第12話 お任せします


 まあクロエ様の家のゴタゴタなんて私には関係ないのですけれど。

 でも乗りかかった船ですから多少の口出しアドバイスならしても良いかなと思っています。


「それで、ジェイク様はどうなさりたいのですか?」


「え?」


 不思議そうな顔をするジェイク様に改めて説明する。


「クロエ様が複雑な事情をお持ちなのはわかりましたけれど、そこからどうしたいのかが大事なのではありませんか?」


 婚約を解消なさりたいわけではないのですよね、と聞くとしっかりと頷いた。


「クロエは不満かもしれませんが、私は彼女を支え守りたいと思っています」


 劇場で見たジェイク様の様子を見ればクロエ様に想いを傾けているとは思えませんが。

 率直に聞くとジェイク様も同意を返す。


「男女の愛情ではないですが、放っておけないと感じるのも本当なのです。

 何も知らず良いように扱われる彼女があまりに憐れで……。

 政略といえど縁のあった仲、せめて私の元で心穏やかに暮らせればと」


「同情か」


「ええ、その通りです」


 現在恋情は抱いていないけれど、あまりに幼気なその様子に憐れみを抱いて保護したいと思っているということね。

 確かにクロエ様のは違和感を覚えるほど。

 劇場で会った時はその有り様を気持ち悪いと感じたけれど、あれが作られたものでないのなら可哀そうなことだと思うわ。

 クロエ様がお母様と一緒に男爵家に戻ってからは決して短い時間ではない。

 元が平民とはいえ裕福な商家だったのだから素地はあるはず。

 なのにあれほどマナーがなっていないのだもの、本人の資質ややる気の問題ではなく必要な教育を与えられていない可能性があった。

 それはつまり教養や社交性を必要としない関係を結ばせるつもりだったと見える。


「クロエ様のお母様は娘を愛してらっしゃらないのね」


 私の発言にジェイク様が目を見開いた。これほど直截に非難を述べるとは思わなかったのでしょう。

 他家のことへ文句をつけるのもあまり褒められたことではありませんものね。

 けれど同じ貴族に連なる令嬢として女性として、己を守り家を盛り立てる武器を持たされず使い捨ての道具にされる彼女を見て義憤に駆られないほど非情でもないのです。


「いいでしょう、ジェイク様。

 私個人として協力をいたします」


 クロエ様を男爵家から引きはがしてジェイク様の庇護下へ寄せる助けになりましょう。

 もちろん直接的なことはできませんが、アドバイスや縁を手繰り寄せるお手伝いならして差し上げられますから。


「よろしいのですか?

 お優しい心に感謝いたします」


「お優しいのはジェイク様の方でしょう。

 クロエ様のために私たちに頭を下げるのですもの」


 同情だけでできることでもない。

 元々謝罪を機に協力を取り付けるおつもりだったのでしょう、その強かさは嫌いじゃないわ。

 私としてもアーサー様としても悪くない縁ね。


「まずは私からクロエ様のご家族へ劇場で騒ぎを起こされたことをお知らせします。

 婚約者であるジェイク様の真摯な謝罪を受けたので大事にはしませんが、どういう教育をなさっているのか不思議に思う、といった内容ですね」


 私の名前で手紙を出すので私の家からの表立っての苦情ではなく、今後気をつけた方がよろしいですよとの注意に留まる。


「きっとジェイク様のところへ仔細しさいの問い合わせがくるでしょうから、あの日あったことを正直にお話してくださればよろしいかと」


 クロエ様のお母様は良くないことになったと気づくでしょう。

 娘にちゃんとした教育も施さずに貴族の真似をさせたこと。

 婚約者のいる男性に娘が言い寄る真似をしたこと。それが自身が話した物語に起因すること。

 クロエ様の身分を整える前に社交界への出入りを許したこともそう、全て身から出た錆。

 きちんと責任を取ってもらわないといけないわ。

 行動を起こしたクロエ様はもちろんだけれど、増長させた方にも。

 ねえ? アーサー様。




 話し合いが終わってジェイク様が帰って行った店内で、途中から話に加わってこなくなったアーサー様へ向き直る。

 表情の乏しい顔がわかりやすく渋い顔になっているのがおかしくて笑いを零す。他の人から見たらまだわかりづらいかもしれないけれど。


「帰ったらやることがいっぱいできましたし、今日はもう帰りましょうか?」


 クロエ様のお家へ手紙を書いて、お父様にも話を通して、他にもいくつか手紙を書かないといけない。

 促すと重々しい雰囲気で立ち上がった。

 色々と思うところもあるでしょうに、いつものように屋敷まで送ってくれるアーサー様。律儀だわ。


「送ってくださってありがとうございます」


「当然のことだ」


 いつもよりそっけない返答なのは気まずいからなのかしら。

 今日はお茶に誘うことはしない。

 聞いた内容が内容だからアーサー様も纏う気配がどことなく険しいものだった。


「では、アーサー様。

 気を付けてお帰りくださいね」


「ああ、君も気を付けて」


 そう言ってさらりと頬を撫でていった。

 自然に行われた行為にわずかに目を見開く。

 ジェイク様に協力すると決めたこと、内心では不快に思っているかもと心配していたのに。

 許された、そう感じたと共に身体から余計な力が抜ける。


「そちらの方はお任せしますので」


 いいのか?と意外そうに言うので軽く笑ってみせる。


「私が口を出すことではありませんので」


 婚約者でしかない者が口を出すのはあまり良いことではない。

 かかった迷惑を思えば許される範囲ではあるけれど、今後を考えたらアーサー様に任せてしまった方が良いのは明白です。

 貴族というのはそれぞれ家門に誇りを持っているものですからね。

 自らそれを汚す人もいますけれど。

 それを正すのはその家門を背負う人が相応しいと思うので。

 お任せしますね、アーサー様?



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