第3話 植物園日和


 約束の日は前日までのぱっとしない天気とは打って変わって日差しの降り注ぐ良い天気になった。


「絶好の植物園日和ですね」


 パラソルを開いて芝生に降り立つ。

 風がパラソルに施したレース飾りを揺らす。

 見上げた空は青く晴れわたり気持ち良い。


「しかし少し日差しが強かったか」


「これくらい大丈夫です。 気持ちの良い日差しではないですか」


 あのお茶会の方々を含め、他の方にも好評をいただいたパラソルを使う良い機会ですし。


「その新作を使う良い機会だし、か?」


 心の中をぴたりと当てられて目を瞬く。

 アーサー様は小物の変化などによく気づいてくれる。

 興味なさそうなのに、意外だわ。


「もう新作ではないのですけれど、お気に入りなのです。

 使えてうれしく思っていますわ」


 つい余計な一言を付け加えてしまった。

 アーサー様が眉間に皺を寄せる。


「そういえばそれは君が広めたとか、であれば確かに君にとっては新作とは言えないな」


「いえ、失礼なことを」


 今のは本当に余計な一言だったわ、気を付けないと。

 気を取り直して腕を差し出す彼に手を添える。

 さらりとした手触り、この前よりも涼しげな生地に変わっていることに気づく。

 今日は薄いグレーの衣装に小物は青、いつもきっちりとした着こなしをしていてそれがよく似合う。

 花が映えるようにくすんだブルーのドレスを選んだ私と色味が合わせたように馴染んでいた。


 園内に入ってすぐに目に入ったのは真白い薔薇。

 小さめの品種で、どこの家の庭にも咲いていると言われるような人気の品種だ。

 くるりと巻いた花びらが可憐で見ているだけでほほえましい気分になる。


「美しいですね」


 ゆったりとした時間が流れている。

 園内が広いため他の人と距離が離れているのも良い。

 ぜひ喜んでくれる人に教えなくては。

 そんなことを考えていると懐疑的な声が降ってくる。


「本当に楽しんでいるのか?」


「ええ、もちろん」


 花そのものが多くの人に好まれていることはもちろん、意匠としても好まれている。

 これだけの種類を一度に見られるよい機会だと思っているし、とても楽しい。

 ランプのように下を向いた花、貴婦人のドレスのようなひらひらとした花びらを持つ花、星のような形をした花、どれも美しく様々な白を纏っている。

 進むごとに違う花が迎えてくれる空間は誰もの目を楽しませるだろうと思えるほど。

 大きな鉢植えに咲いているのは隣国の国花である蘭の花。

 すべすべしていそうな花びらを触りたい衝動を抑えつつ通り過ぎる。

 次いで現れたのはため息が出るほど見事な大輪の百合だった。


「素晴らしい百合ですね」


 一輪だけで人を引き付ける華やかさ。

 私はあまり百合の香りが好きではないのだけれど花自体は美しいと思う。

 それにしても見事だわ。


「香りが強いのであまりそばには置きませんが、美しいと思います」


「そうか、俺もあまり得意ではない」


 あら、初めて共通点が見つかったわ。

 小さなことだけれどなんだかうれしい。


「そういえば君の好きな花はなんだ」


「特別に思い入れのある花はありませんが、強いて言えばガーベラでしょうか。

 花の形がかわいらしいと思います」


 色も明るい色で好きだわ。


「意外だな。

 もっと薔薇などの意匠として好まれそうな物を好いているかと思った」


 言い当てられてふっと笑みが零れる。それも当たっているわ。


「もちろん好きですしよく使いますが、それは私の好みとは違うではないですか」


 それもそうか、と小さく笑みを浮かべる。珍しい。

 どことなく和やかな雰囲気の婚約者に不思議な気持ちになる。

 いつもしかめ面ばかり見ている気がするのに。

 花が好きなのかしら。


「アーサー様は花がお好きなのですか?」


「花が好きというかトレイル家の領地は緑が多いからここは落ち着く」


 風光明媚な観光地として人気なトレイル領で育ったアーサー様は自然の中の方が落ち着くという。

 ちなみに我が家の領地は交通の便が良いことを生かして商業が盛んなことを除けば特筆することのない街だ。

 政略で結ばれた婚約者でなければ会話を交わすこともなかったでしょうね。

 友人になるには違い過ぎる。




 奥の庭園まで来るとテーブルが用意されていて、ここがカフェになっているみたい。

 給仕に慎重にパラソルを預けて席に着く。

 他のテーブルにも誰もいない。貸し切りみたいで贅沢だわ。

 提供されるメニューも花をあしらったものが多い。

 企画展に合わせた限定メニューの白い花を象ったチョコレートと紅茶に決めるとアーサー様はまだ決めかねているみたいだった。


「こちらはいかがですか? シンプルで美味しそうですよ」


 花びらを散らしたチョコレートケーキを指すと少しの間があってそうすると答えて注文を済ませた。

 もしかして可愛らしい見た目のケーキに逡巡していたのかしら。

 じっと顔を見つめるといつもと同じ不機嫌そうにも見える視線が返ってきた。不躾だったかと視線を外す。

 お茶が運ばれてくるまで今日の企画展の感想を伝える。

 連れてきてもらってよかったわ、色々な学びがあって本当に有意義な時間だった。

 運ばれてきたケーキとチョコレートがテーブルに置かれる。

 アーサー様の前に置かれたチョコレートケーキは焼き上げてもしっとりとした味わいを残したもので、その周りを鮮やかな花びらが彩っている。華やかで素敵。

 これは喜ぶ方が多いわ。

 私の前に置かれたチョコレートも花びらが精巧で綺麗。口に含むと濃厚な甘みが広がった。

 チョコレートケーキを口にしたアーサー様も表情をやわらげ……、てはないけれどどことなくうれしそうな雰囲気を感じた。

 口元に浮かべる笑みが自然なものなのを自覚する。

 一緒にいてこんなに和やかな気持ちになるのは初めてかも。

 緑を揺らす心地よい風が通り抜けていく。


 穏やかだった空気が張り詰め出したのは追加で頼んだ花の香りがするお茶が運ばれてきた頃だった。



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