第2話 令嬢たちのお茶会


 屋敷に戻ってすぐに手帳を開き思いついたことや感じたことを書き留めていく。

 今日も得ることの多い一日だったわ。

 アーサー様と出かけた後はいつも閃きが溢れてくる。

 きっと興味の方向が全く違うから新しい気づきがあるんでしょうね。

 なので一緒にいるのは総評すると楽しい。

 向こうはどうなのかと時々考える。

 不満気な顔をすることも多いけれど婚約者として尊重してくれるし、博物館のチケットを用意してくれたのも彼だ。

 いつもちゃんと屋敷まで送ってくれる。

 どれも婚約者として当たり前のことではあるけれど、婚約した段階からお互いを尊重せず結婚しても不仲だったり、婚約破棄に至る人もいると聞く。

 それに比べたら誠実な態度だと思う。

 別れ際にもらった植物園のチケットを指先で撫でる。

 2か月後の企画展は近隣諸国から集めた白い花がテーマで、庭園では花をあしらったテーブルでお茶もできる。

 こうして事前に教えてもらえると準備がしやすくて良い。当日の衣装は白を外して考えないと。

 今度のお茶会で披露するつもりの新商品が映えそうだわ。売り出しにも力が入る。

 ぜひ今日のお誘いの話とともに勧めましょう。せっかくの機会だもの。

 予定表にすることや用意するものを追記していき、終わった頃にはすっかり夜になっていた。




 ◇◇◇




 出されたお茶を味わい茶器を眺める。

 白い肌に細い金の線と紅色で描かれた花が一面に咲いている。

 素敵な品だわ。

 白磁にうっとり見とれていると向かいの席から声をかけられた。


「その茶器、気に入ってくださって?」


 淡い紅色の花びらが中心に行くにしたがって濃く変化していく様は見事の一言に尽きる。


「ええ。 繊細で本当に美しいです」


 美しい品に自然と綻ぶ顔で告げると主催者のメリッサ様もうれしそうに笑う。


「うれしいわ。 最近のお気に入りなの」


「シャロン様のおっしゃるとおり本当に華やかで美しいですわね」


「さすがメリッサ様ですね、確かな審美眼をお持ちで羨ましいわ」


 次々に賞賛の声が上がるとお互いの持ち物に話が移っていく。


「その扇涼し気で良いですわね。

 白いレースが美しいわ」


「ええ、シャロン様の身に着けていらっしゃる物は本当にいつも素敵」


「ありがとう。 このレースと石の組み合わせは私も気に入っているの」


 広げて見せると細やかなレースが涼やかな印象を与える。

 飾りとして入っている石も水色と涼しげな色のため、夏まで長く使える品だ。


「本当、素敵ね。

 水色は涼しげでいいけれど、他の色もあるのかしら?」


 メリッサ様も興味を示す。

 彼女が持てば他の人にも一気に広まる。

 気に入ってくれれば良いのだけれど。


「家に持ってきたのはこの色だけでしたけれど、石は好みで変えてくれるそうです」


 石の色が違えばまた印象が変わってその人らしい品になりそうね。


「私だったら桃色が良いわ。

 今日の茶器の色とも合うし、好きな色を身に着けたいもの」


「ふふ、メリッサ様は本当に紅色や桃色がお好きですね。

 はっきりした色がお似合いですから石を変えられても素敵だと思います」


 色を取りそろえるように言っておかないと。

 使えそうな石を頭の中で挙げていると頬を薄らと染めた令嬢と目が合った。


「わ、私はもう少し濃い青にしようかしら」


「それ、あなたの婚約者の色よね、素敵!」


 きゃあと華やかな声が上がった。

 婚約者の色の物を身に着けたいと語る令嬢に仲が良くてうらやましいと口々に言う。


「それでしたら……、石をもう少し小さい物にしてレースに散りばめたらどうかしら?

 重い印象にならないし、耳元で『この扇を見ていつも貴方を思い出しています』なんて囁いたら婚約者の方もくらっとしてしまうのではありませんか?」


 先ほどよりも大きな声な歓声が上がった。

 貴方の色に染まりました、心が貴方でいっぱいです、と意味を持たせるのも良いわね。

 他の方も目を輝かせて自分の婚約者の色について話し合っている。

 意図しない方向になったけれど、十分な話題になって良かった。

 きっと石を変えてほしいという依頼が殺到するわね、帰ったら商会に連絡をしないと。

 頬を染めて婚約者の話をしている方たちを見ているとこちらもふわふわした気持ちになる。

 石を婚約者の色にする、その発想はなかったわ。


「次会うときはオリーブ色の石で行こうかしら」


 オリーブオイルのような緑がかった黄色の石。

 白いレースと合わせてもおかしくはないし、場所にも合う。

 涼しげな色ではないからレース部分には何も入れないで、柄にひとつだけ石を入れたら良いかもしれない。

 そうね、手で隠れる場所なら目立たなくて良いわ。

 全面に色を入れたものは嫌がられそうな気がする。

 嫌な顔をされたら、さすがに悲しいわ。

 私らしくもないし。

 ないわね、と結論付ける。


「シャロン様も婚約者の色の扇を?」


 好奇心と期待に満ちた目を向けられる。


「ええ、植物園に誘われていまして。

 まだ先のことなので衣装を迷っていたのですけれど皆様のお話が素敵で真似したくなってしまいました。

 でも恥ずかしいのでこっそり色を入れた物を持っていこうかと」


「まあ! そんなこと言って、隠しておいて驚かせるつもりなんでしょう!」


 いつもと同じ装いに見せてここぞというところで婚約者の色を見せて喜ばせる作戦でしょうと言われてしまう。

 そんな高等な技術は思い浮かべてもなかったわ。

 そもそもアーサー様がそれを喜ぶとも思えない。


「そんな、違います」


 恥ずかしそうな表情を浮かべて動揺をごまかす。

 そんなつもりはないと説明しても盛り上がって話を聞いてくれない。

 結局お茶会の最後までからかわれて非常に消耗した。

 でも目的は達したわ。

 好きな色と婚約者の色でそれぞれ注文したいと言う方もいて評判は上々だわ。

 精神的な疲労と引き換えではあったものの、大成功と言っていいでしょう。

 ええ、とても、とても疲れたけれど。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る