新しいもの好きな私と伝統が大事な彼のすれ違いと歩み寄り
桧山 紗綺
第1話 世界はきらめきに満ちている
私は新しいものが好き。
店頭に並ぶキラキラしたアクセサリー。
いつものカフェのメニューのトップに描かれた季節限定の可愛らしいケーキ。
職人たちが試行錯誤を重ね生み出した新色のガラス容器。
どれも胸を躍らせてくれる。
御用達の商人が持って来た春らしい色のワンピースは今の季節に合わせた品物。同時に
「やっぱりあなたたちの持ってくる物は素敵ね。
特にこの繊細な白のレースに水色の石を合わせた扇は涼しげで美しいわ」
値段のことを言うのは野暮なので口にはしないが、左程値の張らない石を使った品のため下級貴族や裕福な商人でも手に入れられると言うのも素晴らしい。
執事に目配せをして持って来た品すべてを購入することを伝える。
ほっとした様子の会頭に笑みを向けて今後の予定を知らせる。
「今回は本当に素晴らしい品ばかりでうれしいわ。
早くお友達に見せたいのだけれど、お披露目できるのは早くて再来週のお茶会かしら」
天候に恵まれれば初夏向けの品物を身に着けていてもおかしくはない。
早く話題になればそれだけ注文を多く受け付けられる。
つまり、それまでに十分な数を用意しておくようにという意味だ。
会頭も長い付き合いなので心得ていると頷いた。
「工房の者もはりきっておりますので、シャロンお嬢様のご期待に応えられると思います」
「そうね、期待しているわ」
商会とともに工房とも長い付き合いなので信頼している。
そろそろごほうびを用意しようかしら。
今回の品物の売れ行きが良ければ通常の報酬とは別に臨時報酬を出しても良い。
期待以上の品を作ってくれる職人は大切だし働きには報いたいもの。
そのためにも次のお茶会では新作を広めてこなければと思いながら商談を進めた。
◇◇◇
春らしい色のワンピースを身にまとい街に下りる。
この間買った物ではなく春が始まる前に注文していた物で、綻び始めたばかりの花のような淡い色合い。
合わせて柔らかな印象を与える淡い金色の髪も可愛らしくふんわりと巻いて下ろしている。
少々甘い印象になり過ぎかとも思うけれど、今日は婚約者との逢瀬なので可愛らしく装うことに否やはない。
変装みたいで面白くもある。
待ち合わせのカフェで10分ほど待ちぼうけていると給仕に案内された婚約者がやってきた。
オリーブグリーンの髪にほんのり緑がかった金色の瞳。青の混ざったダークグレーの衣装がよく似合っている。婚約者と会うには大人しめの格好だけれど、カフリンクスに遊び心があって衣装を選んだ者の苦心が見えた。
邪魔が入らない個室なので婚約者も取り繕うことのない自然な姿を見せている。
正確に言うと取り繕うこともしない無表情で、だ。
「お久しぶりですアーサー様、二月ぶりですね」
注文をすませて座ったところで挨拶をすると相手も素っ気ない挨拶を返してくれる。
顔合わせをしてから半年以上経つが、ほぼ無表情としかめ面しか見たことがない。
もう少しにこやかにできないものかしら。
浮かべた笑みの裏側でそんなことを考える。
どんな相手に対しても笑顔を忘れるべからずと教えられて育ったシャロンからすると、社交用の笑みすら浮かべない、それだけで否定をされている気分になってしまう。
それはこちらの勝手な気持ちだとわかっているけれど。
「ああ、忙しくてなかなか時間が取れなくてすまないな」
「忙しいのはお互い様ですから、お気になさらないでください」
嫌味ではなかったのだけれど婚約者は僅かながら顔をしかめ、そして私を見て嘆息をした。
「また新しい服やアクセサリーを買ったのか?
君は本当に新しい物が好きだな」
変化に気づいてくれるのはうれしいのだけれど、苦言めいたことを言われて困ってしまう。
「成長期ですので、去年の物は着れないのですよ」
「そうか? そんなに身長が伸びる歳ではないと思うが」
「ふふ、男性のようには変わらなくとも私も成長しているのですよ」
身長がさして変わらずとも歳が一つ上がれば纏える衣装の丈が変わる年齢なのですから、決して散財ではないのですけれどね。
相変わらずの様子に笑みに呆れが滲みそうになる。
同じ伯爵家でも歴史ある古い物を愛する婚約者のトレイル家と新しい物好きで知られ、自ら商会と共に商品を企画開発し世に広めることを得意とする我が家。時に商人貴族とも揶揄される私の家とは全く違う家風のせいか、彼は私が気に入らないよう。
どうも会うたび新しい物を身に着けている浪費家と思われている気がする。
私は歴史のある物も嫌いではない。
より新しいものを好んでいるというだけであって、古いものを馬鹿にしているわけでもないのだけれど。
あからさまに嫌そうな態度を取られればいい気分がしないのは当然だった。
挨拶を終えたところで頼んだケーキが運ばれてくる。
私の前には季節のフルーツを使ったケーキ、彼の前に置かれたチョコレートケーキはこの店の名物だ。
花のように飾られたフルーツは目にも楽しい。フルーツの甘酸っぱさと生クリームの甘さを楽しんでいるとチョコレートケーキを一口食べた彼が満足そうに頷く。
「やはりこの店のチョコレートケーキは絶品だな。
君も当たり外れの多い新作ではなくこれにすればよかったのに」
絶品なのは知っているわ。よく食べるもの。
「ここのチョコレートケーキは本当に美味しいですものね」
同意して頷くと意外そうに彼が眉を上げる。
「でも広く愛されているがゆえにお茶会などでもよく提供されるのです。
先日お邪魔したお茶会でいただいたので、今日は違うものを食べようと思いまして」
「そうか、人気があるとそういうこともあるか」
納得したのかそれ以上何か言うことはなく大人しくケーキを味わい店を後にした。
今日の行先は博物館。お互いに楽しめる場所、ということで選ばれた。
静かな館内は沈黙していても不自然ではない。
あまり会話の弾まない婚約者たちにぴったりの場所だった。
80年前一時期だけ流行ったデザインの陶磁器をじっと見つめる。
埋め込まれた宝石に絡む金の模様が重厚な印象を与え歴史を感じさせた。
ここまで濃い色ではなく、淡い緑や青に明るい金で装飾をするのはどうかしら。
食器に加工しても良いし小物入れなんかでもきっと素敵だと思う。
浮かんだアイディアを早く書き留めたい。
逸る気持ちが心地良く、楽しい。
『世界はきらめきに満ちている』
新しい商品のイメージが浮かぶとき、たまたま立ち寄った店先で素敵な品物を見た時、新作の舞台で想像もしなかった感動に出会えた時、ときめきと共にそう思う。
こんな素敵なものがあったの、と誰かに教えたくて、共有したくて、仕方ない。
私が商会を多用するのもそれが理由のひとつ。
けして暇つぶしや無駄遣いをするためではない。
あまり理解してもらえないのは悲しいことだけど。
少し先で絵画を眺めている婚約者に目を向ける。
150年ほど前に描かれた油絵には薄水色のドレスを着た少女が描かれている。
やけにじっくり見ているなと観察していると、視線を察した婚約者の目がこちらに向いた。
「どうした、次の部屋に行くのか?
まだ数点見ていない展示があるから少し待ってくれ」
婚約者を置いて別々に見回るのも外聞が悪いからな、と言葉にしてもいない部分を読み取ってしまうのは私の性格が悪いからかしら。
思考を誤魔化すように質問を口に乗せる。
「いえ、その絵がお気に召したのかと思いまして」
画家の代表作の一つではあるけれど、さっきの部屋にあった絵の方が有名なのにと不思議に思っていると彼の口から理由が語られる。
「この絵のここに使われている赤があるだろう」
そう言って絵の端に描かれているカーテンを指す。
「ええ、重厚な赤色ですね」
「この絵の具に使われている鉱石は、昔我が領地で産出されていた物だ。
天然の鉱物赤は今は珍しい」
「そうですね、取り扱いに注意がいるせいかほとんど流通していませんから」
鉱物を削り作る鉱物絵の具は美しくとも扱いが難しく、今では使う人が少ない。余程色にこだわっている人くらいだ。
「ああ、毒性があることは画家の間では知られていたが一般に知られるようになったのはこの絵が始まりだ」
驚いて絵を見上げる。
それではこの絵は。
「絵の具に興味を持った少女が触って爛れたことがきっかけでこの赤は廃れた。
今でもこの鉱石を使った絵の具は細々と需要があるが、許可された者しか使えないからな」
肖像画を描かれるような、つまり高貴なお嬢様の手を傷つけた罰として画家は筆を折られた。
悲劇の画家と言われ才を惜しまれた彼が切っ掛けで絵の具に使われる成分が調査され、人体に害を与える物は製造や流通に制限が掛かるようになった。
その切っ掛けになった鉱石を産出していたのが彼の家だったなんて驚きだわ。
当時は大変だったのではないかしら。
「人体に害があるのは乾く前の絵の具の状態だから絵は無害だというのに、当時その絵の具が使われた絵を廃棄する動きがあったようだ」
「それでトレイル家は保護に動いたのですか?」
彼の家の領地は観光地として有名だけど、風景だけでなく絵画などを集めた展示も人気だと聞いたことがある。
「ああ、一時的に忌避されようと失われるのは惜しいとな」
「素晴らしい功績です。
それが今日の伯爵家の名声に繋がっているのですね」
本当にそう思ってるのかと疑わしそうな目でこちらを見る婚約者。
その素直さを私は結構気に入っている。
あとは真面目で頑張り屋、とかが気に入っているポイントね。顔も好みだわ。
嫌いなところより好ましく思えるところをたくさん見つけておきたい。
いずれ結婚する相手だもの、嫌なところを疎むより美点を愛でる方が楽しいと思うの。
何も言わずに腕を差し出す婚約者。
残りの展示品を軽く見て次の部屋へ向かおうということですね。
不満や不信があると黙ってしまうところも可愛いわ。
好きではないところも一杯あるけれど、可愛く思えるところがあったり、好きなところをまだ見つけられるから。
にこっと微笑みかけて腕に手を乗せる。
わずかに眉を顰めたことには気付かないふりをして次の部屋へ足を進めた。
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