冷たい光

 ぶつかり合う衝撃。耳を塞ぎたくなる程のけたたましい音に、今まで気絶していたクロウトが目を覚ました。



 「…………んっ、んん……」


 「……メガサメタカ……クロウト」


 「ゴルガ様……私は……うっ!?」



 目を覚ましたクロウトだが、目覚めた途端激しい頭痛に襲われ、思わず片手で頭を押さえた。



 「あまり無理しないで下さい。今まで気絶していたんですから」


 「あ、あなた……勇者の仲間の……」


 「はい、リーマと言います」


 「リーマさん……うっ……そうだ……私……」



 頭痛に苦しむクロウトを心配するリーマ。そんなリーマの事を見ながら、クロウトは両手で頭を押さえ、更に強い頭痛に苦しんだ。



 「申し訳ありません……私がエジタスに洗脳されなければ、こんな事態にはならなかったのに……」


 「クロウト!!オマエ、キオクガ…………!!」


 「クロウトさん、思い出したんですね。操られた時の記憶を…………」



 強い頭痛に苦しんだ結果、クロウトは全て思い出した、自身の身に何が起こっていたのか。



 「……いえ、操られてはいませんでした……私は自分の意思で、この人類を統一しようとしていました……」


 「ナ、ナンダト…………!?」


 「自分の意思で、人類を統一しようしていたんですか!?」



 リーマとゴルガは、一瞬耳を疑った。目覚めたクロウトは、操られたのでは無く、自らの意思で人類を統一しようとしていたのだと言う。それはあまりにも意外な告白だった。



 「はい……エジタスに洗脳された時、この世界の現状に疑念を抱いた。何故、容姿が少し違うだけで差別するのか……いじめるのか……争うのか……それと同時に、エジタスの頼みを受け入れたくないという感情が、急に湧き出しました。普段はそこまで否定はしないのですが……あの時は、どんな言葉も全否定してやりたい……寧ろ、エジタスの頼みとは反対の行動を取って、エジタスを困らせてやりたい……そう思っていました……」


 「ソンナコトガ……アッタノカ……」


 「洗脳の恐ろしい所は、その行為が正しいと思い込んでしまう事……クロウトさんは、人類統一を正しい行為だと信じて疑っていなかったんですね……」



 エジタスの洗脳はクロウトの概念を崩すし、この世界の現状に疑念を抱かせ、エジタスの頼み事とは反対の行動を取らせた。その結果エジタスの思惑通り、クロウトは人類統一化を始め、この世界の現状を変えようとした。



 「リーマさん、あなたの言う通りです。私は心の底から、人類統一が正しい行為であると疑わなかった……それが、サタニア様達の望まない事だと、考えもしないで…………そうだ!!サタニア様!!サタニア様に謝らなければ、サタニア様は何処ですか!?」


 「「…………」」



 自身の行いに反省している中、サタニアが何処にいるのか。最も迷惑を掛けてしまったと思われるサタニアに謝罪しようと、リーマとゴルガの二人に居場所を聞いた。



 「…………アレガ、ミエルカ?」


 「…………!!?」



 ゴルガが指差す方向。そこには、とてつもなく巨大な化物の姿があった。そのあまりの大きさに、クロウトは言葉を失ってしまった。



 「エジタスさんです……」


 「あ、あれが……!?そ、そんな……あんな化物が……エジタス!?」


 「はい。そして今、そんなエジタスさんと他の皆さんが戦っているんです……」


 「えっ!?」



 今度は、ハッキリとした驚きの声を上げたクロウト。巨大なエジタスの足元、よく目を凝らすとそこには、真緒達とサタニア達の六人が、必死に戦っている姿が確認出来た。



 「そ、そんな……サタニア様!!」


 「マツンダ!!」



 サタニアの姿を確認したクロウトは、慌てて側に駆け寄ろうとする。しかし、その歩みをゴルガに止められてしまった。



 「離して下さい!!サタニア様の側に……側に行かせて下さい!!」


 「オマエガイッテモ、ナンノヤクニモタタナイ!!」


 「!!!」



 無情な言葉。胸に突き刺さり、クロウトは歩みを止めると悔しさと悲しさから、その場で俯いてしまった。



 「スマン……ダガ、マオウサマタチハ、イノチガケノタタカイヲシテイル……ソンナセンジョウニ、オマエガカセンシテモ、ナンノセンリョクニモナラナイ……」


 「…………そうですね……」



 ゴルガの言い分は正しかった。クロウトの仕事は裏方。事務的な仕事が殆どで、戦闘に関しては素人以下。そんなクロウトが戦闘に参加すれば、足手まといになるのは確実であった。ゴルガの的確な言葉は、クロウトの心を更に傷つけるのであった。




***




 「スキル“ヤマタノオロチ”!!」


 「スキル“大炎熱地獄”!!」



 クロウトが目を覚ます一方、真緒達とサタニア達六人は、エジタスと激しい戦闘を繰り広げていた。



 「無駄だ……お前達がどれだけ強力なスキルや魔法を放とうが、世界中の死肉と遺骨から共有したステータスの前では、全てが無力……」



 アルシアとシーラが右足を集中的に攻撃していると、右足の肉の一部が盛り上がり、そこからエジタスの顔が浮き出て来た。



 「エジタス…………くそっ!!固すぎるだろ!!」



 シーラは、エジタスの右足目掛けて八連激のスキルを放つが、掠り傷の一つも与えられなかった。



 「あたしの“大炎熱地獄”……燃えるには燃えるけど、凄く微々たる物ね……」



 アルシアは、エジタスの右足目掛けてスキル“大炎熱地獄”を放った。それによってエジタスの右足が燃えたのだが、まるでマッチで点けたかの様に、とても小さく見えた。



 「だけど……“大炎熱地獄”はMPを媒体として燃える。このまま行けば、いつか必ず全身を燃やせるわ!!」


 「アルシア……お前の“大炎熱地獄”は強力だ……しかしこうして……」



 そう言うとエジタスは、燃えている右足の肉の一部を切り離した。



 「な、何ですって!?」


 「こうして、燃えている肉の一部を切り離せば、全身に燃え広がる事は無い」



 肉の一部を切り離した事で、MPを媒体として燃えるアルシアの炎は、鎮火してしまった。



 「そして、鎮火した肉を再び体にくっ付ける……こうする事で、俺は永遠にこの体を保てるのだ」



 鎮火した事を確認すると、切り離した肉の一部が突然動き出し、再びエジタスの右足にくっ付いた。



 「どりゃあああああ!!!スキル“インパクト・ベア”!!!」


 「…………」



 するとハナコが、盛り上がったエジタスの顔目掛けてスキル“インパクト・ベア”を放った。ハナコの両手が、エジタスの盛り上がった顔を潰す。



 「…………がぁあああああ!!!」


 「ハナコちゃん!!大丈夫!?」



 しかし、盛り上がったエジタスの顔が潰れただけで、右足自体には傷は付いていなかった。また、強烈なスキルを放った筈のハナコの両手が、赤く腫れ上がっていた。



 「うぅ……大ぎな丸太を殴っでるみだいだぁ……オラの手の方が痛いだよぉ…………」


 「そ、そんなに固いの……?」


 「当たり前だ」


 「「「!!!」」」



 アルシアとシーラが、負傷したハナコの両手を気に掛けていると、再び右足の肉の一部が盛り上がり、エジタスの顔が浮き出て来た。



 「言っただろう。今の俺は、世界中の死肉と遺骨のステータスを共有している…………そうだな、お前達に少し情報を与えよう。俺の“VIT”と“MND”は現在、軽く百万の数値を越えている」


 「「「ひゃ、百万!!?」」」



 開いた口が塞がらない。“VIT”物理攻撃全般の防御力を表す。“MND”魔法防御力に影響する。この二種類のステータスが百万の数値を越えている。それが本当ならば、これまでの攻撃が通らないのも納得出来る。



 「つまり、お前達が俺にダメージを与える為には、少なくとも百万以上の攻撃をしなくてはならない……という訳だ」


 「百万……そんなの……」


 「出来る訳が無いだぁ……」


 「何処まで規格外なんだよ……お前は…………」



 百万。実際に数字として表されると、自分達がどれだけ不利な戦いをしているのか身に染みた。




***




 「スキル“乱激斬”!!」


 「スキル“闇からの一撃”!!」


 「食らえ!!“三連弓”!!」



 一方、反対側の左足では真緒、サタニア、フォルスの三人が集中的に攻撃を加えていた。



 「はぁ……はぁ……だ、駄目か……」


 「エジタス……固過ぎるよ……」


 「くそっ……放った矢が、奥まで突き刺さらない……」



 しかし、どの攻撃もエジタスに傷を付ける事は出来なかった。真緒の無数の斬激や、サタニアの闇属性が付与された一撃、フォルスの三連続の矢、そのどれもがエジタスの左足を傷つけられなかった。



 「…………諦めろ。お前達の攻撃では、俺の体を傷付ける事は出来ない」


 「「「!!!」」」



 すると、右足の時と同じ様に左足の肉の一部が盛り上がり、そこからエジタスの顔が浮かび上がった。



 「それでも……私達は諦めません!!」


 「最後まで……諦めない!!」


 「「はぁあああああ!!!」」



 そう言うと真緒とサタニアは、エジタスの左足を無我夢中で斬り付ける。



 「残念だがエジタスさん、俺達は石頭なんだ。素直に分かりましたとは、言えないんだ。それが、大切な人の事なら尚更…………」


 「…………そうか、なら……」


 「「!!?」」



 その瞬間、斬り付けていた左足から二本の腕が飛び出し、真緒とサタニアの首元を掴んだ。



 「「がぁ……あ……あ……!!」」


 「もう情けを掛けるのは止めよう……」


 「し、しまった!!」



 突如飛び出して来た腕から逃れようと、真緒とサタニアは必死にもがく。しかし、首元を掴む腕は外れずにそのままエレベーターを上がる様に、左足から体を伝い、右手まで移動した。



 「「ぐっ……がぁ……ぁああ!!」」


 「このまま潰れろ……」


 「くそっ!!間に合え!!」



 巨大な体を伝い、右手まで移動した真緒とサタニア。首元を掴んでいた腕は外れたが、代わりに巨大な右手が真緒とサタニアの全身を締め上げる。ミシミシと骨が軋む嫌な音を立てながら、フォルスは右手まで全速力で飛んで行くが、あまりに距離が遠く、到達するのに数分掛かってしまう。



 「あ……あ………………」


 「がぁ……マ、マオ……ぐっ……」


 「くそっ!!くそっ!!くそっ!!マオ……マオ……マオォオオオオオオオオオオオオ!!!」



 痛みから意識が飛びそうになったその時、エジタスの小指と薬指が凍り付いた。



 「…………!!?」



 いったい何が起こったのか。あまりに突然の出来事に、エジタスは動揺を隠せなかった。そしてその動揺により右手の力が緩み、締め上げられていた真緒とサタニアは、右手から落下した。



 「うぉおおおおお!!!」



 それに気が付いたフォルスは、後先考えずに真緒とサタニア、二人の体を鉤爪で器用に掴み、落下を阻止した。



 「二人供、無事か!!?」


 「フォ、フォルスさん……わ、私なら……大丈夫ですよ……」


 「かなり危なかったけど……大丈夫だよ……」


 「そうか……良かった……ほんとうに良かった……」



 命に別状の無い二人に、フォルスはホッと胸を撫で下ろした。



 「だが、あの氷はいったい……おい、マオ!!あそこを見て見ろ!!」


 「えっ…………あっ!!あ、あれは……“あの人”は!!?」



 エジタスを含む真緒、サタニア、フォルスの四人が地上を見下ろした。するとそこには意外な人物が立っていた。白い肌、白い髪の毛、そして純白の着物に身を包んだ女がそこに立っていた。暖かい心を取り戻した筈の彼女だが、その眼差しは凍える様な冷めきった眼差しであった。



 「見つけたわエジタス……さぁ、“炎の王冠”を返して貰うわよ!!!」


 「「スゥー!!?」」



 “炎の王冠”を取り返す為、“アンダータウン”から出て来た氷雪の主のスゥーが、そこに立っていた。

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