人類の敵

 「…………それは、ちゃんと意味を知って言っているのか?」


 「何だと?」



 火薬の爆発による多大なダメージを与え、人魚達、鳥人達、そしてドラゴンと圧倒的な戦力を得て、傷ついていた真緒達、サタニア達を完全回復する事が出来た。これ以上無い程の、完璧なコンディション。それらの状況を理解した上で、ジェドはエジタスに向けて、形勢逆転の挑発を言い放った。しかし、爆発の煙から姿を見せたエジタスは、不気味な雰囲気を醸し出していた。



 「“形勢逆転”……勢力などの優劣の状態が逆転する事……劣勢だった勢力やパーティーなどが優勢になり、逆に優勢だった勢力やパーティーなどが劣勢になる事…………ちゃんと理解して使っているのか?」


 「あ、当たり前だ!!この状況を見れば一目瞭然だろ!?戦力の増強に、傷ついていた真緒達の完全回復……いくらお前が強かろうと、俺達全員が力を合わせれば必ず勝つ事が出来る!!」


 「…………」



 ジェドが、形勢逆転している事を説明している中、エジタスは左耳の中を左手の小指で掻いていた。実際、巨大化しているエジタスに、耳らしき物体は存在しないのだが、ジェドの言葉を小馬鹿にしたいが為に、それっぽい雰囲気を出し始めた。



 「聞いているのか!!?」


 「…………ふん」



 ジェドが怒鳴り声を上げたその時、エジタスは掻いていた左手の小指を取り出し掌にして広げると、地上にいる真緒達に向けて掻いていた左手の小指を折り曲げる。そして親指で押さえると、そのまま強く弾いた。その瞬間、ジェドの真横を目に留まらぬ速さで、“何か”が通り過ぎた。



 「…………えっ?」



 ゆっくりと横を向くと、ジェドの真横の地面に直径十メートル程の赤黒い肉片がめり込んでいた。肉片は強大な熱を発しており、肉の焼ける音と臭い、そして湯気が立ち上っていた。



 「さて、もう一度聞こう。“形勢逆転”……それは、ちゃんと意味を知って言っているのか?」


 「!!!」


 「皆!!気を抜いちゃ駄目!!師匠の強さは……計り知れない!!」


 「全員!!武器を構えるんだ!!マオ達と僕達で、エジタスの元まで走り抜く!!他の人達は、援護をお願い!!」



 張り詰める緊張。余裕の笑みを見せていたジェドの顔は強張り、真緒とサタニアの言葉を機に、その場の全員が戦闘体勢に入った。そんな光景にエジタスは、左手の掌を手の甲にして広げると、左手の指全てを折り曲げて真緒達に向ける。



 「「突撃!!!」」


 「「「「「「うぉおおおおおおおおおお!!!」」」」」」



 真緒とサタニアの掛け声を合図に、全員が一斉突撃を開始した。エジタスは、迫り来る者達目掛けて人差し指、中指、薬指、小指。それぞれの指を親指で押し込み、強く弾いた。それにより、四本の指から直径十メートルの肉片が、地上目掛けて飛んで行く。



 「くそっ!!まるで肉の雨だな!!」


 「避げるのが精一杯で、中々前に進めないだぁ」



 まるで、雨の様に休み無く降り注ぐ肉片に真緒達、サタニア達は苦戦を強いられていた。進もうとする度に、上空から襲い掛かる肉片に行く手を遮られる。直径十メートル程の肉片、万が一当たってしまったら即死は免れない。



 「ススンデハトマル……ススンデハトマル……コレデハ、イツマデタッテモ、タドリツクコトガデキナイ……」


 「どうにかして……あの肉片を防げないかしら……」


 「それなら、俺達に任せろ!!」


 「「「「「「「「!!!」」」」」」」」



 進むに進めないと思い悩んでいると、鳥人族のビントが数人の鳥人を連れて、頭上を通り過ぎた。



 「いいか!!大事なのはタイミングだ!!お前ら、息を合わせろよ!!」


 「「はい!!」」


 「「「“ウィンド”!!!」」」



 ビントと鳥人達は、上空から飛んで来る肉片に向けて風魔法を唱えた。ぶつかり合う肉片と風魔法。



 「ぐっ……ぐぐ…………!!」


 「だ、駄目です!!肉片が重過ぎます!!」


 「このままでは、押し潰されてしまいます!!」


 「あ、諦めるな!!最後まで出し切るんだ!!」



 合わせて放った風魔法で、飛んで来る肉片を押し返そうとするが、威力が足りずに押し負けそうになる。



 「ったく……だらしないわね!!」


 「こんな肉片一つも押し返せない様じゃ……再特訓を考えた方が良さそうじゃな」


 「クク!!トハさん!!」



 押し負けそうになったその時、後方からククとトハが応援に駆け付けて来た。



 「ほほ、若者が頑張っておるのに、ワシらが怠けてはバチが当たるな」


 「グォオオオオオ!!!」


 「族長!!それにドラゴンまで……」



 更に、族長とドラゴンが応援に駆け付けて来た。



 「仕方無い……頼りないから、手伝ってあげるわよ!!」


 「ほらっ!!あんたらシャキッとしなさい!!今までの特訓を思い出すんだよ!!」



 「ほほ、ワシとドラゴンとの絆を見せる時が来た様じゃな!!」



 「グォオオオオオ!!!」


 「皆……俺の息に合わせろよ!!」



 鳥人達の風魔法に、ドラゴンの羽ばたき。先程の物とは、比べ物にならない程の威力が生まれた。そして見事、飛んで来た肉片を押し返した。



 「やったぜ!!」


 「まぁ、当然の結果よね」


 「あんた達、やれば出来るじゃないか」


 「ほほ、頑張ったな……ドラゴン」


 「グォオオオオオ!!!」


 「…………全く、肉片の一つを押し返せただけで、あんなに喜ぶとは……哀れな奴等だ」



 肉片の一つを押し返せた事に、喜び合う鳥人達。そんな鳥人達目掛けて、エジタスは両手を使い連続して肉片を飛ばした。



 「潰れて死ぬが良い」


 「…………無駄だぜ!!」



 そう言うと、鳥人達は再び風魔法を合わせ、連続して飛んで来る肉片に向けて放った。すると、連続して飛んで来た肉片全てが押し返された。



 「な、何だと!?」


 「コツはもう掴んだ。何個飛んで来ても押し返せるわよ」


 「例え、これ以上の大きさの肉片が飛んで来ても、押し返す自信はあるぞ」



 嘘じゃない。自信に満ちた表情に、瞳の奥から確認出来る希望の光。鳥人達の言った通り、何個飛ばそうとも押し返されると予想した。



 「…………」


 「マオ、今の内だ!!飛んで来る肉片は俺達が処理する!!お前達は先に行け!!」



 「ありがとうございます!!」


 「おい、フォルス!!」


 「?」



 先に進んで行く真緒達、サタニア達に対して、ビントがフォルスを呼び止める。



 「負けんじゃねぇぞ!!」


 「…………あぁ!!」



 フォルスは、ビントからの熱い想いを受け取り、先へと進んで行く。



 「……何だ……今のやり取りは……この暖かい雰囲気は……ふざけるなよ……俺はな……そう言う意味の無い無駄なやり取りが、一番嫌いなんだよ!!!」



 そう言うとエジタスは、両拳を地面に何度も叩き付け始めた。



 「うわっ!!じ、地面が揺れる!!」


 「ま、まともに立ってられない……」



 「しまった!!飛ぼうにも、蹴り上げる地面が揺れ動いて、上手く舞い上がれない!!」



 地面がまるで、生き物の様に揺れ動き真緒達、サタニア達の進行を妨害する。それに加えて、フォルスとシーラが空に逃げようとするも、空に飛ぶ際に必須な地面を蹴り上げるという行為が、地面が揺れ動くせいで、上手く舞い上がれなくなってしまった。



 「まだまだ!!こんな物では終わらんぞ!!」



 そう言いながらエジタスは、両拳で地面を叩きつけながら、上手く動けない真緒達目掛けて大きく口を開いた。するとエジタスの喉奥が、白く輝き始めた。



 「ま、不味いぞ!!エジタスの奴、何か仕掛けて来る気だ!!」


 「い、急いでこの場から離れましょう!!」


 「だ、だけど……この揺れ動く地面のせいで……う、上手く動けない!!」



 そうこうしている内に、エジタスの口全体が眩い光に包まれる。そして次の瞬間、エジタスの口から極太な光線が発射された。



 「…………へっ?」



 放たれた光線は、間一髪の所で真緒達、サタニア達の真横を擦れる形で通り過ぎた。しかし、その後はとても生々しく悲惨な光景だった。光線が通った地面は、まるで溶けてしまったかの様に、ドロドロのジェル状に変化していた。



 「な、何だ今のは……!?」


 「こ、光線……口から光線を吐きましたよ!?」


 「おいおい!!あいつが扱えるのは、肉と骨だけじゃなかったのかよ!?」


 「わ、分からないわ……でももしかしたら、あの光線も肉と骨の一種なのかもしれない……」


 「ぞんな事……あ、あり得ないだぁ……」


 「イヤ、センセイナラ、デキルノカモシレン…………」


 「と、とにかく……今は地面の揺れは収まっている……」


 「今の内に進もう!!」



 光線が放たれた際、両拳を地面に叩き付けるのを止めた。光線の狙いを正確にする為だが、止めるのが少し遅かったのか。光線は、真横を擦れる形で通り過ぎてしまった。



 「もう一度踊れ!!」



 地面の揺れが収まるのを確認すると、走り出した一同。しかしその直後、エジタスは間髪入れず、再び両拳を地面に叩き付けた。



 「…………っ!!」


 「くそっ!!また飛び損ねた!!」



 間髪入れずに地面を揺れ動かされ、フォルスとシーラは、飛ぶ暇を与えられなかった。



 「う、動けない!!」


 「不味いですよ!!またあの光線が来たら……」


 「今度こそ、俺達は終わりだ」


 「ぞ、ぞんなぁ…………」


 「(……精々最後の躍りを楽しむが良い……体内にある大量の肉と骨を細かく磨り潰し、咳をする様に一気に吐き出す。そうする事によって、肉と骨の細かい破片がまるで光線の様に発射され、少しでも触れれば、細かい肉と骨に体は切り刻まれ、跡形も無く消え去る……更に、細かく磨り潰した肉は超高温……溶けてドロドロになる上に、切り刻まれるが良い……)」



 アルシアの予想通り、光線は骨肉魔法の一種であった。白く輝いて見えたのは、骨が細かく磨り潰された際の目の錯覚だった。



 「(今度は外さない……確実にお前達を殺す!!)」



 再びエジタスは、両拳を地面に叩き付けながら、真緒達目掛けて大きく口を開いた。喉奥が白く輝き始めた。



 「ど、どうする!?もう時間が無いぞ!!」


 「えっと……えっと……」


 「ここは、私達の出番の様ですね」


 「「「「「「「「!!!」」」」」」」」



 その時、地面が揺れ動いて動けなかった真緒達、サタニア達の背中を巨大な波が後押しした。



 「こ、この波は!?」



 振り返るとジェドと船員達、女王と人魚達が力を合わせて水魔法で巨大な波を生成し、動けない真緒達を無理矢理前に押し流していた。



 「私達に出来る事は、これ位しかありませんが……どうか頑張って下さい!!」


 「行ってこいマオ!!そしてエジタスの目を覚ましてやれ!!」


 「女王様……ジェドさん……ありがとうございます!!行こうサタニア!!師匠の元へ!!」


 「うん!!このまま波に乗って、一気に辿り着く!!」



 波に後押しされる事で、実質地面に足を付けずにエジタスの元まで進める。それを利用して、一気に近づく一同。



 「(な、何!?そんな卑怯な手を使うのかよ!!くそっ!!光線を発射するのには、もう少し時間が掛かってしまう……それなら……)」



 するとエジタスは、両拳で地面を叩き付けるのを止め、光線の発射も中止した。その間に真緒達、サタニア達が目の前に迫って来ていた。



 「師匠!!」


 「エジタス!!」



 真緒とサタニアは、波の動きに合わせて勢い良く前のめりにジャンプした。それにより、丁度エジタスの目線と同じ位の高さになった。そして、それぞれ純白の剣とティルスレイブを構える。次第にエジタスとの距離が縮まる。



 「認めよう!!お前達の生命力は、常人を越えている!!だが、それもこれで終わりだ!!侮辱と屈辱の念を込めて、この拳で叩き潰してやるぞ!!このゴキブリ供がぁあああああ!!!」


 「「はぁあああああ!!!」」



 愛、友情、信頼。各々が様々な想いを抱く中、剣と拳がぶつかり合う。この戦いは、どちらかが死ぬまで終わらない。

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