第7話 政略でもうまくいってます
アーサー様にエスコートされきらびやかな会場を進む。
居並ぶ紳士淑女や会場の飾りつけを眺めながら移動し知り合いに挨拶していく。
すると一人の令嬢がこちらに近づいて来た。
アーサー様が耳元で「ミランダだ」と教えてくれる。
この方がミランダ様。
アーサー様の母方の従兄妹と聞いている。そのためか色彩がよく似ている。
オリーブの瞳に敵意を乗せて私を見る、まだ幼い面持ちの少女。
確か私と1つしか変わらないはず。
アーサー様が年よりも上に見えるせいか並ぶと兄妹みたいだ。
「ミランダ、久しぶりだな」
「アーサー様、お久しぶりです!
お会いできてうれしいわ!」
最近ちっとも家に来てくれないんだもの、と口を尖らせる様子は嫉妬よりも微笑ましさを感じる。
「すまないが忙しくて時間が取れないんだ」
アーサー様が私とミランダ様を交互に紹介し、笑顔で挨拶を交わし合う。
隣にアーサー様がいるせいか先ほどの敵意は隠されて表面上はにこやかな笑みを浮かべている。
「あなたがあのシャロン様ですね!
この前まで私のお友達の間ではあなたの噂で持ち切りでしたのよ?」
「まあ、どんな噂かしら。
恥ずかしいわ」
あのお茶会の話ならアーサー様の誤解は解けたので話を持ち出されてもこちらは痛くない。
いたずらな瞳でこちらを窺うミランダ様を軽く躱す。
するとむきになったのか目の中の敵意が強くなり嫌な感じに口元が吊り上がる。
「婚約者の色を自分から纏うことを考えたとか!
情熱的で素敵ですわ」
婚約式や結婚式でもないのにそんなことを言い出すなんてはしたないと言いたげな瞳。
やっぱりミランダ様には嫌われているみたいね。
笑みに恥じらいを混ぜながら言葉を返す。
「発案は私の友人ですけれども、素敵なアイディアだったので私も真似してみました。
少し勇気がいりましたけれど、取り入れて良かったです」
ね、というようにアーサー様に目配せすると無表情を少し和らげてああと賛同してくれる。
「驚かされたが嬉しかった」
アーサー様の表情が理解できるのかミランダ様が驚きに目を見開く。
悔しそうに私を睨むとアーサー様に向かって飲み物を取ってきてとお願いをする。
従兄妹の気安さかアーサー様も何も言わずリクエストを聞いてこの場を離れた。
「あなたどんなつもりでアーサー様をたぶらかしたの」
二人になって取り繕う必要が無くなったと思ったのかミランダ様の表情が不快そうに歪む。
そんな誑かすだなんて、口が悪いわ。
「婚約者としてお互いをわかり合おうと努力しているところですわ」
「だからその婚約者っていうのがそもそもおかしいのよ!
あなたの家は新しい物好きで有名じゃない、アーサー様のトレイル家とは正反対の家風でしょう。
何が目的で婚約を申し入れたの、あなたのわがまま?」
わがまま……。
同格の家同士なのにわがままで婚約が成立するわけがないでしょう。
歴史の長さで言えばアーサー様のトレイル家の方が上ですし。
「父とトレイル家の当主様との間で取り決めはあるのでしょうが、私は詳しく聞いておりません。
察するに正反対だから補うのにちょうどいいと思ったのではないでしょうか?」
シャロンの家は次から次へと新しい品を生み出すことで発展をしている。
順調に利益を得られるようになってきたら次は安定した地盤を欲してもおかしくはない。
反対にトレイル家は観光地として安定した人気を誇るけれど、有名で定番の観光地なだけに物珍しい景色や新しい名物を求めている人には選ばれない。
そこでシャロンの家と手を組むことで新しい風を吹き込もうとしているのではないかと考えている。
「あなたがアーサー様と結婚したいとか言って婚約を結ばせたんじゃないの!?」
「顔合わせをするまで私はアーサー様のお名前しか存じ上げませんでしたし、自身の婚約について父に特に希望を述べたことはありませんわ」
よっぽど酷い人なら文句は言ったと思うけど、そもそも父がそんな相手を選んでくるとは考えていなかったので完全に任せていた。
父が選ぶのなら我が家にとって利のある相手で、なおかつ私にも負担にならない相手だと思っていた。
実際その通りで、最初の印象はともかくアーサー様は実直で私の役割にも理解のある素晴らしい人だった。
自然と緩む口元が笑みを作る。
幸せだと浮かべた微笑みを見てミランダ様が眉を吊り上げた。
「何よ、ぽっとでのくせに!
アーサー様はクロエがずっと好きだったんだからね!
クロエの家の都合で泣く泣く諦めたけれどあなたなんかよりもずっと良いお相手だったんだから!」
「まあ」
意表を突かれて驚きの声を漏らすしかできなかった。
てっきりミランダ様自身がアーサー様を慕っているんだと思っていたのに、親友のクロエ様のために怒っていたなんて。子供っぽい義憤だとは思うけれど微笑ましいわ。
アーサー様へ流した噂を考えればそれだけとも思えないけれど。
どんな感情が発露かは知りませんが、ミランダ様が私の存在を疎んでいるのは確かね。
どちらにしても私とアーサー様の婚約には関係ない。
「そうだとしても私には関わりのないお話ですね。
私とアーサー様の婚約が
仮に過去に想い合った関係があったとしても縁が切れた後のことなど私には関係ない。
そんなものは政略で婚姻を結ぶ貴族なら当たり前のことだ。
「なっ、なんて心の無いことを言うのかしら!
アーサー様やクロエがかわいそうだと思わないの!!」
「全く」
珍しいことでもないし、アーサー様の心の内なんて聞かない限りわからないけれど、特定の誰かに対して未練やこだわりがあるようには感じられない。
すでにアーサー様の中では折り合いがついているのではないかしら。
さすがにそれはかわいそうなので黙っておくけれど。
「何を騒いでいるんだ」
「アーサー様!」
戻ってきたアーサー様からグラスを受け取る。
「飲み物をありがとうございます」
「ああ、君はこの緑の飲み物で良かったんだな」
口に入れるものの表現としては微妙な言い方で差し出されたグラスを受け取る。
「そこはライムグリーンと言ってください。
これはさっぱりしてそうだったのでお願いしたんです。
なにも見たことがない色だから頼んだわけではありません」
新しい物ならなんでも試すと思ってるんですかと文句を言う。
「なんだそうか。
さっぱりしてるのが良かったなら隣にあったレモネードの方が味が薄くて飲みやすいのでお勧めだったんだが」
「アーサー様は食べ物を表現するのがお下手ですね」
味が薄いは悪口にも聞こえる。
豊富な語彙力で飲食物を語るタイプではないとわかっているけれど。
「濃いレモネードは喉が痛くなるので薄めなのはうれしいですね。
また喉が渇いたらそちらをいただこうと思います」
「ああ、いつでも言ってくれ。 取ってくる」
「お手を煩わせるのも悪いので自分で行きますよ」
他に何が並んでいるかも見ておきたいしと考えていると私の考えていることが想像ついたのかおかしそうに目を細める。
「なら一緒に行くか、君のお勧めも教えてくれ」
険悪だった雰囲気に気づいているのかいないのか普段通りのアーサー様に笑ってしまう。
「ええ、皆様への挨拶が終わったら一緒に行きましょう」
なんだか毒気を抜かれてしまうシャロンとは反対にミランダ様はショックを受けたように顔を歪めている。
「アーサー様、そんな心変わりが早い人だったなんて……。
見損ないました!!」
「え?」
戸惑っているアーサー様を置いてミランダ様は早足で去って行ってしまった。
頼んだ飲み物も取らずに。
「何に怒っていたんだ? 意味がわからない。
そしてこのジュースはどうするんだ」
眉を少しひそめて困惑しているアーサー様に苦笑を返してライムジュースに口をつける。
ちょっと濃い。
ミランダ様のために持ってきたジュースを給仕に戻してアーサーの腕を取る。
事前に話していた挨拶しておきたい人はまだ何人もいる。ダンスも1回は踊らないと。
アーサー様を促してやることを済ませていく。その後はつつがなく夜会の時間は過ぎていった。
おすすめレモネードもおいしかったわ。
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