長という意味で隊長と呼ばれたのだ」
「そ、そんなすごい人だったんですね」そう言うと隊長は「尾ひれがついている。せいぜい中隊を率いた事があるぐらいだ。それにこの現世に顕現している今は能力に制限がある。なんでも頼られると出来ない事もある」と言った。
こうして自己紹介は終わりに近づく。結局隊長以外はそれぞれ名前で呼び合う事になった。
ハンスさんは「副隊長と呼べ。ハンサム副隊長と付け加えてもいいぞ」なんて軽口を言った。
でも僕らの事を見習い、とか呼んだりしたけどまあそれは気にしない事にした。
隊長は挨拶もそこそこに冒険の予定を立てようとする。
「自己紹介はこれぐらいでいいな、ハンス、荷物を見てやれ、私は船を手配する。明日の朝一番の船で出るぞ」
「ファイアフィルドは陸路じゃ無理でしたね、分かりました。おい、ちびっ子ども。装備品を確認してやるぞ、こっち来い」
「ありがとう、ハンスさん」
「ハンスでいいぞ、さん付けとか面倒だろ」
「うん…えっと…ハンス、今回の行先はファイアフィルドって言うのかな?」
装備品を確認しながらハンスと旅先の情報について会話する。
「そうだ、火の精霊、サラマンダーが居る大陸だ」
「なんだか熱そうな所だね」
「いきなりハードモードだ、久々に体に鞭を入れるか、ほらよ。旅立ちの祝いだ」
そう言って聖水とか小道具と食べ物をくれる。
「聖水とかは気休めだけどな。それに急な出発だろ?王都の名物も楽しめてない。食事は冒険の醍醐味の一つだ。王都名物デザートのアルテア饅頭だ」
言われた物を受け取る。ローナも「あ、ありがとう。案外良いところもあるのね、ハンスも」と言ったので「案外は余計だ。よし、装備は大丈夫だな。じゃあ食って早く寝ろよ」と言った。
僕らは自分の部屋で戻る。
「ローナ、ハンスは口は軽そうだけど、根は良い人そうだね」
「まあ、そうね…あ、お饅頭、さっそくいただきましょ」
そう言いながら二人で紙袋の中のお饅頭を取り出す。6つほど入っていたので3つづつ。ローナはそれを口に入れ言う。
「…あ、甘くて美味しい」
「うん、美味しいね」
旅の前の一晩の緊張がほぐれていく気がした。
お饅頭も食べ終え、荷物の整理を終え、ベッドに入る。
「お休み」「うん、お休み」と声を掛け合い、目を閉じる。
色んな事があった1日だったのですぐに眠りに入れた。
夢に父さんが出てきたような気がしたけど、どんな夢だったかは覚えていなかった。
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