第15話 新しいもの好きな私と伝統が大事な彼の歩み寄り
大量の紙と布の置かれたテーブルを前に意見を交わす。
「こちらの方が良いんじゃないか?」
「そうですねぇ、素敵だとは思うのですが……。
ドレスの形は今風の方が良いので、代わりにアクセサリーを代々伝わるようなものと、生地を伝統的な織りのものにしてはいかがでしょうか?」
普段は最先端を目指すご令嬢を刺激しないようにしているけれど、自分の結婚式くらいは目立ってもいいでしょうと凝ったデザイン案を指す。
左袖から左胸、腰の辺りまでをレースで作った花を無数に連ねたドレスは近くで見ると、とても華やかで良い。遠くからは楚々とした花嫁に相応しいデザインに見える。
この好きな花を連ねるレースが流行ったりしないかしら。
薄手のショールをこのレースで作って参列した方への贈り物にするのはどうかしら、邪魔にはならなくて宣伝になりそうだわ。
その場合男性にはどうしようかと考えていると指先を持ち上げられる。
「楽しそうだな、何を思いついたんだ?」
目を輝かせているからすぐわかったと笑う。
「このレースで作った小品を参列してくださった方へのお礼にお贈りしてはどうかと思いまして」
「ああ、喜ばれそうだな。
好みに関係なく使えるよう、いくつかの花を組み合わせた物にしたらより良いんじゃないか?」
花束のように、と何気なく返された答えに震えた。
「アーサー様……、最高です!」
ぜひ使わせてくださいと手を握りしめてお願いすると好きにするといいと返ってきた。少し早い返事に表情を窺うと照れなのか視線が余所を向いている。
「それより衣装のデザインは本当にこれで決定なのか」
「ドレスはこれが良いですのが……、他のものがよろしいですか?」
もっと落ち着いたデザインの方が良いのかしら。それともアクセサリーを目立たせたデザインの方が?
少し悲しい気持ちになっていると焦った声で違うと言われる。
「ドレスのデザインはそれで良い、このレースは美しいし君によく似合いそうだ」
いっそベールもそれで作るかと笑みを向けられてさらにイメージが浮かぶ。
顔に掛かるところはシンプルで裾の方に花を散らしたデザインはどうかしら。
全体だと派手に見えてしまうけれどグラデーションのように下部に向けて花を増やせば落ち着いていながらも華やかで良いわ。
素晴らしい品を思い浮かべて、うっとりとアーサー様を見上げる。
素敵ですと伝えると嬉しそうに微笑み、するりと頬を撫でられた。
さらりと触れる手に恥じらいもあるけれど嬉しくて自然と口元が緩む。
甘やかな雰囲気が漂う室内は当然二人きりではないけれど誰も余計な口を挟まない。
「しかし君はいいが、俺は浮いてしまうだろう。
少し今風過ぎて軽薄に見えないか心配だ」
アーサー様の懸念を聞いてデザイン画に目を落とす。
私のドレスに合わせて肩から胸までを違う色の布を使った礼服は、最近の流行りを取り入れた細い襟に腰も細身に絞ってある。
「お似合いになるとは思いますけれど、確かにアーサー様のイメージとは少し違いますね。
ここ、襟の部分をもう少し大きくして伝統的な型に近づけたらどうかしら。
それから切り替える布を同色にして代わりに銀糸を縫い込んだら華やかさは損なわずに落ち着いた雰囲気になると思います」
腰の部分もあまり細身にし過ぎず体格を立派に見せた方が次期当主としての貫禄を感じさせる。
近くに控えて意見を聞いていたデザイナーがそれぞれの提案を反映したものに描き直してくれる。
それだけで随分と印象が変わった。
「アーサー様の実直なイメージを損なわないものになりましたね」
ドレスとデザインを合わせているのは見て取れるけれど、単独で見ても落ち着きがあってアーサー様に相応しい物になったわ。これなら目上の方から挨拶を受ける際にも臆さずいられるでしょう。
伝統を大切にする一族ですものね。あまり先鋭的なものは厭われる可能性もあったのでアーサー様が指摘してくださってよかったわ。
こちらの方がアーサー様に似合いそうだし、実際に纏った姿を見る日が待ち遠しい。
肩にもたれると疲れたと思ったのか少し休憩にしようと告げ、部屋に二人きりになる。
「どうした?」
髪を梳きながら問う声は優しくてどこまでも甘い。
「あの衣装を纏ったアーサー様を見られる日が待ち遠しいと思っただけです」
「俺も楽しみだ。
あのドレスを着た君はとても美しいだろうな」
自慢したいが見せたくないと耳元で囁く声に籠った本気にじんわりと胸が熱くなる。
こんな幸せを感じられるとは思わなかった。
政略結婚でもお互い真摯に向き合えば信頼や情が生まれるとは思っていたけれど。
結婚前から愛しく想うことができるなんて、幸せなことね。
アーサー様の指が私の頤を持ち上げる。
見つめる瞳が柔らかく細められて、ああこの人に愛されているとの実感で胸が一杯になった。
目を閉じると優しく口づけを落とされる。
厚みのある唇の感触がやけに鮮明に感じられて、羞恥よりももっと触れていたい気持ちが強かった。
離れてしまうのが寂しく感じるほどに。
私の目を見たアーサー様が再度落とした口づけはとても長いものだった。
ようやく唇を離したアーサー様が頬にも口づけを落として離れていく。
けれど頤に添えた指はそのままだった。
瞳の奥の奥まで覗くような視線を潤んだ瞳で見つめ返す。
「シャロン、君が俺の婚約者で良かった。
これからもよろしく」
「アーサー様……、こちらこそ。
末永くよろしくお願いいたします」
見つめ合ってお互いにふっと笑みを零す。まるで結婚式の誓いみたいだったわ。
「さて、お互い待ち遠しい日々のために続きを始めるか」
いくら待ち遠しくても結婚式の日付は早められない。
気持ちを切り替えて準備のための話し合いを進めていく。
「そうですね、会場での料理やテーブルセッティングに関してはアーサー様のお好みに合わせた物の方が皆様に喜んでいただけそうですね」
「そうだな。 参列してくれた方への贈り物はシャロンが選んだ方が良いだろう。
領の名産品だからワインも用意するが、新しい品も興味を引き喜ばれる。特にさっき言っていたレースの贈り物はご婦人方やご令嬢を喜ばせるだろうな」
手放しで褒められると照れるわ。
こうしてお互いの良いところを出し合い皆様に喜ばれることを考えるのは楽しい。
きっと両家の両親が求めているのもこういうことなのでしょう。
アーサー様が選ばれたのは最良の縁だったと思うわ。
気が急くのも確かだけれど、その日まで積み重ねていくのも楽しく幸せで。
この人と出会い結ばれる幸運を噛み締める。
一緒にいると楽しいことや新しい発見がたくさんあって、アーサー様と出会ってから私の世界は輝きを増した。
『世界はきらめきに満ちている』
いつも心の中で囁いていた言葉が実感を伴って胸に響いていた。
Fin.
新しいもの好きな私と伝統が大事な彼のすれ違いと歩み寄り 桧山 紗綺 @hiyamasaki
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