第6話 特別な宝物
飾り付けられながら鏡に映った姿を見つめる。
ドレスアップをするのは楽しい。
夜会でしか身に着けられないような豪華な品やドレスは心を華やがせてくれる。
今日はアーサー様のエスコートでの参加なので特に力を入れていた。
前よりも親しみやすい雰囲気になったアーサー様はきっと褒めてくれると感じている。
なのに少し憂鬱なのはこの夜会にミランダ様も参加すると聞いているから。
悪意にまみれた噂をどうしてアーサー様に吹き込んだのか。
噂を聞いて素直に酷いと思い義憤に駆られて耳に入れたのか、それとも悪意があって私や私の家を貶めようとしたのか、あれこれ考えてしまって落ち着かない。
いずれ親戚になるのだから事を荒立てることにならないといいのだけれど、と小さく息を吐いて心を静める。
アーサー様が迎えに来たと呼ばれる。身だしなみにおかしなところはないか、くるっと回って確認する。
ふと目に入ったガーベラの飾りを手に取る。
違和感なく部屋になじんだ贈り物にふんわりと心が温かくなった。
飾りをきゅっと握りしめてから顔を上げる。
大丈夫。
いつもの笑みが浮かんでいることを確認して部屋を出た。
向かう馬車の中でアーサー様は饒舌に、とは言わないけれど率直な言葉でドレスアップした姿を褒めてくれた。
最初に会った頃の感想の薄さはなんだったのかと思うくらい。
理由を聞いたら納得したけれど。
「君とこうして
これまでは正直何が違うのかわからなくて何を褒めればいいのかわからなかった。
それが君の説明でどこがどう違うのか、産地の違い、新しい技術が使われているなどが理解できて助かってる。
まあ、デザインについては好きか嫌いかしかわからないが」
おかげでそれらを生産している領地にも詳しくなれて話が弾むとお礼を言われた。
確かに服飾に関わる方でもなければピンとこないのは当然よね。
自分の周りが商売に携わる者ばかりなので知っているのが普通だと思っていたわ。
本当、思い込みはダメね。
「夏に会ったときに手にしていた音のする石があっただろう?
あれを産出しているリガート家の嫡男と話をする機会があって、君がブレスレットに加工した石の音がきれいだったと話をしたらいたく感心されていた。
まさか小さく砕いた石を生かしてブレスレットにするなど考えもしなかったと」
「ああ、あれはたまたま工房に見学に行ったときに見たのです。
加工した端材を捨てる際に音が聞こえて、透き通る音が心地よかったものですからそれで何か作れないものかと思いまして。
実現した工房の皆が素晴らしいのです。
水の粒が流れるようなデザインと精密に並べられた石が擦れ合うことによって鳴る音!
あれは最近手にした中でも最上の一品でした」
いつも期待以上のものを作ってくれる皆に感謝しているし、彼らもそれに応えるように手を尽くしてくれる。
なんとありがたいことかと思う。
「最上か、確かにその言葉が過言ではない逸品だったな。
少し悔しいが」
そう言ってじっと見つめてくる瞳に何を言われているのか理解すると鼓動が落ち着かなく鳴り出した。
「もう最近ではないのです」
高鳴る胸をそっと押さえる。
あのガーベラの飾りは最近のお気に入りとは違う。
アーサー様からの特別な贈り物で。
――シャロンの宝物だ。
宝物ですからと私の答えを聞いて目を瞬いたアーサー様がうれしそうに目を細めてすぐ残念そうな表情を浮かべる。
「意図して贈ったものだったが、やはり身に着けられる物を贈ればよかったと思ってしまうな。
主役になれない飾りでも目立たないリボンなどなら着けてもらえたかもしれないのに、と」
「どのみちそればかりは着けられませんし、リボンだけではアーサー様が吝嗇家と言われてしまいます」
体裁というものがあるのでさすがにそれはできない。
「外で見せるための飾りより、普段の私に寄り添ってくれるものの方が大事です」
こうした夜会で見せるための物も必要だし大切だけど、いつも使うペンに付けられて身近に感じられるものの方が幸せを感じる。
私がどう使うかまで考えて送ってくれた品物だから余計に。
「そうか」
珍しくはっきりと笑みを浮かべたアーサー様はちょっと幼く見えて可愛かった。
ちょうど目的地に着いたのでエスコートに従って馬車を降りる。
乗せた手を持ち上げ口に寄せる動きを呆然と見守る。
「では俺に寄り添ってくれるものを選ぶのを楽しみにしている」
準備してくれてるだろうと囁いてアーサー様は手の甲にくちづけを落とした。
キスをされた。
手袋越しであるし、紳士の挨拶としておかしなことではない。
けれどタイミングと、こちらを見つめる瞳の強さがただの挨拶とか礼儀でないことを伝える。
激しく鳴り出した鼓動に、声が震えないようにゆっくりと口を開く。
「私、贈り物を選ぶのは得意なんです」
発した言葉とは裏腹の冴えない声にアーサー様が問うような視線を向ける。
「いつも相手の方に喜んでいただけると確信しておりましたし、実際に皆様喜んでくださいました。
なのに……、アーサー様への贈り物は迷ってしまうのです。
小さな贈り物であればアーサー様は意外と甘い物がお好きなのでチョコレートなどの菓子といつもお飲みになっているサレノ産の茶葉とそれを使ったブレンドティー、気軽に身に着けられる物であれば瞳の色に合わせたタイを最近量産が叶ったフィレモ産のシルクで作らせます。
……それも『正解』だと思うのですが」
今上げた以外にもいくつも『正解』は浮かぶのだけれど、まだ足りない気がして決められないでいる。
贈る相手にあなたへの贈り物で悩んでます、なんて言うこともおかしいわよね。
正直に話すと決めていなければ絶対に口にしない。
まとまらない私の呟きに頬を緩めるアーサー様。
どうしてうれしそうな顔なのかしら。
「嬉しいものだな」
「うれしい、ですか?」
「いくつも『正解』を持っている君が悩んで真剣に考えているのが嬉しい」
それだけアーサー様のことを喜ばせたいと思っている、そう自覚した瞬間に燃え上がるように羞恥が押し寄せてきた。
「君は俺をよく見てるんだな」
恥ずかしさと戦っているとアーサー様がそんなことを呟く。
「甘い物の中でもチョコレートが好きだとかどの茶葉を好んでいるかとか言ったことはないのに」
「一緒にいるんですもの、わかります」
アーサー様は勧められない限りは冒険しないからわかりやすい。それに好みに合ったものだとほんの少し表情がやわらかくなる。
それに気がついてからは、その顔を見るのを楽しみにしていたから。
「ああ、一緒にいる相手をよく見ている君らしい。
俺はまだ君の好きな茶葉を知らないから、今度教えてくれ」
俺もそれを好きになりたいと言ってくれることが恥ずかしくもうれしい。
まっすぐに伝えられる親愛がくすぐったくて。
「沢山ありますけれど覚えてくれますか?」
「そんなにいくつも好きなものがあるのか」
「素敵なものはみんな好きですが、特別に好きなものも一杯ありますよ」
一番新しい特別はあのガーベラの飾り。
――ああ、だからこんなにこだわってしまうのね。
同じくらい特別なものを贈りたいと思ってしまっているから、悩んでしまう。
ストンと理由が胸に落ちると言葉もするりと滑り落ちた。
「私、アーサー様がくれたものと同じくらい特別なものを贈りたいのです」
喜んでもらえる物はいくつも浮かぶけれど、そうではなくて『特別なもの』を贈りたい。
とっても難しいわ。
好みはわかるようになったけれど、まだまだね。
抱えていた悩みがより難問になった気がしてしまう。
困ったわと思っているとアーサー様の様子がおかしい。
「君は本当に俺を喜ばせるのが上手い」
植物園で見せた笑みを向けられて胸が騒ぐ。
もう一度手を持ち上げられてキスをされる。
向けられる瞳の温かさ、手袋越しに触れた熱、すべての意識がアーサー様に集中してしまう。
屋敷を出る前の不安や憂鬱なんてすっかり消し飛んでいた。
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