第5話 相互理解


 あれからアーサー様とは前よりも気軽に話せるようになった。

 お互いに言葉だけは率直に話そうと約束したことで、相手の真意がわかりやすくなったことが良く作用したみたい。

 私もアーサー様も表情だけではお互いのことが理解できなかったから、言葉を尽くすことでもっと相手に近くなった気がする。

 会う頻度も少し高くなってお互いの話をするようになった。

 そうすると不思議なもので、無表情に感じていたアーサー様の表情が少しずつわかるようになってきたのだ。

 大きく表情が変わるものではないけれど「うれしい」とか「不可解」とか「困っている」とか以前なら機嫌が悪いのかと思っていた表情もわかるようになってきた。

 私といるときアーサー様が浮かべている表情の大半は「なぜ?」や「理解できない」が多いのだとわかった。

 けれど説明するとそういう考えかと納得してくれる。

 考えが合うとは違うのだけれど、別の価値観として尊重してくれる。

 それはとても素晴らしいことで。

 気づけば苦手意識はすっかり消えていた。






 お出かけの最後に二人で感想を言い合うのは習慣になった。

 今日はショッピングという名の市場調査だったけれど、私が懇意にしている商会の話をしたりアーサー様の領地の話も聞けた。

 名産品のワインは他領に卸している物と領地でしか手に入らない物があって、愛好家は毎年領地に来てくれるんですって。

 そういう工夫があるのね。おもしろいわ。



 ショッピングを終え、屋敷まで送ってくれたアーサー様が小さな箱を取り出す。


「開けてみてくれ」


 開けると小さなガーベラの飾りが現れた。


 前に好きな花をガーベラだと言ったことを覚えていてくれたのかと嬉しさが湧いてくる。

 同時に、身に着けるには失礼だが貧相だと感じてしまう。

 小指の先ほどの小さな飾りはとても可愛らしい。

 ただこれ1つではドレスに合わず、屋敷の中でさえ使うことが難しい。

 他の髪飾りと一緒に着けたとしても、こちらの方が負けてしまいそう。

 うれしいけれど、扱いに困る。

 率直な言葉を使うと約束しているけれど、これは正直に言っていいものかためらう。

 顔を上げると私の反応を見ていたアーサー様が口の端をつり上げる。


「身には着けられないだろう?」


「え、ええ」


 隠しても仕方ないので正直に答える。

 もしかしてわかっていての贈り物なの?

 意図がわからなくて困惑する私にアーサー様が言葉を続ける。


「君は新しいものを見せる必要があるからいつも同じものは着けない」


「そうですね。

 新商品を身に着けるのは義務のようなものなので」


 私が使うことによって他の方の目に留まり領地の商会や取り引きしている工房が潤うのだから、できるだけ多くの品を見せたいと思っている。


「あと君はよく手紙を書く」


「ええ」


 お茶会の招待状やお礼状、遠方でしばらく会えていない友人にも手紙はよく書く。

 アーサー様にもエスコートのお礼状は毎回書いている。


「商会に依頼や指示をする関係で書類も書くだろう」


「ええ毎日のように」


「アイディアをまとめるノートや日記なども書いている」


「もちろんです」


 何が言いたいのかと眉を寄せる。

 アーサー様がこんな回りくどい言い方をするのは珍しい。


「俺も考えたんだ。

 君は同じ品を何度も身に着けはしない。

 たとえそれが婚約者からの贈り物であっても」


 申し訳ないとは思いつつ頷く。

 婚約者と仲が良いと見せるのは当たり前のことだけれど、度が過ぎれば嫌がられる。

 主に上手くいってない令嬢やご婦人方から。

 突出しすぎると妬まれ恨まれるのが貴族社会というものだ。

 だからシャロンも新商品をとっかえひっかえしていても、高いものばかりは使わない。

 少し買い足すだけで印象が変わるもの、季節で気分を変えて使うもの、それらを中心に扱っているからこそ睨まれず便利な広告塔でいられている。


 それはさておいてこれは婚約者からの贈り物として微妙だ。

 それとも他の品物に埋もれてしまってもいいから身に着けておいてほしいという意思表示でしょうか?

 いえ、季節があるからいつもは着けられないわ。

 自問自答しているとアーサー様が淡々と説明をしていく。


「小さい飾りだからペンにも付けられるだろう。

 書き物机の飾りとして置いても良い。

 あとはそうだな、ベッドサイドのランプの紐とか」


 毎日目にする場所で使えばいい。

 そう言われてるようで頬が熱くなる。


「寝室に置いてほしい、は紳士の発言としては少しおかしい気がしますわ」


 恥ずかしくて反論に力が入らない。


「ああ、そうだな。

 失礼した」


 自室のベッドサイドのランプを思い浮かべて頬を押さえる。

 眠る前でも思い出してほしい、とは一言も言っていない。

 けれどランプを消す際に目にしたら思い出してしまうし、灯りを消した後もアーサー様のことを考えてしまうでしょう。


『夢の中でも会いたい』


 小説の中でも現実の口説き文句でも定番のセリフだけれど。

 そんなことを言われたよりもずっと恥ずかしくて。

 ずっとずっとうれしかった。


 淑女としては喜んではいけないのだろうけれど。

 鼓動が激しくなるごとにうれしさが広がっていく自分を誤魔化すことはできなかった。




 ◇◇◇




 足元も思考もふわふわした感覚が抜けなくて困る。

 お礼の手紙を書こうと文机へ向かっているのに、全く進まない。

 いえ、ペンは進んではいるのだけれど、気が付いたらお礼状の形式を無視した枚数になってしまっている。

 ちらりと机の上に置いた飾りに目をやる。

 明るいオレンジ色のガーベラは私が一番好んでいる色だった。

 偶然なら好みが合うみたいでうれしい。

 調べてくれたなら私を思って贈ってくれたことがうれしい。

 どちらだとしてもうれしいことに変わりはない。

 こんなに胸が騒ぐ贈り物は初めてでどうしていいかわからなくなる。

 奥にしまいこんでしまいたい気持ちもあるし、常に目に入るところに置いておきたい気持ちでもある。

 考えた末に手紙を書くときにいつも使っているペンのトップに付けることにした。

 いつも目に入るし、これなら書き物をしているときは気にせず集中できる。

 書き物に集中できないのは困るので。

 これならアーサー様の望みにも応えられる。

 はっきりとは口にしなかったけれど、いつも目に入るところにと言ったアーサー様はどういうつもりでこれを贈ったのかしら。

 寝室に置いてほしいは冗談かもしれないけれど。

 ランプは私以外も触るので嫌だと思った。

 誰にも触らせたくない。

 これが独占欲というものなのかしら。

 灯りに照らされて彩度を強めたガーベラを見つめていると胸が苦しくなる気がした。

 特別なものが増えたわ。


 初めて、自分で見つけたものじゃない特別。

 理由を聞きそびれてしまったわ。

 なぜ贈ってくれたのか知りたい、そう思ったのに。

 どうしてか理由は聞けなかった。



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