愛と平和

 ぶつかり合う剣と拳。真緒とサタニア、二人の剣とエジタスの拳によって、周囲に強烈な衝撃波が広がった。



 「うわっ!?」


 「ご、ごれは!?」


 「ふ、吹き飛ばされる!?」


 「くそっ!!」


 「皆、一度体制を立て直すわよ!!」


 「コレホドノ……ショウゲキハトハ……スサマジイ……ブツカリアイダ」


 「サタニア様……直ぐに助けに戻ります……」



 真緒、サタニア、エジタス。三人のぶつかり合いによって発生した強烈な衝撃波が、押し出していた波を打ち崩した。波を足場に押し出されていた残りの七人は、一度体制を立て直す為にその場から少し離れた。



 「スキル“乱激斬”!!」


 「“ブラック・ファンタジア”!!」


 「…………」



 その間にも、真緒とサタニアがエジタス目掛けて攻撃を仕掛けて行く。サタニアの魔法で生成した無数の黒い玉が、エジタスの体を取り囲み、真緒のスキルで放った無数の斬激が、エジタス目掛けて襲い掛かる。それと同時に、取り囲んでいた無数の黒い玉も一斉に襲い掛かった。スキルと魔法、二つの攻撃がエジタスに着弾し、辺り一面に煙が立ち込める。



 「決まった!!」


 「僕の“ブラック・ファンタジア”で動きを制限し、マオのスキルと同時に攻撃を開始する……これが、僕とマオのコンビネーションアタックだ!!ちょっとは効いたでしょ?」


 「……あぁ、そうだな……ちょっと効いたよ……ほんのちょっとな……」


 「「!!!」」



 立ち込めていた煙が晴れると、エジタスの体全体が、骨で出来た鎧に覆われていた。真緒とサタニアの二人が放った攻撃は、エジタスの骨の鎧によって防がれてしまった。



 「それじゃあ、今度はこっちの番だ!!」



 そう言うとエジタスは、右腕を大きく振りかぶると、二人目掛けて右拳を勢い良く突き出した。



 「あ、危ない!!」


 「あんなの当たったら一溜まりも……な……!!?」



 その瞬間、サタニアは巨大な拳に殴られて、勢い良く地面に落下した。



 「サタニア!!」



 真緒は、サタニアの安否を心配しながら、重力に身を任せる様に自然落下して近づく。



 「サタニア!!大丈夫!?」


 「な、何で……確かに……避けた筈なのに…………」



 避けた。サタニアは、迫り来るエジタスの巨大な拳を確かに避けた。しかし実際、サタニアは巨大な拳に殴られて、勢い良く地面に落下した。



 「おいおい、忘れて貰っては困るな……俺は“骨肉魔法”の使い手……ありとあらゆる行為を可能とするんだぞ?」


 「う、嘘!?」


 「腕が……“増えてる”!?」



 二人が目にしたのは、エジタスの突き出した右腕の後方、肩の辺りに若干小さくはあるが、同じ形状の右腕が生えていた。サタニアは、肩の辺りに生えているもう一本の右腕に殴られたのだった。



 「これだけじゃ無いぞ?これ位の芸当なら、息を吐く様に簡単に出来る」



 そう言うとエジタスは、右腕から更に数本の腕を生やし、左腕も同じ様に数本の腕を生やした。生えて来た腕はまるで生き物の様に、ウネウネと動いていた。



 「き、気味が悪い……」


 「何とでも呼ぶが良い。これがお前達を葬り去るのに、最も適していると判断したのだ」


 「…………カッコいい」


 「「えっ!?」」



 何本もの腕が生えている右腕と左腕に気味悪がる真緒と、どんなに不格好だとしても倒すのに適しているのなら、気にしないエジタス。そんな中でサタニアはカッコいいと呟く。そのあまりに意外な発言に、真緒とエジタスは思わず驚きの声を上げてしまった。



 「あっ!?いや!!その!!機能云々の前に、単純にカッコいいと思って!!それで!!その!!」


 「ま、まぁ……好みなんて人それぞれだから……全然気にしないよ!!」


 「人間と魔族では、美的センスが違うのかもしれないな……」



 必死に弁解するサタニアに、戦いの緊張が抜けてしまった真緒とエジタスは、サタニアに暖かい言葉を送る。



 「……何だか調子が狂ってしまったが、お前達を葬り去る運命に変わりは無い……」


 「“虚空”!!」



 エジタスの明確な殺意が、戦いに再び緊張が走る。エジタスの殺意を、逸早く感じ取った真緒は“虚空”を発動させ、十分間は飛び回れる様にした。



 「地上戦は、かなり不利だ!!空に飛び上がって空中戦に持ち込もう!!私は女王様から貰った鎧のお陰で、十分間は飛べるけど……サタニアは飛べる?」


 「……“エンジェルウィング”!!」



 するとサタニアの背中から、半透明な翼が生えて来た。その上品な美しさは、名の通り“天使の翼”をイメージさせた。



 「大丈夫!!空中でも充分戦えるよ!!」


 「…………そ、それは良かったです……(本当に男の子なのか疑ってしまいました……)」



 サタニアの性別に疑問を抱きつつ、真緒とサタニアは空へと飛び上がった。



 「取り敢えず、師匠と目線が合う所まで飛ぼう!!」


 「そうだね。目線を見れば、次に攻撃して来る箇所が分かりや……!!?」



 しかし、飛び上がって早々に二人の片足が、何かに引っ張られる。思った通りに飛べない。



 「せっかく地上に落としたのに、わざわざ空中にもどすと思うか?」


 「「!!!」」



 下を見ると、エジタスの両足から伸びる肉の一部が、二人それぞれの片足に絡み付いていた。



 「ま、不味い!!何とか引き剥がさないと!!」


 「くっ…………だ、駄目だ!!上がろうとすると、強い力で引き戻される!!」



 真緒とサタニアは、何とかして片足に絡み付いた肉を引き剥がそうと、全力で上がろうとするが、それ以上の力で引き戻されてしまった。



 「それなら!!この肉を切り落とせば……やった!!」



 真緒は、持っていた純白の剣で片足に絡み付いた肉を切り落とし、飛び上がる事に成功した。



 「甘いわ!!」


 「えっ!?きゃあ!!」



 しかし喜びも束の間、切り落とした肉は凄まじい勢いで、再び真緒の片足に絡み付いて来た。そして再び、強い力に引き戻されてしまった。



 「俺の骨肉魔法に死角は無い!!どんなに切り落とされ様と、燃やされ様と何度でも蘇る!!」


 「そ、そんな…………」


 「即ち、お前達は地上で戦う他無いという訳だ!!」


 「それじゃあ……エジタスを止められない……」


 「マオ!!大丈夫か!?」


 「「!!!」」



 空中での戦いは不可能。地上で戦うしか無いのかと諦め掛けたその時、一度体制を立て直す為に、その場から離れた七人が助けに来た。



 「魔王ちゃん!!今助けるわ!!」


 「少し出遅れましたが、私達もお手伝いします!!」


 「「み、皆…………」」


 「…………ふっ」



 近づいて来る七人にエジタスは鼻で笑うと、両腕を横に大きく広げて下から上に動かした。



 「「「「「「「!!?」」」」」」」



 すると、七人の目の前に巨大な肉の壁が出現した。エジタスは自身の肉体の一部を足から地面に流すと、ある程度の空間を作り出し、ドーム状に真緒とサタニアを含め自分達を包み込み始めた。



 「リーマ!!ハナちゃん!!フォルス!!」


 「マ、マオさん!!“ウォーターキャノン”!!」


 「マオぢゃん!!マオぢゃんを離ずだぁ!!スキル“インパクト・ベア”!!」


 「くそっ!!“三連弓”!!」


 「シーラ!!ゴルガ!!アルシア!!クロウト!!」


 「魔王様!!くそっ!!スキル“バハムート”!!」


 「ウォオオオオオ!!!」


 「魔王ちゃん!!魔王ちゃんを離しやがれぇえええええ!!!スキル“大炎熱地獄”!!」


 「サタニア様!!“ダークショット”!!」



 ドーム状に包み込まれる真緒とサタニア。二人を助け出そうと、七人が一斉に攻撃を仕掛ける。七人の攻撃を食らった肉の壁は、衝撃で少し揺れると攻撃を受け流す様に、食らった攻撃をそのまま返して来た。



 「「「「「「「うわぁああああああああ!!!」」」」」」」



 跳ね返された攻撃に対して、即座に反応出来なかった七人は、その攻撃をまともに食らってしまった。



 「攻撃が跳ね返されてしまう……そんな……いったいどうしたら……」


 「ぐぅ……マ、マオ……ぢゃん……」


 「サタニア様……ど、どうか……ご無事でいて下さい……」


 「何も……出来ないのかよ……」



 七人は、自分達の不甲斐なさを呪いながら、真緒とサタニアの二人が、無事に戻って来る事を願うしか無かった。




***




 「…………」


 「…………」



 真っ暗な世界。辺り一面が、闇に包まれている。何処に何があるのかさえも分からない。そしてとても静かだった。無音。風の音も聞こえない。



 「…………“ライト”!!」



 光も音も無い世界に、真緒は“ライト”を使って辺りを明るくして、状況を確認する。



 「ようこそ……俺の世界へ……歓迎しよう……」


 「「!!!」」



 それはとても異様な光景だった。周りは肉の壁で覆われており、地面も肉で覆い尽くされていた。まるで生き物の様に、時々壁や地面の肉が脈打つのである。



 「もうお前達に逃げ場は無い……この空間を用いて、止めを刺してやる……」


 「「…………」」



 何も言えなかった。片足に絡み付いた肉のせいで動きは制限され、離れようにも肉の壁で包み込まれてしまった。最早、勝ち目など皆無である。



 「…………だが、最後に今一度聞こう……」


 「「……?」」


 「お前達は……“愛”と“平和”……どちらを望む?もし、平和を望むのであれば……生かしてやろう……」



 それは、エジタスの最後の情けであった。一度は頭に血が上り、世界もろとも葬り去ろうとしたが、戦いの中で冷静さを取り戻し、ここで真緒とサタニアを味方に付ける事が出来れば、笑顔の絶えない世界を今一度、実現する事が出来ると考えたのだ。



 「「…………」」



 真緒とサタニアの二人はしばらく見つめ合うと、静かに頷き合った。



 「私は…………」


 「僕は…………」


 「「“平和”よりも“愛”を求める!!」」


 「…………」



 真緒とサタニアは、エジタスの問いとは反対の答えを出した。その時の二人の目は、よりいっそう光輝いて見えた。



 「ごめんなさい師匠……私は師匠が大好きです……それは弟子としてでは無く、一人の女として……」


 「僕も……男だけど……エジタスの事が大好きだ……男同士なんて気持ち悪いって思うかもしれないけど……僕は自分の気持ちに嘘をつきたくない……」


 「これは……私達の我が儘です……」


 「僕達は……世界の平和よりも……誰か一人を愛したい……」


 「…………」



 真緒とサタニアが、自身の素直な気持ちを告げる中、肉の壁の一部が盛り上がり鋭い針に変形した。



 「……そうか……なら死ね」


 「「!!!」」



 そう言うとエジタスは、鋭い針に変形させた肉の壁の一部を、二人目掛けて突き刺そうと勢い良く伸ばした。



 「…………な、何だこれは!?」


 「「…………えっ?」」



 しかし、勢い良く伸ばした筈の肉の針は、全て固まっていた。



 「氷か…………いや、違う!!全く冷たく無い!!まさか……そんな筈が無い!!これは……この“魔法”は!!」


 「…………やれやれ、こんな事であっさりと諦めちゃうなんて……最近の若者はだらしないね……落ち落ち死んでもいられない…………」


 「えっ……そ、その声はまさか!?」


 「そ、そんなだってあなたはあの時、確かに…………!?」



 それは、決してあり得る筈の無い出来事だった。その者は、覆い尽くしている肉の地面から這い出て来た。もうこの世にいる筈の無い人物が、そこに立っていた。



 「……何故……何故生きている……この死に損ないのクソババァが!!」


 「ふん!!その言葉、そっくりそのままお返しするよ!!死に損ないのクソジジィ!!」


 「「ア、ア、アーメイデさん!!?」」


 「久し振り……って言う訳でも無いけど……待たせたね!!死の淵から舞い戻って来たよ!!」



 この世にいる筈の無い人物。死んだ筈のアーメイデが、再びこの地に降り立った。

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