第2話 降臨
順調に進んだ僕らは王都へと到着する。
城壁に囲まれた都市。
アルテア大陸の首都、アルテアだ。ここにある教会でこの大陸の冒険者希望者は洗礼を受けるのが習わしだ。
門をくぐり城下町へ入る。
大きな通り、連なるお店。僕の居た村とはやっぱり全然規模が違う。
通りには人が溢れ、活気に満ちている。
僕の方はなんだかそのスケールに圧倒されがちだったけどローナは違うようだ。
「すごいわね。あれは…パンやお菓子のお店かしら…こっちは…」
賑やかな露店などでローナは目移りしてるようだった。
「ね、ね、あれおいしそう、あ、アレも!」
僕の故郷では見たことの無いような品物が並ぶ。
野菜や果物に限らず、お菓子にパンなど・・・
それらも華やかさがある。お菓子には色々な種類があり、パンには見たことは無いが美味しそうな具材がたくさん詰まっていた。
僕も食欲をそそられたがここへ来た目的の為にグっと堪える。
そしてローナに言う。
「食べ物は後でね。まず教会へ行かないと」
そう言いながら目的の場所へ促す。
教会はこの王都のどこかに併設されている。
そこで行われている洗礼の儀式の手続きをしなければ。
よだれを垂らしそうな顔になっているローナの手を引っ張り教会へと向かった。
道行く人々に教会の場所を聞きながら進む。
やがて王都の一角にある教会にたどり着いた。
教会の敷地は大きな囲いの中に神社で言う参道のような大きな道があり左右に小さな建物がいくつかあり、道の一番奥に大聖堂があった。
そして敷地には結構な人が集まっていた。今日の洗礼希望者なんだろうか。
ローナが「結構希望者が多いのね。全員勇者希望なのかしら?」と聞いてきた。
「う~ん、どうだろう、単なる冒険者としての洗礼や危険の少ない職業希望の人も居るとは聞くけど…どうなんだろうね」などと返す。
そんな話をしながら歩いてみる。
ローナが「奥の教会へ入ればいいのかしら?」と聞くので答える。
「まずは受付じゃないかな?」そう言いながら周りを見渡す。
「う~ん…それらしい所は…」
そうしていると人が集まっている小さな小屋を見つける。
ローナも「あ、あれじゃない?」と言うので「うん、行ってみよう」と返した。
そこには人が列を作っており小屋の上の方に”受付”と書かれていた。
やはり受付はここらしい。
列に並び順番を待ち、ほどなく、僕らの番が来た。
そこには担当官とおぼしき男の人が居た。
その男の人は神官姿、ではなく普通の恰好で中肉中背、青年と中年の間ぐらい、30歳前後、いやそれ以上だろうか?そんな人だった。
要は、あまり神職には見えない感じだった。
僕はその人に声を掛ける。
「ええと、すみません、洗礼希望者なんですけど…」
そう声を掛けた人はまじまじと視線をこちらに向ける。
少し間があった。
「…。お前が?洗礼?はは、冗談はよせ。低年齢化は犯罪だけで冒険者まで子供を募集してる訳じゃない」
少し笑いながらそう言う。ローナが怒って言う。
「外見だけで判断とかおかしいわ!あんたこそ神官じゃなくてそこらの冒険者か街の住人みたいな恰好じゃないの!」
すると男の人も返す。
「ふふん。人手不足で臨時の代理をしてるだけだ」
ローナはまだ何か言いたげだったけどとりあえず抑えて貰って、受付の男の人に僕は聞いてみる。
「神聖な洗礼でも代理とかでやるんですか?」
すると男は「ははん」と笑いながら答えた。
「なんだ、お前なんにも知らないんだな、俺はたしかに代理だ。そして儀式には受付担当官として同行はする。だが儀式自体はちゃんと司祭様がやる、ただし洗礼と言ってもそんなすごい物じゃないぞ」
受付の男の人の言葉に僕はびっくりする。
「え、なにかすごいお告げを受けたり、僕が何か宣誓を誓ったり、神聖な力を授かったりするんじゃないんですか?」
するとなんとも残念な否定的な答えが返ってきた。
「ははは、そんなすごい事なんかない。せいぜい、司祭様がお祈りをし、”神より託宣を受けた”とか言いつつ、それをお告げとして洗礼者に冒険や生活の心構えとして伝える、とかなんとかそんな感じで儀式を行うだけさ。今はな」
意外な返答に僕もローナもなんだか呆気に取られて言葉が無かった。
そんな僕らに受付の男の人は続ける。
「その昔には本物の神や天使が降臨した事もあったらしいが今はそんな大それた儀式じゃない。大体そんな頻繁に神様やら天使様が降臨したらありがたみも無いだろ。」
「そ、そうなんだ…ちょっと事務的なんですね」
「どうするラルス?」心配してローナが聞いてくる。
「でも洗礼を受けるって決めてきたんだ。」そう言って男の人に告げる。
「それでも洗礼を受けます、手続きしてください」
男の人は はあ~ とため息をつきながら
「そこまで言うなら。洗礼登録料1500ギルな。んでここに名前書いて。個別に洗礼するから順番呼ばれたら大聖堂へ行け」
「わ、私も払うのかな?単なる付き添いなんだけど…」
「ガキんちょの同室ぐらいで金取れるかよ。一緒に行け。せいぜい登録料を無駄にしないようにな」
なんだか色んな事が意外すぎてびっくりだったけど、何とかこうして洗礼の儀式への登録は終わった。
受付を済ませた僕らは順番が来るまでは教会の施設内を見て回ったりして時間を潰した。
やがて小1時間後、僕らの番号が呼ばれる。
教会施設の一番奥、大聖堂へ入る僕たち。
重々しい大きな扉をゆっくりと開く。
「…」
僕もローナも荘厳な雰囲気に言葉を失った。
中央の通路を挟んで両方に並べられた椅子…
高く、そして大きな天井…
一番奥の祭壇のような所の更に奥には人の背丈より大きな十字架。
そのバック、天井に近い上の方にはきらびやかなステンドグラス…
今にも神様の降臨がありそうな雰囲気に僕たちは圧倒された。
そんな大聖堂には数人の神官、そして司祭、受付の男の人が居た。
ローナと二人でステンドグラスなどに見とれていると司祭様が声を掛けた。
「さあ、洗礼希望者よ、前へ」
そう言われて前へ出る。
その時だった。
司祭様の後ろの中空が十字架のような形の光を発した。それはとても大きく大聖堂の天井まで届くほどだった。
最初は演出なのかと思ったけど慌て始める神官達の様子でこれがただ事ではない事が分かった。
まばゆい光が大聖堂を包む。目が眩みそうだった。
ローナも「な、なになに?」と慌てる。
やがて光は収束する。そこには目を閉じた一人の天使が居た。その天使はゆっくりと床に降りた。そしてやはりゆっくりと目を開ける。
すごい美人だ。長い銀髪、輝く羽、おとぎ話で見る天使様そのものだった。
ただ表情、というか視線がどこか冷たく、嘘を見抜くという感じのするどい視線を持った天使様だった。
神官達は「おお・・・長きに渡り実現しなかった天使降臨とは・・・」などとざわめいてた。
そんな中、受付の男の人が声を漏らす。
「まさか貴方が来られるとは…隊長…いえ、ヴァルキリー・ヴァネッサ様」
ヴァルキリー・ヴァネッサと呼ばれた天使様は男の人に応える。
「ハンスか」とだけ短く言った。男の人の名前はハンスというらしい事が分かった。
二人のやり取りからどうやらハンスさんは天使様の知り合いのような事が分かる。
天使はざわめく神官達に向き直り「(席を)外してくれ。それと私の降臨の事は他言無用だ」と告げた。
司祭様を残して退室していく神官達。
それを見届け、天使様は僕に向き直って声を掛ける。
「お前が洗礼希望者か?」
「…は…はい!」
あまりに威風堂々とした佇まいに返事が少し遅れてしまった。そんな僕に天使様が続ける。
「言え。お前の希望はなんだ?」
「はい、僕の名前はラルスです。僕は洗礼を受け勇者になりにここへ来ました」
「…」僕のことを品定めするように天使の視線が射貫く。
緊張に耐えられなくなった僕は言葉を続ける。
「まだまだ未熟ですが、一生懸命頑張ります。困っている人を助けたいと思います。だから…」
なんとか無事に洗礼を済まそうと必死になる僕だったが天使様は非情な言葉を向けた。
「ラルスよ、残念だがお前は勇者になれない」
「ぇ…そんな…」
悲痛な表情になる僕だったが救済のような言葉も続いた。
「今はまだな…」
「え?それはどういう…将来なら成れるんですか?」
「分からん、ただ今のお前では無理だ」
「じゃあどうすれば…」
「足りていない。基礎すら出来ていないのだ」
厳しい言葉に僕は黙ってしまう。
でもここで引き下がる訳にはいかなかった。
「教えてください!どうすれば足りない部分を失くせますか?どうすれば強くなれますか?」
「まずは冒険者の見習いから始めろ。それから見習い勇者を目指せ。話はそれからだ」
「は、はい。精一杯頑張ります!でも、誰の見習いになればいいんですか」
「それぐらい自分で見つけろ」
「僕には、教えてくれるような強い冒険者の知り合いはいません」
「ならばそこから始めろ。人脈作りも立派な冒険の基礎だ」
「人脈なんて…」
「辞めるか?別に構わんぞ。わざわざ危険な人生を送らなくても生きていく方法や職業はある」
「でも…僕は…夢を諦めたくはありません」
「…」
見下ろしながら僕を見つめる天使様に、僕は意を決して進言する。
「あなたが…」
「…」
「あなたが僕に教えてください!僕を弟子にしてください。貴方なら出来る筈です。
さっき、あの人が言ってました」
少しだけハンスさんの方を見ながら僕は続ける。
「ヴァルキリー。そう言いました。あの人は。天使様の中でも強い人だというのは分かります。だから、そんな貴方に僕は指導を受けたいです」
そんな風に言うがハンスさんが割って入るように言う。
「おいおい、ちょっといくらなんでも弁えろ、相手が誰だか分かってないだろ」
「でも僕は…」
食い下がる僕に天使様は少し思ってもみないような事を言う。
「お前は少し勘違いしているようだ」
「な、なにがですか?」
「ヴァルキリーの名から強さを想像しているようだが、お前が得なければいけないのは単純な力ではない」
「よく分からないけど、それも貴方からなら学べると思います!どうか…」
でも天使様は僕を突き放すように言う。
「私は行く所がある」
「どこですか?」
「揉め事の解決だ。込み入っているようで見に行かねばならない」
「…僕も」
「…」
「僕も行かせてください!」
そんな言葉に天使様はにべも無く返す。
「今のお前では太刀打ちできない場所だ」
「天使様の戦いを見て勉強したいんです。冒険者とは…勇者とは何なのかを」
「勇気と無謀は違う物だ」
「父さんだったら…見捨てない」
「…」
「父さんは、みんなから頼りにされたって聞いてるんだ。そんな父さんにに追いつくために僕は戦いを学びたいんです。揉めているって事は困っている人が居るって事でしょ?だったら役に立ちたいんだ!」
必死になる僕をハンスさんが止める。
「おい、もうよせ。ちょっと駄々が過ぎるぞ」
でも僕の懇願についに折れたのか、天使様が言う。
「何も出来ないぞ。今のお前では」
「見てるだけも構いません。得る物は探します、自分で!」
「望んだ結果になる保証は無いぞ」
「それでも…次への勉強に繋がるなら!」
「…」
見かねたハンスさんが言う。
「ボウズ、気持ちは分かるがこの人は忙しんだ、お前が思ってるよりはな、だから相手はできないんだ」
でも天使様が言った。
「いいだろう」
ハンスさんが言う。
「な?駄目だって言ってるだ…え?」
天使様は表情も変えず言う。
「そこまで言うならお前にその資格があるか見届けてやる。ハンス、支度しろ。この4人でパーティーを組むぞ」
突然話を振られたハンスさんはびっくりした様子で言う。
「ええっ、俺もですか?ヴァネッサ様!」
「隊長で構わん。以前のようにな」短く返す天使様。有無を言わさぬ感じでハンスさんに矢継ぎ早やに指示を出す。
「宿の手配をしろ。すぐにお互いの装備などの確認だ。司祭よ、邪魔したな。」
そう言いながら歩く天使様。ポカンとしてる僕らに向かって
「何をしてる、早く行くぞ」と告げた。
僕とローナは顔を見合わせるがすぐに大聖堂を出る。
王都への道で2人パーティーだった僕らはこうしてあっと言う間に4人パーティーになった。
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